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2.疾風迅雷のアデル

 約二年前、親友とした感動の約束を思い出し、現状との対比にため息を吐く。どこを見ても平々凡々としたなにもない平原。今朝は今日から約束の場所に向かうのだと思って足取りも軽かったものの、今ではとぼとぼと気だるそうに草むらを歩いていた。


 魔法使いアデル・クラウデ・シュリエールは、地図を片手に歩いているにも関わらず、もう半日間は道に迷っている。


 アデルは、ちゃんと予定を立ててはいたのだ。朝方には森を出発したし、本当は昼頃には近くの街に着いている予定だった。それくらい、しっかり者ではあるのだ。


 それだというのに、実際、日が下り始める頃になっても、未だ目の前にはだだっ広い平原しか見えない。決定的に何かがおかしかった。


「ええ……なんだか絶対におかしいんですけど。あの街の商人、もしかしてめちゃくちゃな地図売りつけてきたんじゃないですかね。考えてみれば、すごい怪しい顎髭も生やしてましたし!」


 きっとものすごい悪徳商人だったのかもしれない。自分がただ方向音痴なだけという可能性をはなから切り捨てて彼女はそう考察する。ただ、本当は地図が正しくて彼女が方向音痴なだけなのである。二年間、旅をしてきたというのに。


 その後も独り言をぶつぶつ言いながら、アデルは休憩がてら近くにあった平たい石に座り込む。未だ目的地の街は見えず、周囲には見渡す限りのどかな平原があるだけだった。


 そこで、アデルは暇潰しに地図をぐるぐる回してみたりしていた。そして、やっと自分の過ちに気がついた。


「あれ……? ええっ、方角全然逆なんですけど!」


 アデルの地団駄を踏みながら上げる嘆きの声が、何もないだだっ広い平原に虚しく響いた。


 彼女の身に起きたことを簡潔に説明すると、つまりこうだ。地図の上下を間違えていただけである。


 それから数十分後のこと。流石に今更真後ろの方角に戻って歩いていくのも気が重いと思い、アデルは正しい向きに地図を持ち直すと、おそらく現在地からある程度近いであろう地図に載っている村へ向かうことにした。


 もう日が傾きかけているし、今日はそこで休息を取ってまた明日改めて目的地に向かうことにしよう。そう決めて、一日を無駄にしてしまったことの後悔から立ち直りつつ、彼女は歩を進めていく。


 村には意外にも早く到着した。アデルの見込みでは夕方頃になるかと考えていたが、まだ太陽は地平線より全然上にある。もし、村に商店があったら見て回るのも悪くはないなと考えていた。


 しかし、そんな呑気な考えはすぐに消えていった。


 遠くに見えてきた時から少し不審に思っていたが、村に立ち入ると、アデルはすぐにこの村がどんな状況なのかを察した。


 荒廃している。無事な家もあるし、一応人もいるみたいだから完全な廃村というわけではないだろう。しかし、焼け落ちた民家の屋根や、灰塵が積もる地面、微かに残る焦げの臭いからこの村がとても悲惨な状況に陥っていることはすぐに想像がついた。


「すみません。先程ここへ来たばかりの旅の者なのですが……あの、ここで一体何が起きたんですか?」


 アデルは薄々気づいていながらも、近くを女性が通りすがったので声をかけて尋ねてみる。すると、女性は嫌な顔をして答えた。


「あんたよそ者か。見りゃ大変だってわかるだろう。そんなずけずけと事情を訊いて何になるってんだい」


「ああ、すみません。でも私の見立てが確かなのか知っておきたいんです」


「見立てだって?」


「この村のこの惨状ですけど、もしかしてドラゴンに襲われたんじゃないですか? それも一週間前とか、結構最近ですよね」


 アデルがそう口にすると、女性は先程よりも表情を固くして、灰掃除をしていた手を止めた。


「それは……そうだ」


「やっぱりそうですか」


「でも、それを知って何になるんだ。冷やかしにでも来たってのかい」


 女性は困惑しつつも声を荒げて言ってくる。災難に遭っている最中は心の余裕も無くなるものだ。アデルは特に動揺するでもなく平然とそのわけを説明した。


「いえ、そのドラゴン私が倒そうって思って」


 どこか嬉しそうにアデルはそう語る。一体何を言っているのか。その言葉を聞いた女性は信じられないという思いから驚きと呆れが混じりあい、最終的に口をぽかんと開けて、何も言えなかった。


 それから結局、アデルの「村長さんに会わせてくれませんか? 勝手に倒しに行くのもあれなのでまずは挨拶しとかないとですよね」などという極めて自信満々な発言に気圧されて、女性は渋々案内を務めてくれ、アデルはこの村の村長に会うことができた。


「こんにちは、村長さん」


 半壊した教会を憂いのある顔で見つめているご老体に元気に声をかけると、そのご老体はゆっくりと振り返った。


「おや、何者だね君は」


 杖をついて嗄れた声で尋ねてくる村長に、アデルは意気揚々と答える。


「ふっふっふ、先程ここを訪れたばかりのただの旅の者。……と言いたいところですが、村長さんということなら顔も広いでしょうし、知っているでしょう。私は『疾風迅雷のアデル』です! どうです!? この名に聞き覚えがあるのではないですか!?」


 訊くと村長は眉根を寄せて少し悩むような素振りを見せる。アデルはその間期待しながら回答を待っていた。


 やがて、村長はパッと顔を明るくして答える。


「いやあ、聞いたこともないね」


「きーっ!」


 アデルは思い切り落胆の声を上げて、地面に崩れ落ちた。


「二年間も! それはもう各地を巡り続けて名乗り続けていたというのに! またですか! どうしてどこに行っても通じないんですか! 頑張って考えた二つ名なんですよ! ちょっとくらい噂になっててくださいよ!」


 悔しさのあまり地面を殴りつけてぶつくさと文句を言い続ける。すると、村長は何かを思い出したかのように口を開いた。


「む、待てよ。その姿……もしかしたらワシは君のことを知っているかもしれん」


「えっ! この疾風迅雷のアデルのことを!?」


「いや、そんなもん聞いたことないわい」


 再度地面に倒れ込むアデルを気にもせずに、村長は続きを話す。


「だがね、最近噂の冒険者がいるというのは知っている。なんでも、中央領を巡って行く先々で人助けをしているとか。ちょうど、君と同じで黒い髪に黒いメガネ、黒い外套を着て大きな槍を携えている女の子がいるのだと。もしかして、それが君かね」


「は、はい。そうです! それ私ですよ!」


 アデルは先程の落胆なんかすぐに消え去り、嬉しさのあまり上ずった声で返事をする。名乗った名前は憶えられていなくとも、一応存在くらいは知れ渡っているのかと思うと少しは進展した気がして嬉しかった。


 アデルはある程度の自己紹介を済ませると早速、またドラゴンが村を襲いに来る可能性について村長に述べ始める。近くに巣穴があるとすれば、またいつ襲いに来てもおかしくはない。


 その上で、自分にはしっかりとした実力があるので大船に乗ったつもりでドラゴンの討伐を任せて欲しいこと。


 それから、ドラゴンの巣穴の位置や飛び去った方角を知っていたら教えて欲しいこと。


 報酬は求めないが、もし言った通りに倒すことができたら『疾風迅雷のアデル』の名を広めて欲しいことを村長に伝えた。


 村長は半信半疑ながらもアデルの話を聞き入れ、しばらく考えるような素振りを見せてから杖をついてゆっくりと歩き出す。それでもまだ何かを悩んでいるのか、どこか渋い顔をしていた。


 アデルは不思議になって「あの、どこへ向かうんですか」と訊く。すると村長はちらとも振り返らずに答えた。


「君のこの村を救いたいという誠意は伝わった。それはこちらとしてもとても喜ばしいことだ。歓迎しよう。……だがね、うちの村にはドラゴン以外にも問題がある。君が本当に腕の立つ冒険者ならば『それ』も見ていってはくれんか」


「それに関しては構いませんけど……。でもまずはドラゴンを……というか、ドラゴンの居場所は結局わからない感じなのですか?」


 アデルは村長の横に並んで歩き出しながら尋ねた。すると、村長はいかにも意味ありげにこう答えた。


「ワシは知らないが、今から会いに行くやつは知っておるだろう。ついて来なさい」


 とても、何か裏に秘密がありそうな雰囲気。アデルは、なんだかこれは深い深い裏の事情がありそうだぞ、と疑い始めたが、ひとまずはついて行くことにした。


 杖をついていても村長の歩く速度は意外に早く、数分もした頃には村外れの、まさにドラゴンに荒らされてボロ屋しかないようなところにまで来ていた。


 見渡しても全くひとけがない。この辺りは壊滅していてもう一人もいないのかなと思った。しかしそれはどうやら少し違ったようだった。


「あれ、この子は一体……?」


 既に廃墟となった民家の傍らに、へたり込むように座っている一人の子供がいた。前髪は目元を隠すほど長く、後ろ髪もおそらく腰ほどもある。ほとんど布切れと言ってもいいようなものを着ていて、手足は細くガリガリだった。


 子供はいかにも古めかしい本を読んでいて、こちらの存在には気づいていない。そんな子供を、村長は何も言わずただ黙って見ているだけだった。どういうことだろう。アデルは怪訝に思いながらも声をかけてみることにした。


「こんにちは。あなたはこんなところで何をしているんですか?」


 そう尋ねて初めて、子供はようやっと近づいてきたアデルの存在に気づいたようだった。続いて、怯えたようにビクッと身体を震わせる。それから読んでいた本を抱え込むように丸まって、そっぽを向いてしまった。


「ああっそんな、別に怖がらせるつもりじゃなかったんですよ。ほら、顔をあげてください。私は怖くないですよ。ただの優秀な魔法使いです」


 アデルは優しい口調になるようにかつ、冗談めいた口調で言ってみる。そうすると子供はゆっくりと顔を上げて、アデルの顔をちらと見た。


 そうすると、アデル側からも子供の顔が窺える。前髪で少々隠れてはいるが、その顔は貧相な見た目には似つかわしくないほど整っているように見えた。目はぱっちり大きく、血色が悪いのか青白くはあるが肌も綺麗だ。女の子だろうか。そんなふうに思った。


 アデルは、ゆっくりとその子の頭の上へ手を伸ばす。その姿が酷くかわいそうに見えて優しく撫でてあげたくなったからだ。向こうの方も目に警戒の色は浮かべつつもじっとしていた。しかし頭の上に手が被さる、その時だった。


「や、やめなさいっ!」


 突如、村長がこれまでの嗄れた声とは全く似つかわしくない大声を出す。すると、子供はまたビクつき後退りしてアデルから離れていってしまった。


「うわっ……い、一体どうしたんですか急に」


 アデルももちろん突然のことで驚いていて、何よりその行動の意図がよくわからず困惑してそう尋ねた。村長は地面の上でうずくまっている子供を怖々と見ながら言う。


「『それ』に触ってはいかんぞ。は、はあ、なんと恐ろしい……。旅のお方、『それ』だ。別の問題というのは」


「え? 話が見えません……。つまりどういう……」


 アデルには話の流れに全く見当もつかなかった。この子のどこが問題なのか。ただの可愛らしい女の子だ。それだというのに、どうして鬼気迫る表情で睨んでいるのか、理解しかねた。


 すると、その理由を村長は怯えながらという様子で言った。


「……そいつなのだよ。ドラゴンをこの村に連れてきたのは」

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