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26.お買い物トラブル

「なーんか、あの二人ってどうも気になるのよね……」


 リリアはミアを連れて街の中を歩きながらそう愚痴をこぼす。商店街までにはまだ距離があり、それは着くまでの雑談の最中のことであった。


「アデルとメルフィーで意見が合うことが多いっていうか、私はそれを傍で見ているだけの側というか? もちろん、そりゃ友人関係というのは役割が決まっているものだわ。二人がボケで私がツッコミみたいなものよ。まあ、ちょっと違うけど」


 何を話そうとしているのかイマイチ内容がわからないが、とりあえずミアは頷いておく。すると、リリアは更にギアを上げて話し出した。


「つまりね、私が言いたいのは二人一組っぽく見えるってことよ。二人と私で、どう考えてもなんか距離がある気がするの。もちろん私は二人のこと大好きよ? でもアデルが、メルフィーにばっかり構ってることが多いっていうか……その、メルフィーもアデルに対しての方が心を開いているというか」


 リリアは自分でも何が言いたいのかわからなくなってくる。


 アデルとメルフィーの悪口を言いたいわけでもなかったのだけど、ほんの少し文句を言おうとしていたら、いつの間にか愚痴っぽくなっていた。


「も、もちろん、アデルに嫉妬してるわけじゃないのよ。純粋に不思議というか、メルフィーがアデルとばっかり話してるのがなんか……そもそも、私の方が二年間長く一緒に居たわけじゃない? それなのに、メルフィーって私と接する時は距離ある感じがするというか。……うーん、考えすぎかしら」


 リリアは腕組みをして唸る。何か、重大なことをひらめきそうな気がしてならないのだ。


 ちなみにそのあいだ、話が長すぎてミアはとっくにそんなこと聞いておらず、下手くそな鼻歌を楽しんでいた。


 リリアは考えに考えて、そして結論に達する。


「まあでも、気のせいかしらね! 二年ぶりにアデルに会えたんだもの。そりゃ、接し方に差くらいできるわよね。さあ、ミアちゃん。さっさと買い物終わらせちゃいましょうか!」


 それは、アデルとメルフィーの二人が宿屋で神妙に会話を交わしている時と同じくらいの時間の出来事であった。


 リリアは、少しのあいだ悩むと呑気にそのような結論に達して、そこで辞めてしまう。二人が宿屋で自分を話題に綿密な会議をしていることなんて露ほども知らずに。


「ふむふむ、この肉は銀貨二枚……思ったより安いのね。あら? でも、こっちは銀貨十枚もするわ。なら、高い方が品質がいいはずよね。こっちを買おうかしら。む、よく見たら金貨一枚の肉まであるわ! じゃあやっぱりこっちにしよっと」


 商店街に着き買い物が始まると、リリアはずっとこの調子だった。


 節約という言葉なんて浮かぶはずもない典型的な金持ちムーブに、ミアは戸惑いを通り越して感心する。


 アデルがすごくケチなのを知っているからだ。


 実は聖都から旅立つ前にも買い物をしていた。のだが、その時に見たアデルの買い物の仕方が、こっちの方が安いとか、これは違うもので代用できるから要らないとか、リリアとあまりに真逆の買い物の仕方だったのでその差が面白かった。


「ちょっと待って! 金貨十枚するよくわかんない果物があるわ! よくわかんないけど面白そう! 買っちゃおうかしら!」


 ミアは慌ててリリアの腕をぐいと引っ張る。


 多分……というか、それだけは絶対ダメだ。


 相場に疎いミアでもわかる。どう考えても無駄遣いでしかない、と。


 あと、果物はすっごいトゲトゲで黒色の見た目をしているので、ミア的には普通に怖くて嫌だった。


 ミアは首をふるふると振って購入断固拒否の意志を見せる。その後、何故かその果物に執着を見せちょっと渋り出したリリアと攻防を繰り広げたが、なんとか止めることができた。


「とりあえず、食材はこのくらいで十分か。いやあ、意外と路銀ってすぐに減るものね。そんなに多く買ってないはずなのに」


 あらかた必要な買い物を終えたあと、リリアがそう呟く。ミアは耳を疑った。


 確かに多く買っているわけではないが、量より質の方向でどう見ても買い過ぎである。金貨五枚のキノコとか、購入阻止に失敗したので買わせてしまったけど、絶対そんな高くなくていい。


 アデルと比べて常識人な方だと思っていたのに、全然ヘンテコな人だった。


 けれど、ミアはそれで呆れるでも嫌がるでもなく、面白がっていた。


 買い物を終えたので、リリアとミアは手を繋ぎながらリネリアの街を適当にふらつく。


 本を買うと約束したので、本屋を探していたのもあるし、純粋に観光気分での散策でもあった。


 絶妙にベアウルフに似てない謎に高い木彫りの置物をリリアが発見してしまって買おうとしたり、ミアがそれを全力で阻止したりと色々あったわけだが、それなりに楽しくすごす。


 しかしある時、リリアが突然驚いたように声を上げた。


「ね、ねえっ、あれもしかしてベロニカじゃない?」


 そう言って、広い路地の奥の方を指さす。そこには確かにベロニカが居た。ミアも確認して頷く。


 いやあまた会ってしまったな、なんて軽い気持ちで挨拶でもしておこうと思っていたリリアだったが、どうも様子が変なことに気がついた。


 遠目で見ているだけなのでよくはわからないが、誰か男と話しているように見える。それも、和気藹々といった様子でなく、明らかに言い争いをしているようだった。


 ただの身内の喧嘩であれば、部外者だし口を挟むことでもないだろう。しかし、背が高く身体をローブに包み、フードで顔の見えない男は、リリアからしてどうも怪しく思えて、近くまで行ってそれとなく観察してみることにした。


 ただ聞くだけだ。別に、そう悪いことでもない……はず!


「だって仕方ないじゃん! 私だって頑張ったんだよ!? あとちょっとで倒せそうだったわけ!」


「でも倒せなかったんだろう。どうなんだ?」


「そ、それは……」


 曲がり角の近くまで行くと、二人の会話がぼんやりと聞こえてきた。しかし、話題まではよくわからなかった。


 リリアはミアと並んで壁に寄りかかると、会話を鮮明に聞くために更に耳を澄ます。


「た、倒せなかったっていうか、他の魔法使いさんたちが来たんだよ! んで、ベアウルフは逃げちゃったっていうかね……」


「それは、倒せなかったのと何が違う?」


「ち、違わないけどさ! 仕方なくない? いやあ、私も精一杯頑張ったんだけどなー!」


「そうか。けど、約束は約束だ。約束を守れなければ罰が待っている」


 男の声はあまり抑揚のない低い声で、冷たいというか、あまり感情がこもっているようには感じない。そして、どこか寒気を感じるような恐ろしさがあった。


「え……? えっ、ちょっと待ってよ。嫌だよ、そんなの……」


「俺は最初に言った。守れなければ罰、もしも万が一倒せるようなことがあれば褒美をやる。それが条件だった。お前も同意しただろ」


「そっ、それはそうだけど! でも! そんなのってあんまりじゃん!」


「うるさい。決まりは決まりだ。お前は俺より弱いんだから、黙って従っておけ」


 当事者でもないのに伝わってくる気迫に、リリアは思わず息を呑む。なんとなくだが、全貌が見えてきたような気がした。


 ベロニカは男と何らかの約束をしていた。内容から察するには、ベアウルフを倒すこと。


 ベロニカはそれを達成できずに帰ってきた。だから、今から男は罰を与えようとしている。


 今していた内容からわかるのはざっとこんなところだろう。


 ……罰ってなんなのかしら。もし、拷問とかだったら――


 リリアはちらと考えて身震いする。さっきは部外者だからと思っていたけれど、そんなことは言っていられない状況になってきたかもしれない。


「ミアちゃん。これ、行った方がいいわよね……」


 小声で訊くとミアは大きく頷いて答える。


 それで、リリアがすることは決まった。リリアはベロニカたちの前に大股で歩き出ていく。心の中では少々焦っていたが、できるだけ平静を装って話し出した。


「ちょっと、そこの二人。会話中失礼するわ」


「えっ、リリアちゃん!? どうしてこんなところに……」


 突然リリアが声をかけてきて、ベロニカは驚いたように声を上げた。そして、横に居る男は怪訝な顔をして尋ねてきた。


「誰だ」


 どうやら、早々に警戒されているようだ。リリアは意に介さず返事をする。


「別に、今日ベロニカと知り合ったばかりの通りすがりの女よ。街中で見かけたから挨拶しに来たってとこかしら。ねえ……それよりあんた、罰がどうとか言ってたわよね。一体、ベロニカに何をしようとしているの?」


 訊くと、男はしばらく考えるような素振りを見せてから答えた。


「盗み聞きするようなヤツに教える筋合いはない」


 ……確かに。


 と、ちょっと心の中で納得してしまったけれども、いやいや! と首を振ってリリアは食い下がった。


「教えてくれなければ、あんたを敵と見なすことになるわ。もちろん、その罰というのが私の納得できるものでなくてもだけど」


 そう言っても、男は何の言葉も発さない。リリアは男の出方を伺ったが、彼はただ睨みつけてくるだけだった。それに対し、リリアも負けじと睨みを効かせる。


「ちょ、ちょっと落ち着いてよ二人とも!」


 ベロニカはそう言って慌ててなんとか場を収めようとした。が、男はそんなベロニカを強引に抱え上げる。


「ベラと俺の問題だ。他人が口出しするな。それと、お前如きに敵認定されたところで、俺はどうとも思わない」


 そんなセリフを、怒りがこもっているわけでもなく平坦な口調で言われて、リリアはじわじわと怒りが湧いてきた。


 確かに勝手に口出しするのは良くないことかもしれないが、それにしたってベロニカに酷いことをしようとしているやつに言われることじゃない。


 リリアは男に近づこうとした。近づいていって、一発ぶん殴ってやらなきゃ気が済まない。


 けれど、男はそれを制するように言う。


「俺と戦おうとしても無駄だぞ。お前は俺に勝てない。さあ行くぞ、ベラ」


「ちょっと、やめてよシャノン!」


 ベロニカの言うことも聞かずに、シャノンは天を仰ぐ。リリアはなんだか嫌な予感がした。けれど、気がついた時には遅かった。


 ベロニカを抱えたシャノンは高く跳びあがると、建物の屋根の上に乗る。その光景にリリアは思わずギョッとした。


「魔法を使わないであの脚力って……」


 急なことで少し放心してしまうが、すぐに追わなきゃ! と思い直し慌て出す。


 ここで逃げられてたまるもんですか! 心の中でそう叫び、リリアは気を持ち直した。


 ……そういえばあの男、ベロニカのことをベラと呼んでいたわね。……愛称かあだ名で呼ぶということは、親しい関係にも思える。けどそれなら尚更、罰とか言っていたことが気になって許せないわ……!


「ミアちゃん。ちょっとグラグラするけど我慢してね!」


 そう言って、困惑しているミアを半ば無理やりに抱えると、リリアはその場にしゃがみ込んだ。地面はこの前と違って綺麗に舗装されている。でも――


「人を助ける為だもの。少しくらい景観が悪くなったって関係ないわ! 【地盤上昇!(ソル・アグモント!)】」


 地面に手をかざしてそう詠唱すると、レンガを突き破って土が隆起した。腕の中で目を瞑るミアを、リリアはしっかりと抱き抱える。そういえば、前もミアちゃんを抱えながらだったなと思いながら。


 リリアの立つ地面はどんどんと高度を上げ、すぐに屋根まで到達した。


 遠くの方に、色々な建物の屋根伝いに走るシャノンが見える。これだけ遠いと、今から走って追いつくのはどう考えても不可能だろう。


 けれど、一つだけアイデアがある。ミアを腕の中から解放すると、リリアはシャノンの移動経路を見定めた。


 全く、こんな時に限って本物の弓を持っていないのがもどかしい。


「【炎弓(ラグナ・アーク)】」


 リリアが唱えると、燃え盛る弓が現れた。絶対に外さない自信があるとはいえ、万が一外せば建物に引火する可能性もあるため本来なら使いたくなかった。


 けれど、今回ばかりはやむを得ない。同じく詠唱で現れた矢の形をした炎を弓につがえ、狙いを定める。


 その光景はミアからすれば、リリアが炎にじかに触れているようにしか見えなかった。しかも、それをあの男の人に当てたら火だるまになっちゃうんじゃないかと不安だった。


 そんなミアの不安を感じ取り、落ち着かせるようにリリアは呟く。


「ミアちゃん、大丈夫。自分の魔法で自分の身体は燃えないから。それにあの人も、ちょっと火傷するだけよ」


 ま、火傷して、足を滑らせて屋根から落ちるくらいの可能性はあるかもしれないけど。……あ、それだとベロニカも一緒に落ちちゃうわね。そうなったらごめん、ベロニカ。


 リリアはどんどん遠くなっていくシャノンに対し、冷静に狙いを合わせる。これだけ遠いと行動を予測し、偏差も考えて放たなければならない。


 けれど、もっと遠くの動く的に当てたことのあるリリアからすれば大したことではなかった。


 完璧なタイミングで放った矢は、煌々と赤い炎を燃やしながら突き進んでいく。シャノンは、さっきの女が後を追って来て攻撃を仕掛けてくるなんて思いもしていなかった。


 気づいていない。あまり風が吹いていないのも幸いして軌道も想定通りに進んでいる。絶対に当たる。


 リリアはそう思った。


 シャノンはギリギリになってようやく気がついた。しかし、もう避けられないところまで来ている。炎の矢は確実に当たるかに思われた。


 実際、命中した。ローブの横腹あたりに。だが、シャノンは熱がる様子も無いまま。


 突然、姿を消した。


 そこには、ベロニカの様子もない。


「はあっ!? ちょっと、どういうこと!? ミアちゃん、見てたわよね!?」


 ミアも驚いた様子で一度頷いたあと、自分にもよくわからないと困惑した様子で肩を竦める。


 突然、シャノンとベロニカは空気中に霧散するようにして消えたのだ。いや、影のようになったという方が正しいかもしれない。


 とにかく、リリアにはそんなふうに見えた。シャノンは本当に一瞬で姿を消したのだ。


「なんだか知らないけど、逃げられたわけね……」


 リリアは困惑半分、悔しさ半分で呟く。本当にどこにも居ない。


 ミアが少し悲しそうにリリアの手を握る。リリアはその手を強く握り返す。


「あーもう、ムカついて仕方ないわ!」


 ――でも、とりあえず今は帰るしかないのだろうか。


 本当に悔しくて、リリアはしばらくじっとシャノンの消えた地点を睨み続けていた。

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