28.入会試験
天気の良い朝。受付嬢はカウンターに座る、大剣を背中に担いだ大男と談笑をしていた。
「ルーカスさん。昼から試験官なんですから、お酒だけは飲まないでくださいね」
「はっはっは、心配しなくても大丈夫だとも! 俺がきっちり新人たちを選別してやるからな!」
「いや、言ったそばからコップにお酒注ぐのやめてください。報酬から天引きしますよ」
豪快に笑うルーカスに呆れつつ、受付嬢はリストをカウンターの上に置く。
「受験者のリストです。一応確認しておいて下さい」
「うむ。……おや、今回の受験者は六人のみか。冒険者志望も随分減ってきたものだな」
「最近はこの辺りも随分と平和になってきましたからねえ。そのお陰で冒険者以外の職にも就きやすくなりましたし、二年前くらいから魔物や魔人の襲撃の話もめっきり減ったじゃないですか」
半ば確認するように受付嬢は話す。ルーカスは少し考えるように唸って答えた。
「確かにな。北側諸国はまだまだ魔人との争いが絶えないと聞くが、中央領の中じゃそんな話はほとんどない。まあ、最近はシャングルトンという例外もあったが」
シャングルトン――ルーカスからその単語が出てきて受付嬢は思わず眉を顰める。
「ルーカスさん。出発はいつ頃にするのですか。シャングルトンの魔法使い狩りに関する件の依頼、そういえば受注していましたよね?」
「ん? ああ、そのことなら、明日リネリアを出るつもりでいる。二級以上の冒険者募集、しかも領主直々だぞ。久しぶりに闘争心が奮い立つってもんだな」
全くこの人は、なんて呑気な人なんだ。ものの一つも疑ったことがないんじゃないか。受付嬢はため息を吐きつつ、一応の忠告として話す。
「ルーカスさんの実力を今更疑うわけでもありませんけど、くれぐれも気をつけてくださいね」
「む、それはどういう意味だ?」
「これはただのしがない受付嬢の一意見ですが、今回の依頼、きな臭くて仕方ありません。領地の危機であるにしたって、他領に助けを求めるのみならず、領主自らがギルドに依頼を出すなんて……」
「それはおかしなことなのか?」
「……まあ、前例が無いわけではありませんが、こんなことオスティラ戦争以来ですよ? 中央連邦領外であるはずのベルシュトラット、サテラ、ドランズ、それら含む神聖王国が直々に中央連邦領全域のギルドに募集を出したんです。
その時と比べれば規模は小さいですけれど、ついこの間戦争に勝利したばかりのシャングルトンが、戦争が起きてもいないのに募集をかけるなんて、何かあると考えるのが普通でしょう。だから私は怪しんでるんです」
受付嬢は神妙な顔で言い終えると、ルーカスの反応を待つ。ルーカスは少しの間真面目な顔つきをして考えていたが、やがていつもの笑顔に戻ると、席を立った。
「まあ、憶えておこうじゃないか。俺だって慢心はしないようにしているものさ。いつも注意を払っている。その忠告も頭の片隅に置いておこう。……そろそろ行かなくてはな!」
そう言うとルーカスは重々しい装備をガチガチ鳴らしながら建物を出て行く。「本当に、気をつけてくださいねー!」受付嬢も最後にそう告げた。
少しして、受付嬢はカウンターの上に置いていたリストを片付けようとした。片付けようとして、ルーカスに言い忘れていたことに気がついた。
受験者に天候使いがいること。しかも、神立図書館出身だということ。
……まあ、あの人なら大丈夫か。流石にルーカスさんが負けるとは考えられないからな。
気持ちを切り替えてリストを片付けると、受付嬢は業務に戻るのだった。
☆
「諸君、今日は宜しく頼む! 俺はルーカス・エルソリッド、諸君の入会試験の試験官を務めるものだ!」
広い戦場の真ん中で、大剣を担いだ厳つい風貌の男が猛々しくそう叫んだ。どうやらこの男が戦う相手のようである。
アデルたち含む、数人の受験者はルーカスの言葉を聞いて少し身が引き締まる思いになった。
入会試験は街から少し離れた闘技場のような場所で行われるらしかった。周囲には小さいながらもきちんとした観戦席がある。そこで、十数人くらいの暇を持て余したリネリアの住人が、そう期待するでもなくダラダラと入会試験の成り行きを見ていた。
ちなみに闘技場とは言ったものの、国や都市ではなく一つの街が運営する規模であるため、やはり造りとしてはだいぶ簡素なものだ。
石畳でできたフィールドに申し訳程度に屈めば身を隠せるかというくらいの岩がいくつか置いてある。それだけ。
リリアは密かにため息を吐いた。自然な地形なら良かったのだが、これでは弓使いや魔法使いにとってあまりにやりづらすぎる。
もちろん、それ相応の戦い方を考えてあるので自分のことはとりあえず良かった。不安なのはメルフィーの方だ。
「うわあ、これは腕が鳴りますね! すっごい強そうな剣士さん!」
今隣でデカい声を出した本職魔法使いのくせに余裕で前衛を張れるくらいの近接戦闘ができる槍使いのことは置いておいて、メルフィーは魔法しか使えない。
それに、比較的攻撃に転用しやすい火炎や雷、風などの属性なんかじゃなく、あまり戦闘に向かない木属性しか使えないときた。
さらにさらに、図書館での対人戦闘の授業の実技でいつも落第ギリギリだったことや、六年生最後の剣術学科との合同授業で先生直々に見学を命じられたことを知っているリリアからして、冗談じゃなくメルフィーの四肢のうち一本くらいはいかれるんじゃないかと思うくらいには不安なわけだ。
というか、メルフィー本人に至っては朝から顔色が悪く、ずっと精神安定魔法を唱えている有様である。
「まあまあメルフィー、そう気負っちゃダメだって! もっと気楽にいこーよ!」
元気いっぱいにそう言って、ベロニカはメルフィーの肩を叩いた。
「いや、なんでそもそも観客のはずのベロニカがここに居るのよ……」
「いやあごめんごめん。直接応援しに来たくなって。すぐ観戦席戻るからさ!」
全く、落ち着きが無いというかなんというか。
……そもそも、昨日謎の――確かシャノンだったか――男に連れ去られたくせに、朝から合流してこうやって普通に会話しているのが一番意味がわからない。どうしてそんなに平気そうなのか。
合流があまりにも自然だったから、昨日のは何かの記憶違いだったかもとか、触れてほしくないことなのかと思ったくらいだ。
しかも色々勘繰ったりしすぎて、そうこうしているうちになんとなく聞くタイミングを失ってしまった。とりあえず今はもう無理そうだから、入会試験が終わったら腰を据えて話せるタイミングを探そう。
リリアはそう思って、気になる気持ちをなんとか抑えていた。
「さて、これから諸君の中から一人ずつ指名し、全力を出して戦ってもらうわけだが、俺も手を抜くつもりはない」
ルーカスが宣言するようにそう言い出し、それを聞いたメルフィーの身体が一気に強ばる。
「……とはいえ、実力を測る段階の戦闘で重傷者を出すわけにもいかない。回復術師はいるが、念の為な。そのため、俺は木剣で諸君らと戦おう。なあに、丁度いいハンデだ。諸君は手持ちか、または貸し出しの本物の武器で挑んでもらって構わない。異論は無いだろうな?」
ほとんどの受験者たちが概ね納得したように頷く。メルフィーはもちろん、ルーカスの背中で圧倒的な存在感を放っている大剣を見ては、自分の身体が切り刻まれる想像をしていたものだから、滅茶苦茶ホッとしていた。
ただ、アデルはそうではなかった。
「あのう、それって実力を測る上で不公平じゃないですか?」
平然とルーカスが立つ台座の前まで近づいて、アデルは当然の疑問のように言った。その行動に、まさか食ってかかるヤツが現れるなんて、と観客や他の受験者がどよめく。
メルフィーは、あ、これ絶対に悪いことが起きるやつだ、と内心で絶望していたし、リリアも、どうして発言前に止められなかったんだろうと心底後悔した。
そして、もちろんルーカスもここで本当に異論を挙げる人間を見てきたことはほとんど無かったので、面食らっていた。
「む、どうしてそう思う? 受験者の安全に配慮しつつ、全力を出させる為の良い提案だと思うが」
ルーカスの言い分にアデルはゆっくり首を横に振る。
「私は、武器の強さは実力には入らないと思っています。例えば、事実とは全くもって異なりますが私が超弱いとして、しかし今持っているこの槍が物凄く強いとします」
言いながら、アデルは槍を地面に突き立てた。
「頑丈で造りが良いとか、特別な能力が付いてるとかですね。そんな槍を超弱い私が振るったとしたら、もちろん良さを最大限活かせないにしても、本来の力よりは十分強そうに見えるはず。
先程の条件ならそんなふうに、武器の強さは本人の実力に加算されてしまいます。逆に、他の受験者がどれだけ腕っぷしが強かったとしても、安物のなまくらではその人の本来の実力がわからない。そういう意味で不公平だと思います」
ルーカスは困ったように頭の後ろをかく。同じような意見を言われたことは何度かあった。しかし、試合直前の本来なら緊張している瞬間に言われるのは初めてだ。
大抵、結果の振るわなかった冒険者は揃って言い訳のようにアデルの言ったような言葉を吐く。自分が惨めに負けたのはその不公平さにあるのだと言って保身に走る為に。
けれど、アデルは逆。逃げの言い訳ではなく挑戦的な態度で講釈を垂れる。
ああ、この目は――なるほど、たまにこういう子いるんだよな、なんて思ってルーカスは思わず苦笑いした。自分の実力を勘違いして、周りと違って強い相手にグイグイ接していける自分をカッコいいと思って酔っているタイプ。特に若い子には多い。
もちろん、その人格ごと否定はしないが、少なくとも冒険者にはあまりにも不向きな性格だ。相手にするのは中々面倒だが……まあ、これも試験官の仕事の内である。
勘違いしている受験者の心を綺麗にポッキリ折ってやるのも、自分の役目だ。ルーカスは気を引き締めてアデルに言う。
「君、ここじゃあ学校のテストと違って、公平さは担保されないものなのだ。……駆け出し冒険者というのは、その七割程が冒険者をすぐに辞めていく。原因は本人の実力もだが、それ以上に装備の質が悪いからだ。
だからここでは、少なくともどれくらい質の良い武器を扱っているか、また経済力も実力に入れる。君のその槍がどれだけ上等な代物だか知らないが、しっかり実力として加算するつもりだ」
現実を突きつけるような冷たい口調。これで、彼女も少しは――
「いや、そもそもあなたが負けない前提なのがおかしくないですか」
ルーカスは流石に耳を疑った。小娘がまだ文句を言うかと思えば、全くの純粋な瞳でそう語り出す。
悪意を持った嫌味でもなさそうなところがまた異様だった。
「あなたは木剣を使い、私は槍を使う。それで、あなたがコロッと負けたら私の実力はちゃんと測られるのですか? そういう意味で、公平性は必要では?」
ああ、ダメだ。多分、この子に何を言ったところで現実に目を向けさせることはできないだろう。ルーカスは困惑して少し黙り込む。
リリアはそんな状況を見て「あちゃー……」なんてベタな言葉を吐いた。完全に侮られモードに入っているじゃないのよ。
アデルの残念なところ。実力は確かにあるのに、余計に出しゃばったりイキがるせいで、勘違い小娘感が出てしまう。
観客側でも、なんなんだアイツ、っていう侮蔑の感情が渦巻いている感じがする。実力を知っている身としては凄く複雑だった。
――あの試験官の人に勝てるかはまだわからないから別として、本当に強いっちゃ強いんだけどなあ。
「ふはは、面白いことを言ってくれるじゃあないか。俺に勝つつもりで、今日の入会試験に挑んでいるのか」
しばらくの沈黙のあと、ルーカスは吹っ切れたようにそう言った。
おかしな少女。言ってもわからない以上は、戦いでわからせるしかあるまい。
「えっと、そうですけど。え? それってなんかおかしいんですか……?」
「いやあ、おかしなことではないさ。意気込んでいるのは良いことだ。……よし、そこまでやる気があるなら、君と戦うのは最後にしようじゃないか。武器も、俺の愛用のを使ってやろう」
言いながら、ルーカスは背中に担ぐ大剣の柄に触れる。
「それで異論は無いか?」
その問いかけには、二つ返事で了承が返ってくると思っていた。ところがそうではなかった。
「え? どうして私だけ本物の武器なんですか? 別に他の人だって――
アデルが言いかけた瞬間、リリアは凄まじい反射神経でアデルの口を塞いだ。ベロニカも遅れて察し、抵抗するアデルを押さえつける。
あ、危ない。あのまま言わせてしまったら、危うく受験者全員があの大剣にぶった切られるとこだったわ……。
「ア、アデル! 気になるのはわかるけど……ほ、ほら、時間も押してるわけだし!? あたし的にはもう、気にせず始めちゃった方がいいかなあ、なんて……!」
ベロニカが慌てた様子でそう口にする。まさか、ベロニカが宥める側に回るなんて。
「そうよアデル。それに、ルーカスさんだってきっと考えがあるんじゃないかしら。今は野暮なことを言っちゃ駄目よ」
リリアはベロニカよりも手馴れた様子で口から出まかせを吐く。付き合いが長いので、詭弁でアデルを宥めるのは得意だった。
「うーん……まあ、リリアがそう言うなら?」
そう言ってアデルはようやっと訴えを取り下げる。この時、メルフィーがまた滅茶苦茶ホッとしていたのは言うまでもない。
かくして、ようやく入会試験は始まることとなった。
観客は悪い意味でアデルに釘付け。これからどうなってしまうのか。
リューリエは観戦席から一部始終を見た上でそんなことを思う。そしてなんとなく隣に座るミアに聞こえるように呟いた。
「あのおっさん。メガネ女を徹底的に叩きのめすつもりらしいな。まあ、あんなふざけた女に負けるなんて普通思わないか。……負けた時、凄い腹立つだろうな」
リューリエには人間の価値観で言う『強い』がどの程度のことを指すかわからない。けれど、とりあえず周りの反応や雰囲気から汲み取った限りでは、ルーカスの評価が『とても強い』くらいのものであろうことがわかった。
もちろんリューリエからすれば虫けらも同然であるが。
けれど、アデルは違う。強いと評しはしないが、とにかく頭がおかしい。あいつはネジが何十本と外れてる割に冷静に考えられる脳みそを持った狂人だ。
冷静に怒り狂う。矛盾のようにも思えるが、森の中で戦った時、ヤツはそれを体現していた。
ルーカスなどお話になるわけがない。アデルの勝ちだと決まったようなものだ。
なんて見応えのない――
そう思いつつ、隣のミアをちらと見る。視界に映ったミアの横顔は、ドキドキ、ワクワクといった表情を全面に出していた。
……まあ、言わないでおいてやるか。
リューリエは面白くなさそうに正面を向いて、試験の成り行きを見守ることにした。
「なるほど。ベラが言ってたベアウルフを追い払ったとかいう魔法使いはアイツだったわけか」
同じ頃、シャノンはそんな独り言を言い、観戦席の端で同じように試験の成り行きを見守っていた。




