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21.ミアと眷属

 アデルは放心状態だった。メルフィーも、回復したばかりであろうリリアを抱えつつ尻餅をついている。


 しかし、それよりも驚いた様子なのがリューリエだった。彼の足元から黄色く光る大魔法陣が現れて、その光はミアをも包み込む。


 アデルは最初、それがリューリエの最後の切り札か何かかと思った。けれど、リューリエの魔力の動きが見られなかった。


 代わりに、魔力が全く無いはずのミアから、並々ならぬ魔力の奔流を感じた。


「い、一体なにが……!」


 パニックになった様子のメルフィーが言った。


「くそ、俺が説明して欲しいくらいだぜ……。なあ、俺はここから一歩たりとも動けない。魔力すら動かせない。そんで、まさかとは思うが――


 リューリエが言いかけのところで、ミアは振り返り彼と向き合った。


「なあ、お前の仕業だろ。……お前、俺を()()()()()だろ」


 ミアはリューリエの左腕を心配するように見やる。それからそっと触ってみるが、「痛ぁっ!」とリューリエが叫ぶのでびくっとしてやめた。


「……え、何? なにがあったの……?」


 起きてきたリリアに説明している状況ではない。だって、アデルもメルフィーもこの状況を理解していないのだから。


「け、眷属……。いや、だってそんなはずは!」


 アデルは困惑と驚きのあまり叫ぶ。


 眷属、確かにリューリエはそう言っていた。それについては図書館で習ったことがある。


 魔人が扱う数少ない儀式魔法。()()()()()()()()()()()()()力の一部を分け与え主従関係を結ぶ行為。主人が解除するか死亡しない限り、従者は主人の命令に服従しなくてはならない。


「ミアがそんなこと……」


 できるはずがない。魔力を持たないか弱い子なのにそんなこと――大体、この魔法は魔人しか使えないはずなのに。


 ミアはリューリエを労るように優しく頭を撫でた。それから、まるで引き止めるみたいにアデルの外套の裾を引っ張り、メルフィーの方へ向かうと懇願するように手を合わせる。


 まるで、怪我を治してやってくれとでも言いたいみたいな――


「ア、アデル、僕……どうすれば」


 メルフィーが訊いてくるが、アデル自身困惑して判断がつかなかった。


 力は次第に薄れていく。青かった髪も瞳も徐々に色褪せて黒に戻っていく。この機を逃せば、とうとうこの魔人に勝つチャンスは無くなる。


 けれど――なんとなく、ミアに従って良いような気がした。明確な根拠はない。でも、この子が私たちを騙すとは思えない。


 何が起きるかわからないけれど、アデルにとって信じる以外の選択肢は他になかった。


「……メルフィー、やってください」


「で、でも……。って、ちょっとミアちゃん!」


 メルフィーは腕をぐいぐいとミアに引っ張られて、リューリエのところまで連れ出される。


 リューリエはバツが悪そうにそれを見て、悪態をついた。


「操り人形にされるくらいなら殺された方がマシだ。おいお前、絶対に殺せ。わかったな?」


 鋭く睨まれて、メルフィーは狼狽える。しかし、割って入るようにアデルが話した。


「話を聞いてはダメです、メルフィー。魔人の提案の裏には、他の真意があるに決まっています。今はとにかく、ミアを信じましょう」


 リューリエが軽く舌打ちをする。殺される瞬間に身体を捨てて逃げるつもりだったのに。


 メルフィーは意を決すると、回復魔法を唱えた。


 そうすると、左腕の爛れたような傷が嘘のように綺麗さっぱり癒えていき、同時に両腕の形が人間の腕と同様のものに戻っていく。ミアは嬉しそうにリューリエの左腕をぺたぺた触り出し、しまいには抱きついた。


「くそっ、何なんだこのガキはっ! は、離れろ! お前らも一体何なんだ! 俺をどうするつもりだ!」


 リューリエがアデルたちの前で初めて声を荒らげる。それはつまり、焦っているということ。


 アデルにはミアの目的がわからない。いや、案外怪我をしてたから助けたかった、とか馬鹿げてるくらい純粋な理由なのかも。


 だとしても、こういう状況になった限りは――


「あなたは、ミアの眷属となった。ということでよろしいのですね?」


「……そうだが?」


 リューリエが不貞腐れたように言い放つ。


「そうですか。つまり、ミアの望むことならなんでもするし、ミアの望まないことは絶対にしないと」


「なあ、一体どうなってる!? 眷属契約は両者の同意によって成立するはずだ。それをそのガキは、強制的に実行しやがった。何者なんだよ!」


「私たちも、この子のこんな力は初めて見ました。でも、今はそんなことどうでもいいんです。あなた、確かリューリエと名乗っていましたね。……ふむ……それでは、リューリエ」


 自分で自分の思いついたことが恐ろしく感じる。今からとんでもないことを言おうとしているのは自分でもわかっている。熾烈な戦闘を繰り広げたあとだから頭がおかしくなってるのかも。


 それでもいい。後から後悔はしないだろう。多分。


「私たちと一緒に、旅に同行しなさい。ミア、あなたもそれがいいでしょう?」


「な、なんだと!?」


 リューリエ以外のメルフィーもリリアも唖然としているなか、ミアだけが嬉々として飛び跳ね、アデルに抱きつく。


「ちょっと待ってよアデル! つまりこの魔人を仲間にするってこと!? そんなの有り得ないわ!」


 先程まで黙って行く末を見守っていたリリアが大声で言う。確かに、こんな話を容易に承認できるはずがない。しかしアデルには覚悟ができていた。


「仲間というよりは、使い魔みたいなものじゃありませんか?」


「つ、使い魔っ! それは聞き捨てならない! 俺は魔人の中でも屈指の実力が――


「でも、ミアの眷属と成った。その事実は変わりません」


「な、なにをっ! それはそのガキが予想外の力を――


「とりあえず、手始めにその()()というのをやめてくれます? 主人に対して不敬では?」


 アデルの迫力に、メルフィーは密かに震えた。そして、リリアに密かに耳打ちする。


「……あれさ、心の中ですんごいブチ切れてるよね……」


「え、ええそうね……。こういう時はもう、成り行きに任せるしか……」


 アデルがミアの頭を優しく撫でた。それからしゃがんで、言い聞かせるように話す。


「ミア、あなたもガキと呼ばれるのは心外でしょう? ……ふふ、でも安心してください。あそこのリューリエくんは、あなたの言うことをなんでも聞いてくれるらしいですから」


「ま、待て! 何をさせる気だ!」


「酷いことはしませんよ。でも、私たちの命を脅かした償いくらいはしてもらわないと。……そうですねぇ。ミア、リューリエくんにはこれから『ミア様』って呼んでもらうようにしましょう。主人たるもの、威厳がなくてはいけませんからね!」


 アデルの教えに、ミアは感心したように声をあげた。一方で、リューリエは絶望の声を上げた。


 誰の下にもつかない。何事にも縛られず自由な生き方をしてきたというのに、なんてことを……。


「やめろ! すぐに解除しろ! このガ……くっ……」


「ガ、なんですか?」


 言いかけて口を噤んだ。どうやら、既に()()と口にすることができなくなっているようだった。


「くそがっ! なんなんだよ!」


「あなたは負けたんです。抵抗は無駄だってわかるでしょう? もう戦いは終わったんですから」


 そう言うと、リューリエは俯いて、もう何も言わなくなった。


 そうだ。もう戦いは終わったのだ。アデルにも、どっと疲れが押し寄せて、その場にバタッと倒れる。


 メルフィーとリリアが駆け寄ってくるも「大丈夫です。ちょっと、頑張りすぎただけですから」と、そう言って落ち着かせた。


 葉の隙間から見える星空を見る。なにはともあれ、七災だったと言うヤツの一人に、今晩、自分は勝ったのだ。


 このことを知ったら、グレイス様は褒めくれるでしょうか。傍で心配そうにしている二人は? きっと、凄いと思ってくれているに違いありませんね。


 そんなことを思って、少し幸せな気持ちになりながらアデルは眠りについた。




     ☆




「……レーエン様、感じましたか?」


「ああ、魔力反応が消えたな」


 ネウカとレーエンが、儀礼の教会にて祈りを捧げている最中の出来事だった。


「全く、探そうとした瞬間にこれとは……。まさか、リューリエまで殺されたわけではないだろうな?」


「いえ、死んだのであれば、魔力の残滓が感じられるはずです。しかし、それもない。魔力が全く感じられなくなりました」


「死んだわけではない、と。では、お得意の魔力隠しではないだろうかね? あいつ、偽装魔法を嫌うくせに魔力を隠して人間のフリをすることを得意としていただろう」


「いえ、レーエン様。リューリエ様の魔力隠しは魔人だけには通用しないようにと、強い呪いが施されていたはずです。それも、レーエン様が提案したものかと」


 ネウカが遠慮がちにそう言うと、レーエンは面白そうに笑う。


「おや、そうだったか。私もそろそろ呆けてくるころかな」


「いえ、そんなこと言わないでください。まだまだお美しいですし、聡明ではありませんか」


「ふっ、人間のようなことを言うじゃないか。魔人の見た目は加齢では変わらんぞ。……まあ、お前がそこまで言ってくれるのは嬉しい。引き続き、頑張るとしよう」


「ええ、必ずリューリエ様の居場所を見つけ出し手柄を挙げて、ゆくゆくはレーエン様を七災の四へ」


「なんだ。そこまでのことを考えていたのか?」


「だって、あのオルディラットに譲る訳にはいかないじゃないですか!」


「ふふ、確かにそうだな。お前は本当に健気なやつだよ」


「ありがとうございます。さあ、早めにリューリエ様を探し出しましょう!」




     ☆




 アデルは近くから聞こえる喧騒で目を覚ます。明るい空が目に映り、まだ残る眠気に大きなあくびを一つした。


「あ、アデル……起きちゃった?」


「ふわぁ……えっと、はい……」


 聞こえてきたのはリリアの声だ。それと、少し離れたところから喧嘩している声も。


「ちょっともう二人とも! アデルが起きちゃったじゃない! だからあれほど――って、聞いてないか……」


 一体なんだというのだろう。アデルは身体を起こして状況を確認しようとする。が、ぼやけて全然前が見えない。


「えと、一体何が?」


「ああ、ごめんごめん。メガネね。どうぞ、メルフィーが魔法で直してくれたわ」


 メガネを直す魔法まであるのか。


 アデルは半ば感心しながらメガネをかけて、よーく目の前の状況を確認した。


「だから! 僕の名前はメルフィーだって言ってるだろ! それに、あっちにいるのはリリアとアデル! ちゃんと名前で呼べって!」


「めんどくさいやつだな。へたれ緑、くるくるピンク、メガネ女、これでいいだろ」


「よくないって! 誰がへたれ緑だ! お前だってイキリショタのくせに!」


「は? ……誰がイキリショタだって?」


「おうおう、耳が遠いなら何度だって言ってやる。お前のことだよ!」


 メルフィーとリューリエが、口喧嘩をしていた。リューリエにはメルフィーの魔法か木の手枷がつけられている。


 そのおかげで殴り合いなどにはならなさそうだが、それにしたって気の弱いところがあるくせに、昨日殺し合いをした相手に対して言い争いを始められる度胸はどこから湧いてくるのだろう。


 まあ、メルフィーは自分の心の弱さを隠そうと思っているところがあるようだし、それなりにプライドが強いのかもしれないな。


 そんなことを考えつつ、しばらくどうすればいいかわからず静観していると、リリアが立ち上がって二人の傍へ行った。


「あのさあ、そこの二人。くだらない言い争いしてないで、さっきから静かにしろって何度も言ってるんだけど?」


「げっ、リリア。いやいや、だってこれは、コイツが悪くて!」


「ふん、なんだくるくるピンク。説教でも始めるか?」


「くるくるピンク……ですって? ……あんた、舐めた口きくとブチ殺すわよ」


 くだらない言い争いって言ってた割に、くるくるピンクって呼ばれたらちゃんと怒るんだなあ……。と、アデルは思った。


「リューリエ、だったかしら。あんた、既に抵抗できない身でありながらよくもまあそんな口がきけるわねぇ。……各種魔法属性に耐性があるみたいだし、火傷の一つや二つ、できたところで問題無いかしら?」


「な、なにをするつもりだ!」


「なにって、火炎魔法でちょいと炙ってやるだけよ。あと、安心してるとこ悪いけど……メルフィー。あんたもうるさくしてたし、火傷したところで、自分で治せるでしょ? ……逃がさないわよ?」


「い、嫌だ! やめてくれ! ごめんって! 僕はその、あの――


「言い訳するな!」


 メルフィーとリューリエの阿鼻叫喚でばっちり目を覚ましつつ、なんて寝覚めが悪い朝なんだと思いながらアデルは苦笑いした。


 しばらく地べたに座って火あぶりの刑の行く末を見守ろうと思っていたところ、ミアがとことこと近づいてきて、横に座ってくる。


 ミアは心配そうにアデルの顔を覗き込んできたが、アデルはいつも通り頭を優しく撫でてやってから言った。


「ミア、正直私、自分のした判断が正解なのか不安だったんです」


 あまり嫌がらないどころか、今では自分から更に撫でてもらおうとするミアは、出会った時から変わらず可愛い。たとえ、不思議な力を持っていたとしても。


「でも、結果的にあなたを信じてよかった。おかげでまた旅が賑やかになりそうですから」


 意味がわかっているのか、ただ撫でられて嬉しいからなのか。笑顔になったミアは、ただただ可愛らしかった。

21話までものあいだ、読んでいただき本当にありがとうございます。


もし、ここまでで面白いと思っていただけていましたら、ブックマーク・評価・感想等いただけると超絶執筆の励みになります。


ここからは、アデルたちが街に行ったりとか、ギルドに入ったりとかします。

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