23.お転婆エルフとリネリアの街
「さっき気づいたんだけど、ベロニカってエルフよね?」
にわか雨だったのか、天気はすぐに晴れた。景色は少し変わって近くに湖が見え、馬車はその付近を走っている。
リリアに訊かれてベロニカは驚きつつも、笑顔で言った。
「おっと、やっぱり気づくよねぇ。その通りっ!」
そう言って、ベロニカは自身のとんがった耳を触る。
「まあ、正確にはエルフと人間の混血なんだけどね。お母さんがエルフでお父さんが人間。で、残念なことにエルフの特徴である魔法が得意ってやつは受け継がれなかったってわけ」
言いながら、ベロニカは鞘に入った剣を少し見せる。見た感じ、自分たちと同じように旅をしているように見えるし、剣士をやっているというところだろうか。
そういうのもかっこいいなとアデルは思った。しかし、魔法使いが一番の至高。そういう拗れた思考を持っているため、若干対抗心があったりもした。
「でもさ、君たちはあんまり珍しそうにしないんだね」
ベロニカは驚きの感情を多く含んだ声色で言う。しかし、リリアとメルフィーからすると何のことやらわからないという感じだった。
「珍しいって何が?」
「だって、エルフは森の中から出てこないってイメージがあるしさ。普通の人には会うたび結構驚かれるんだけど」
そう言われても、二人ともいまいちピンきていないような顔をする。すると、それを見かねてアデルが口を挟んだ。
「二人とも。私も旅に出て驚いたんですが、エルフって世間一般の人からすれば珍しいらしいんですよ。私たちが過ごしてた環境が特殊だっただけでね」
「あー、確かに入学するまではエルフなんて見たこと無かったしなあ」
「ええ、そうかしら? 私、小さい頃から弓を習ってるけどその先生がエルフだったわよ?」
「それはリリアがお貴族様だからでしょ」
目の前で会話が展開されていくなか、ベロニカはそれらについていけずただただ困惑し続ける。入学? 貴族? 初出の情報があまりにも多すぎて頭がパンクしそうだった。
「ちょっ、ちょっと待って! 過ごしてた環境が特殊ってなに? そんな環境聞いたことないんだけど。エルフの森出身とかなわけ?」
「いや、通ってた学校の同級生に何人かエルフがいたんですよ」
「え……んーと、それなんて学校……?」
質問すると、アデルはなんの気無しにさらりと答える。
「神立図書館ですね」
「しん……え?」
何かの聞き間違えだと思った。まず最初に自分の耳を疑った。
けど、そういえばどっかで、エルフの耳は人間の三倍くらい良いって聞いたことある……。私の耳って本当に良いのか……?
そんな疑問に答えるかのように、アデルはさっきより具体的に正式名称で答えた。
「グリリモーア神立図書館っていうところです」
ベロニカは数秒黙って、それから隣に座るアデルと、向かい側に座るリリアとメルフィーの顔を順繰りに眺めた。
さっきまで自分と同い年くらいの三人に見えていたのに、その事実を知った途端、自分がとんでもない偉人たちに囲まれているような感覚になる。
「三人とも、ものすごい天才じゃん……」
「ふっふっふ、そうでしょうそうでしょう! 私たち凄いんですよ!」
アデルは誇らしそうに鼻を鳴らし脚を組む。そんな態度に呆れた様子でリリアが口を挟んだ。
「ちょっと、アデル。わざと図書館のこと訊かれるように誘導したでしょ」
「ちぇっ、バレちゃいましたか。だってこういう風にすると皆驚いてくれるんですもん」
だからあんなに強かったのかな。急に点と点が繋がったような気がして、ベロニカはもっと色々な質問がしたくなってきた。
「でも待って、それじゃあなんで冒険者なんかやってるわけ? もっと良い職業とか就けたはずでしょ?」
訊くと、三人は顔を見合わせ各々理由を話し始める。
「まあ、小さい頃から旅がしたかったからですね」
「僕は他にやりたいことが特になかったからなあ」
「私の場合、どうせ将来は仕事三昧だしね。今の内に自由を楽しまないといけないのよ」
理由を聞いても、あまり納得がいかない。そもそもどんな理由があったって、神立図書館卒業と冒険者という肩書きはあまりにも釣り合わなさすぎる。
どうして、あんな超がつくほどの名門を卒業しておいて冒険者になったのだろう。ベロニカには勿体なく思えて仕方がなかった。
ベロニカの知っている冒険者たちはみな、学歴が無くてまともな職に就けず、食い扶持に困っているから冒険者になったという経緯がある。
ベロニカだって教育面では、故郷の小さな学び舎で読み書きと簡単な計算を教えてもらったくらいのものだ。まあ、冒険者になった理由は単純に、アデルみたいに純粋に旅に出たい気持ち溢れる、好奇心旺盛少女だったからなのだけど。
とにかく、この三人は異常だ。とっても頭が良いのに冒険者なんかをしているし、おまけにその旅に子供二人を連れている。
二人とも小さくてかわいい。
なんだか面白い人たちだなあ。ベロニカは更にワクワクし始めたのだった。
「あ、もうすぐかなあ」
しばらくして、ベロニカは外の景色を見るとそう呟く。
「何がですか?」
「ああ、えっとね。この近くにリネリアっていうまあまあ大きい街があるんだ。昨日までそこの宿屋で泊まってたんだよね。私は近くで降りるつもりだけど、もし良かったらアデルたちも寄ってく?」
「絶対に寄る! ってか泊まる!」
ベロニカの提案にリリアは断固とした決意で答えた。
理由としては、そろそろ野宿するのも限界になってきたから。カチカチの土ベッドではなく久しぶりにフカフカの布ベッドで寝たいことを切実に訴え、メルフィーからの熱烈な賛同を得る。
あとはアデルがどう出るか。二人は緊張した眼差しでアデルをじっと見た。
「ちょっ、別に反対しませんって。私だって好きで野宿してるわけじゃないんですからっ。日用品も買い溜めておきたいですし、少しくらいは滞在したっていいでしょう」
リリアもメルフィーも歓喜の声を上げる。
そんなわけで、一行はリネリアという街へ寄ることとなった。
☆
「ええっ!? ギルド入ってないの!?」
ベロニカがそう発したのは、街に到着してすぐくらいのことである。
その発言に至ったのは些細な会話がきっかけだった。
「ねえねえ、三人の冒険者ランクってどのくらいなの?」
ベロニカにそう聞かれて、メルフィーが答えた。
「僕とリリアはまだギルドに登録してないな。旅に出たのはつい最近だし、言われるまで忘れてたよ」
続けてリリアが言った。
「そうね。でも、正式に冒険者って職業を名乗るなら入っておいた方がいいのよね? この街で登録できるならしておきたいわ」
それに対し、ベロニカは言う。
「できるできる! 特にこの街には大きな支部があるし、登録に時間もかからないと思うよ!」
それを聞いて、メルフィーがまた話す。
「へえ、じゃあやっておこうよ。冒険者ランクとか、よくわかんないけど学校の成績みたいで上げるの楽しそうだしね。まあ、アデルなんかはもう上の方に行ってるんだろうけど。張り合いが無いなあ」
言われて、アデルは不思議そうな顔をした。そして、少し変な空気が流れた後に、アデルは問題の発言をしたのだ。
「えっと、私ギルドとか入ってないですよ」
「ええっ!? ギルド入ってないの!?」
街中であることなんかお構い無しに、ベロニカは素っ頓狂な声を上げる。周囲からすれば、突然奇声が聞こえてきてなんだなんだ不審者か? などと思っていたら、声の正体がエルフだったとかいうとんでもない状況だった。
しかしベロニカは周りの目なんか気にせず、驚きをそのままに早口で話し始める。
「えっ、なんで入ってないの? あれだけ強かったらもはやスカウトとかされそうなのに!」
「まあ、全部断りましたから」
「本当にスカウトされてたの!?」
強さを例える表現だったのに! とベロニカは心の中で叫んだ。
「なんでよ。ねえアデル。真面目な話、入った方があんたにとっては良いことばかりなんじゃないの。ほら、有名になりたいって意味でもギルドで活躍すれば名声は上がりやすいじゃない」
リリアは少しだけ叱るようなトーンで言う。しかし、それでもアデルは「なんか違うんですよねぇ」と納得していない様子だった。
「一つの組織の中に括られて評価されるのってなんか違くないですか? 唯一無二感が無くなるっていうか。組織の下に庇護されて成り立っていると思われるのが嫌っていうか」
嫌々ミアの肩車をしながら歩いていたリューリエは、その意見に共感できるところがあったのか静かに頷く。まさかこいつの考え方に同意できる時が来るとは、なんてミアに髪の毛をわしゃわしゃされながら思った。
「わかった。館長になんか言われたんでしょ。アデルってあの人の言うことならなんでも聞くからなあ」
「別にそういうんじゃないですよ! ……まあ、影響を受けてるとこはありますけど」
アデルにとってグレイスは孤高の存在だ。そのグレイス様と同じようになりたい。だからこそ、何かに縋りついて得る栄光に価値を見出せなかった。
「憧れは理解から最も遠い感情、とは良く言ったものだな」
リューリエが小馬鹿にするような口調で呟く。すると、すぐにアデルたちの注目を集めた。
「つまり何が言いたいのよ」
リリアにムスッとした口調で尋ねられるが、リューリエは淡々と答える。
「俺は誰かに憧れた経験がない。だから、合理的な判断ができる。だがソイツは憧れに囚われて理性を押し潰している。要は頭が固い。もっと柔軟に考えろよ。組織ってのは仲良しこよしするためのグループじゃない。自分が成り上がるための道具なんだぜ」
最後は邪悪な笑顔を浮かべて言い放った。
「ちょっと! アデルはあんたみたいな冷酷野郎じゃないわ!」
人の気持ちなんて欠片も考えていないようなリューリエの発言に、リリアがカッとなって声を荒らげる。しかし、直後にそれを越えるくらいの大声でベロニカが口を挟んだ。
「この子、すんごいことを言うなあ! けど要は、やっぱ入った方がいいよっておすすめしてくれてるってことでしょ! それでいいじゃん! ね、アデルも一緒にギルド入ろうよ! 登録の仕方は私が教えてあげるからっ!」
この子って、人目をはばかるという概念が無いのかもしれない。メルフィーは密かにそう思う。
自分だったら恥ずかしさで死にそうだ。エルフなんてただでさえ注目を集めるらしいのに、今じゃ噴水のある広場のど真ん中で叫んで、子供に指さされて笑われている。
けれど正直、これくらいの元気さを持つ人が羨ましいなとも思った。
アデルは少しのあいだ考えるように唸った。それから決心したのか、ハッキリとした声で言う。
「正直、自分一人の力で名を広めることの難しさは薄々気づいてましたよ。リューリエの言うことも、まあ間違っているとは思いません。だから…………いい加減入りますよ。あと、ギルドに入って旅が楽しくなるなら、それに越したことはないですしね」
ベロニカはそれを聞くと、お手本みたいに「わーい!」と喜んで、アデルの手を取る。この大胆さが人の背中を後押しする力強さになっているんだろう。
メルフィーは苦笑いしつつ、そう思った。




