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25.険しい恋路

「それじゃあ、また明日ね!」


 そう言って、ベロニカはバタンと力強く部屋の扉をしめた。全く、お転婆な子ですねえ、なんてアデルは自分を棚に上げてそう思う。


 それから、アデルたちも一旦それぞれの部屋に荷物なりを置きに入ることとなった。


 アデル、リリア、メルフィーの三人は、野宿やらで隣同士で寝るなんてザラにあったわけだが、外と室内では気持ち的にも異なるし、親友とはいえ異性でもあるので一応部屋を分けることとなった。


 そのため、厳正に部屋分けをおこない、その結果、アデル、リリア、ミアが一緒の部屋、そしてその隣の部屋がメルフィーとリューリエという組み合わせになってしまった。


 メルフィーは今晩、一度自分を殺そうとした魔人と共に夜を過ごさないといけなくなったわけである。


「部屋を多く取りすぎるのも宿屋さんに迷惑ですから、我慢してください!」


 アデルがそう言った時のメルフィーの顔といったら絶望と言う他ない。けれど、リューリエは案外なんとも思っていないようだった。


 内心ではミアと一緒の部屋でなくてホッとしていたのだ。同じベッドに入ってきて今度も枕にされる未来が容易に想像できるし、リューリエにとってそれは何より屈辱的な拷問だった。


 しばらくして、一行は一同に会しアデル側の部屋に集まる。


「ねえ、今から買い物に行こうと思うんだけど誰か他に着いてきてくれる人いない?」


 リリアは大きなバッグを肩に提げて扉の前に立つと、全員に尋ねた。しかし、声を上げる者は一人としていなかった。


 そもそも、アデルは部屋に入った瞬間からベッドに寝転んだきり起き上がる気がなさそうだし、メルフィーも今までの疲れが押し寄せてきたのか、あまり動きたくなさそうだ。


「私はこのベッドの柔らかさを堪能したいのでパスで」


「僕も……あんまり気分じゃないからさ」


 リリアは呆れたようにため息を吐きつつも、「はいはいわかったわよ」と言ってベランダに向かう。そして、そこで外の景色を眺めていたミアを連れ、室内に戻ってくると言った。


「じゃあ、ミアちゃんを連れていくわね」


 途端にアデルが跳ね起きて、信じられないというような顔をする。


「ええっ、そんなのダメですよ! ミアと遊びたかったのに! ミアだって部屋の中で遊びたいはずです!」


「そんなのアデルのエゴじゃないの。もしかしたら、外の景色を見て回りたいかもしれないじゃない。ねえ?」


 そう言って、リリアはミアの反応を窺った。しかし、思ったよりも反応が薄い。


 まずい、このままじゃ買い物に連れていけないわ……。


 そこで、リリアは耳元でこう囁いた。


「……買い物に着いてきてくれたら、本屋さんで好きな本を一冊買ってあげるわよ……」


 契約はすぐに成立。ミアは喜んでリリアと買い物に行くのに同意した様子になり、アデルは思わず声を荒らげた。


「ちょっと! なんかズルしたでしょ今! 不公平ですよそんなの! 賄賂ですよ賄賂!」


「さあ? なんのことかしらねえ。ようし、ミアちゃん早く買い物に行きましょう。アデルと話してたら日が暮れちゃうわ」


 リリアはミアと手を繋いで扉を開けると、そそくさと出て行こうとする。


「あー、ちょっと! 話はまだ終わってませんよ! ミアーッ!」


 アデルは悲劇のヒロインばりの悲痛な叫びを上げたのだが、結局、無慈悲にも扉は閉まってしまった。


「リリア……あれは、真面目に少し怒ってるやつだなあ」


 メルフィーは冷静に分析するように話す。しかし、アデルからすると納得がいかないようだった。


「んもう! ちょっと買い物に着いていかなかったくらいで! 大体、私が一番どっかの誰かさんとの死闘で疲れが溜まってるんですから、休ませるべきでしょう!」


「その割には一番元気に大声出してるじゃん」


 鋭い指摘に、アデルは思わず「確かに……」と言ってしまいそうなのを抑える。


「い、いや? ……大声なんか、出してないですけど?」


「今更小声にしたとこで意味ないよ……。あれ? っていうか、アデルの言ってた誰かさん、どこにもいないじゃん」


 メルフィーはぐるりと部屋の中を何度か見回す。そこで、リューリエの姿が確認できないことに気がついた。


「ほんとだ! ちょっと! 私が八つ当たりで嫌味をぶつけようとした誰かさーん! どこいったんですか!」


 そうやってアデルが大声で呼びかけると、部屋の扉がばたりと開いた。


「その呼び方をしたらわざわざ匿名にした意味が無いだろ馬鹿」


「あら、隣の部屋に行ってたんですか」


 リューリエはその問いにイライラしたように返してくる。


「そうだが、お前の声がうるさすぎて隣の部屋にまで聞こえてくるから様子を見に来た。で、俺の話題か? 何を騒いでたんだよ」


「別に、呼んだだけです」


 真顔でさらりと言うアデルにムカつき、リューリエは大きくため息を吐く。


「……そうかよ」


 そう言い捨てて、踵を返そうとした時だった。メルフィーがリューリエのある変化に気づき、驚き混じりに指摘した。


「お、おい、付けてた手枷はどうした!」


 リューリエの手首には今、何もついていなかった。森を出る時に付けた手枷。そして確かに、この宿屋に入るまでリューリエの手首には魔法の根でできた手枷があったはずなのだ。


 メルフィーとアデルは瞬時に警戒態勢に入ったが、リューリエは淡々と質問に答える。


「はあ? 見ればわかるだろ。不便だからぶっ壊した」


「……その場から動かないでください。動いたらまた魔法が飛び交いますよ」


 アデルはベッドの近くに立てかけていた魔槍を手に取り、リューリエにそう忠告する。しかし、リューリエはといえば逆に困惑している様子だった。


「……あのなあ、別に反抗しようなんて気はない。というかできねえよ」


「……どういうことですか」


 魔槍を構えながらも、アデルはリューリエに対し尋ねる。


「はあ……俺は眷属だろ。それで、お前らは主人の親しくしている相手。主人が危害を与えたくないと思っている相手には、眷属も危害を加えることはできないんだよ。そういう風になっている。俺はお前らに対して悪さの一つも働けない」


 そう説明されて、アデルはゆっくり槍を下ろした。メルフィーも気が抜けたようにベッドに座り込む。


「そ、そうですか」


 言われてみれば確かにそうだ。ミアが本当は自分たちを嫌っているとかでもない限り、リューリエは手を出すことができないはずなのだ。


 そうわかってはいたものの、実感はしていなかったので、どうしても警戒してしまったのだった。


「なあ、もう行っていいか?」


 リューリエは確認を取るように訊き、扉を開く。しかし、逆に確認を取るようにメルフィーが訊き返した。


「ちょっと待てって。どこに行くんだよ」


 尋ねると、リューリエはうんざりした様子で言葉を返してくる。


「散歩だよ。夜には戻る。それに、一応言っておくがな、ミアさ…………ア、アイツが眷属契約を解除するか人間を殺したいほど憎むでもない限り、俺はお前ら以外の人間にも危害は加えられない。残念ながらな」


「でも、ミアの望まないことはできないって割には手枷を勝手に壊してるじゃないか」


 メルフィーは半信半疑の様子で尋ねた。リューリエはそれに対し「さあな」とは言いつつもニヤリと笑う。


「アイツとしても俺に自由になってほしかったんだろ。抑制されてるのは可哀想だってな」


 本当にそうだろうか、と一瞬メルフィーは考えた。けれど、すぐに本当だろうと思い直す。ミアならきっと、純粋な気持ちでそう願うだろうと思ったからだ。


 同時に、ミアの認識がリューリエの行動範囲を広げてしまうことも有り得るなら、絶対に善悪の感覚を狂わせてはいけないなとも思った。


「そろそろ行くぜ。お前らと話してると頭が痛くなってくる」


「ちょっ、ちょっと待ってください! 最後! 最後に一つ確認してもいいですかっ!」


 ようやくこの部屋を出ていけると思ったところをアデルに引き留められ、リューリエはしかめっ面で振り向いた。


「なんなんだよ!」


「あの、さっき『ミア様』って言いかけてましたよね!?」


「えっと………………いや…………そんなことは」


「ミアさ、ぐらいまで言ってやべって思って途中でアイツに呼び方変えましたよね!? まさか、ガキ呼びを禁止したのにそんな抜け道があったんですねえ!」


「お、お前らが変な風に吹き込むからだろっ! もう行く!」


 リューリエは入ってくる時よりも力強く扉を閉めて部屋を出て行く。その様子を見て、アデルはこれでもかというくらいベッドの上で笑い転げた。


「ほんとアデルって、相手を怒らせるの得意だよねえ……」


 メルフィーは皮肉っぽく言う。しかし、アデルは構わず快活に笑った。


「まあまあ、後から仲直りできる喧嘩なら、むしろやっておいた方がいいじゃありませんか!」


 思っていた通りでもないズレた回答が来て、メルフィーは反論できず困ったように唸る。


 そんなこんなで、部屋の中にいるのは二人だけになったのだった。


 しばらくお互い無言になり、静寂の時間が訪れる。アデルは隣のベッドに座るメルフィーの方にじりじりと寄っていき、耳元で囁いた。


「それにしても、やっと二人きりになれましたね」


 突然耳元に吐息がかかり、メルフィーはビクッと身体を震わせる。


「な、なんだよ。急に」


 すると、アデルは悪戯な笑みを浮かべて、口角を上げ、いつになく妙に落ち着いた声で話し出した。


「いやあ、二人きりになったら話そうかなと思っていたことがあったんですよ。……ね? わかるでしょう?」


 アデルは言いながら、ゆっくり腕を肩に回してくる。けれど、メルフィーは困惑しっぱなしで、何が何やら全然わからなかった。


「わ、わかんないってば。本当になんなんだよ」


「えぇ? 本当にわからないんですか……? リリアには言えないこと、ですよ?」


「え、リリアには言えないこと……?」


 なんだか怖くなってきて、メルフィーは息を呑む。もしかして――


 アデルにはそういう感情を一度も持ったことは無い。しかし、わざわざこんなに意味深に絡んでくるということは、もしかしてそういうことなのだろうか。


 だとしたら、きっぱりと断らなければならない。メルフィーは覚悟を決めて言葉を発そうとしたが、それより前にアデルが口を開いてしまった。


「……私が居ない間に、リリアとはどこまでいったんですか?」


「………………へ?」


 予想していなかった質問に、思わず変な声が出る。しかし、そんなことは構わずアデルは質問を続けた。


「だから、リリアとはどこまでいったんですかって。二年間ですよ? 流石に何かあったでしょう」


 何を聞かれているのか、すぐにはわからなかったものの、少ししてから理解し、メルフィーは一気に顔を真っ赤にする。


「えっ、いやいや……なんで急にそんなこと! て、ていうか、別に何も無かったし!」


「はあっ!? 何も無かったあ!? ちょっと、何をやってるんですか! この二年間、二人の進展をずっと楽しみにしてきたというのに!」


「ど、どういうことだよ」


「ったく、誤魔化さなくてもわかってます! 本当は二年生の頃くらいからずっと気づいてたんですよ! ずうっとリリアのこと好きなくせに! なんにも進展無し!? 私が旅へ出て二人きりの時間も増えただろうに、なんで何も無かったなんてことが発生するんですか!」


 さっきまでの落ち着いた態度はどこへやら、アデルは叱り口調で捲し立て始める。その気迫にメルフィーは思わず狼狽えた。


「手ぇ繋いだとかキスしたとかその辺のこと無いんですかっ!?」

 

「キ、キスって……。そもそも、告白すらして無いし……。てか、する勇気も無いし……」


「勇気なんて! そんなの大体踏み込んだら後から着いてくるもんなんですよ! 全く!」


 頬を膨らませたアデルに、しかめっ面で睨まれる。それに対し、メルフィーはなんとか頑張って反論しようとした。


「で、でも、そういうアデルだってまともな恋愛とか……えと、したことあるの?」


「ふふん、私は冒険が恋人ですからね! 無いですよ!」


 アデルは確固たる意志を見せてそう語る。

 

 どうしてそう誇らしそうに言うのかわからない。メルフィーは呆れて肩を竦めた。


「とりあえず、私のことはいいんです! 親友の恋路が上手くいくよう、協力させてくださいよ!」


「きょ、協力って……。そもそも僕、男として見られてないだろうし……。そ、それに、リリアは貴族じゃないか」


「だから無理だと言いたいんですか? メルフィー、何も行動を起こしていないのに諦めるのが一番ダメなんですよ。このダメ男!」


 そう言って、喝でも入れようと思ったのか背中を引っぱたかれる。普通に結構痛い。しかし、メルフィーが痛そうに叩かれたあたりをさするのも構わずに、アデルは意気揚々と続きを話した。


「本当のイケてる男っていうのはですね! 身分の差ってのに逆に燃えるもんなんですよ! 上等じゃねえか!

やってやるぜ! ってね!」


「でも、僕はイケてる男じゃないって!」


 アデルの強引さに反抗しようと、メルフィーは大きめの声で言う。すると、アデルは急に神妙な様子になった。


「……はあ、全く。これだからあなたは。正直、私はあなたのそういうところは嫌いなんですよ」


 はっきりと言われて、メルフィーは少し凹んだ。じゃあ一体、どうすればいいというのだろう。


 自分とリリアが釣り合っていないことは確かなはずだし、六年以上ものあいだ友人としてやってきたのに今更この気持ちを吐露して受け入れられる可能性なんて、ほとんど無いに決まっている。


 アデルにはそういう気持ちが何一つわかっていないのだ。そう思うと、少しだけムカムカした。けれど、アデルはそれより更にムカついている様子だった。


「本当は諦める気なんてさらさら無いし、ずっと焦ってるくせに。何を言ってるんですか。卒業式の日、あなたはリリアを助けることはせず傍観しているだけだった。


 それは保身の為だけでなく、あれを諦めのちょうどいい機会にできないかと葛藤していたからでしょう。どうなんですか」


「それは……うん、そう」


「やっぱり……。でもね、自分には諦める覚悟ができているなんて思っているかもしれませんが、私にはわかるんです。


 メルフィー、あなたは絶対にリリアのことを諦められません。最初はきっぱり諦めたんだと思い込むようにするものの、離れ離れになってから一生後悔するようなヤツなんです」


 メルフィーはもはや何も言い返すことができなかった。自分というのは確かにそういう人間だという心当たりがあったから。


 一通り話して怒りが収まったかと思うと、アデルはメルフィーを諭すように落ち着いて話し始めた。


「このままではあなたには後悔の一本道しか残されていません。旅を数年か続けたら、リリアは実家に帰って領地を継いで……それで両親の選んだ立派な貴族の息子と婚約させられる筋書きが用意されています。それは、あなたも危惧していることでしょう」


 メルフィーは静かに頷く。アデルは思い出したように彼の背中をさすりながら、続きを話した。


「それなら、協力させてくださいよ。親友が一生後悔するところを私は見たくないんです」


「で、でもさ……本当に大丈夫なのかな。アデルには上手くいくビジョンが見えてるわけ……?」


 不安そうにメルフィーが呟く。協力すると言ってくれるのは嬉しいけれど、そんなことを言ったってメルフィーには全く成功する未来が浮かばなかった。


 けれど、アデルはその質問に即答した。


「いや、案外大丈夫だと思いますけどね。正直、リリアと恋愛関係の話なんてあまりしたことはありません。それに、メルフィーが好きだなんて話は一度も聞いたことがないんですけど。


 ……でも、ここだけの話、リリアってメルフィーが居ない場所ではめっちゃ褒めてますからね。脈が無いことはないでしょう」


「えっ……そっか」


 今まで知ることのなかったその情報に、メルフィーは少し頬を熱くする。気恥ずかしくてなんとか平静を装うとするのに、アデルにはバレバレのようだった。


「ふふん、少しは自信が湧いてきましたか? まあ、とにかく安心しててくださいよ。親友二人をくっつけよう大作戦! 私が華麗に成功させてみせましょう!」


 そんなふうに宣言するアデルは、正直バカみたいだ。不安なものは不安だし、叱ったって変わらない現実だってあるのに。


 けれど、アデルは本気で変えようとしている。それがとても可笑しいし、もうどうにでもなれ、なんて吹っ切れるきっかけにもなった。


 こうなったら、頑張ってみるしかない。メルフィーは恐怖と不安と、ほんの少しの希望を胸に刻んでそう決意した。

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