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16.リューリエと災難

 幼い少年という姿の割には、凛々しい出で立ちをしている。肩まで伸びる黄髪の横髪は編み込まれており、どことなく艶めかしさがある。それでいて全てを達観したような瞳だが、やはり子供の姿をしている。


 そんな小さな魔人、リューリエは今、暗い夜の森に居た。


 自分の存在が悟られてはいけない。茂みに隠れ、この暗い森の中で完璧に鳴りを潜める。


 リューリエは今、とにかく身体中がぼろぼろで、出血する左腕を押さえつけているところであった。


 あれほど強いとは想定外だった。


 リューリエは恨めしく自分の負った傷を眺めて、七災などというあの忌々しい組織のことを思い返す。人間の隷属化だとか魔神の目覚めだとかを目的に、北方魔神教会が設立した組織であり、リューリエもついこの間まで所属していたところだった。


 階級は七災の四。その地位は幹部クラスであり、とてつもない権威があったと言える。しかし、リューリエはその地位を捨ててここにいた。半ば、裏切りと言われても仕方ない方法を用いて。


「……はあ、治らない傷なんかつけやがって……」


 リューリエは未だ滴る血液を、怯えの混じる瞳で見つめる。痛みなどどうってことなかったが、この自分がこれほどまでに負傷するということ自体に驚きがあった。これらの負傷はどれもこれも、七災の一にやられたもの。


 逃げ切れたのは本当に幸運だった。そう思うくらい、七災の一には化け物じみた力があった。


 ……とはいえ、逃げきれはしたのだ。それに、これからどうしたものかと思案している今この瞬間に、リューリエにはある好機が訪れていた。


 リューリエは木陰の向こうに見える四人の人影を注意深く観察し、悪戯な笑顔を浮かべる。


 冒険者というやつだろうか。魔力が相当練られているメガネ女が一人。他にも男と女がいて、それなりの魔力を秘めている。そしてその中に、魔力が全く感じられない子供が一人。


 不思議なものだ。どうして魔力を感じないのだろうか。魔力を一切持たないなど、生命として破綻していると言ってもいい。だが、事実その子供はそこにいる。その事実が、リューリエにとってはとても魅力的に感じられた。


 リューリエはその子供に目をつけ、機会を窺う。自分の身体とほとんど同じ背丈、そして華奢で無駄な肉のない身軽そうな体型。成り代わるのにはとても良い条件の身体だ。


 あの身体を奪ってやる。リューリエはそう画策した。


 リューリエは危惧しているのだ。


 今はなんとか安全だとしても、七災の一は必ず追手を寄越してくるだろう。そしてその追手が七災の中の誰かである可能性はかなり高い。それが誰であるにしても、とにかくもう争い事になるのはごめんだった。


 ヤツらは俺の姿を知っている。魔力探知は俺の魔能力でどうにでもなるが、この身体はどうにかして捨てなければ。


 そう思って、リューリエは自分の精神体に良く馴染むような最適な依代を探そうと思っていた。そしてその矢先に、運良くこの右も左もわからないような森の中で見つけたのだ。冒険者三人組とあの不思議な子供を。


「ふんっ、変な子供だぜ……」


 リューリエは遠くから観察していて、思わずそう漏らす。寝ぼけた様子の子供はメガネ女に手を引かれてフラフラとした足取りだった。


 あまりにも間抜けすぎないか。リューリエにはあの子供の特別さがわかるからこそ、そこが不思議だった。


 最初は、人間が使う忌々しい偽装魔法かとも思った。魔力を無いように見せかけることのできる偽装魔法。リューリエにとって、見破るのが苦手な唯一の魔法。


 しかし、そんなリューリエであっても、容易に偽装魔法でないと見分けることができた。偽装魔法は極限まで無いように見せかけることができるだけ。実際に体験するのは初めてだったが、見せかけと実際に全く無いのではどうも雰囲気が違うのだ。


 リューリエは悟った。あの子供はきっと特殊な力があるのじゃないか。間抜けそうな顔をしているが、実は内側にはとてつもない能力を秘めているんだろう。


 そう思うと、ますます自分の依代に相応しいと思えた。


「うーん、ミアに身体を洗わせたいし、水汲みもしたいし……けどこんな森の中だと上手く空気の流れが読めないから川を探そうにもって感じなんですよね」


「じゃあ、アデルの魔法で雨降らせたらいいんじゃない? 雨水のシャワー! って感じでさ!」


「なーにが雨水のシャワーよ! 雨水で身体なんか洗えるか!」


 さほど重要でもなさそうな馬鹿らしい会話にも耳を澄まし、リューリエはその動向に目を凝らす。


 冒険者三人の話は、来る途中で川を見かけたじゃないか、という結論に収まったようで、メガネ女が子供の手を引くと移動しだした。


 明るい火の元を離れて、メガネ女と子供は暗い林道の中を歩いていく。


 これは好機だ。リューリエはその後ろを、僅かな音も立てずに追跡していった。


 隠密には長けている。これまでだって、恥も外聞もなく逃げ隠れしてきた姑息な人生だった。しかし、姑息でもいい。いつだって、最後に笑っているのは自分だけなのだから。


「安心してくださいねミア。私、方向感覚にはめっちゃ自信がありますから! えーと、確かこっちです!」


 何言ってんだコイツ。そっちはなんもねえよ……。


 なんて、ついつい声に出しそうになるも、ギリギリこらえる。リューリエは若干イライラしながらも、黙って更なる好機を窺い続けた。


 できれば、今の状況で戦闘になりたくはない。左腕を負傷していてもあんな人間の魔法使いには引けを取らないどころか、勝ち切れる自信はある。しかし、リューリエは何でもかんでも争い殺して奪うような野蛮なたちではないのだ。


 彼はただ静かに待った。油断と隙が現れるのを。


 そして、それはリューリエの前に訪れてくれた。


 子供が大きくあくびをした瞬間があった。メガネ女がほんの一瞬、子供の手を離し周りをキョロキョロと見渡した瞬間があった。


 その瞬間、リューリエは目にも留まらぬスピードで茂みから飛び出す。黄髪をなびかせて、見かけによらぬ剛腕で子供を担ぎ上げると、そのまま颯爽と走り逃げ、遠くの茂みに身を隠した。


「ミ、ミアっ!?」


 驚きの声が数秒の時差の後鳴り響く。気づくのが遅すぎるぜ。 


「ああもうっ、私としたことが! ミア! どこですか!? 返事をしてくださいっ!!!」


 先程の方角から聞こえる女の嘆きの声を聞いて、リューリエは悪戯な笑みを浮かべた。成功したのだ。彼はこみ上げてきそうな笑い声を必死に殺しつつ、子供の首に腕を回し、それから小さく意地悪い声で話した。


「へへ、騒ぐんじゃないぜ。お前が騒ぎ出した瞬間、この首をぽっきりと折ってやる」


 子供は何の反応も見せず静かで、リューリエが言っている間、腕の中でじっとしたままでいた。


 やけに従順だな。少し怪しくもあるが、好都合だと捉えておこう。


 そんなことを思いつつ、リューリエは続けて質問をする。


「なあお前、何か能力を隠してるだろ。その身体、すぐに俺が奪い取ってやる。だがな、その前にどんな能力か話せ」


 そう言ってから、リューリエは返答を少しの間待った。ところが、数秒待っても返答がない。それどころか、考える仕草とかいう反応もない。


 一体どういうことなんだと思って、リューリエは子供の顔を覗き込んだ。そうして、この子供のヘンテコさというのを思い知った。


 こ、こいつ! 寝てやがる!


 こんな状況下であるにも関わらず、子供は小さくいびきをかきながら、なんとリューリエの身体に縋り付き枕のようにしてぐっすり寝ていた。


 えぇ……なんなんだコイツ、意味がわからん……。


 最大限に困惑して、思わずリューリエは言葉を失う。あまりに想定外の事態で、少しの間思考が停止する。しかしなんとか気を取り直すと、子供の肩を揺さぶってやり起こそうとした。


「お、おい、起きろ。起きてくれないと困るんだたのむ」


 しかしそんなことをしても子供は全く起きてくれない。それどころか、むしろ子供のいびきがデカくなってしまい、リューリエの身体にのしかかってくる始末である。


「くそっ、俺の身体の上で寝るなって! 枕じゃないんだぞ!」


 バレる可能性を忘れて大声を出してしまい、再び肩を揺さぶりもした。それなのに子供は起きない。リューリエは思わず鬱々としたため息を吐いた。


 運がいいと思った矢先にいつもこうなるんだ。まったく……。


 少し思案してから面倒くさそうに立ち上がると、リューリエは子供を担ぎ上げ、背中の上におんぶすることにした。


 どうせ、この場ですぐに身体を入れ替えようとするのは手間がかかるし、危険性も高い。どこか遠くの安全な場所に運んでからの方がいいだろう。


 リューリエは子供を背中に乗せた状態で森の中を歩き出す。


「はあ……どうして俺がガキのお守りなんか……」


 そんなようなことをブツブツ言いながら、草を掻き分け木の根を越えて進んでいく。足元が悪い場所では子供がずり落ちないように細心の注意を払い、また、突然起きて抵抗される可能性もあるので、逃げられないよう両足をしっかりと掴んで歩いた。


 それが背中の上での睡眠をより快適にしているとも知らずに。


 しかし、十数分が経った頃だろうか。リューリエの背中の上で、もぞもぞと子供が動き出す。


 やっとかと思いつつ、ちょうど広めの空間に出てきたところだったので、リューリエは子供をそっと木に寄りかかるように座らせた。


 彼女は薄目を開けると、リューリエのことをじっと見つめてきた。それからあたりを見回すように立ち上がろうとして、やっぱりその気力はなかったのか座り直す。


 どうやら、抵抗する意思はないらしい。いや、それかまだ寝ぼけているだけだろうか。とにかく、今のうちに能力のことを聞き出しておかなくては。身体を乗っ取った時に、能力の一つも知らないのでは不便で仕方がない。


 リューリエは子供の前に座って向き合うと、とりあえずさっきと同じような言葉を投げかけた。


「おいお前、あまり騒ぐんじゃないぞ。騒いだら痛い目に遭わせてやるからな」


 先程より無意識に優しい口調になっていることに気づかずに、リューリエは言う。子供は目を何度もぱちぱちさせてリューリエを見ると、今度こそゆっくり立ち上がって、フラフラと歩き出した。


「お、おい、どこに行くんだ。俺の話を聞けって……っていうか、そんな歩き方じゃ危ないだろっ」


 しかし、そんな静止も聞かずに子供は覚束無い足取りで森の中を進んでいく。その足取りというのが妙に危なっかしく見ているだけで不安で、それはこれから殺す予定の相手であるはずなのだがなんとなくヒヤヒヤしてしまった。


「だからあっ! お前、危ないって言ってるだろ! 怪我されたら俺だって困るんだぞ! っておいっ!」


 言ったそばから、子供はその辺の石ころか何かにつまづいて転けそうになる。リューリエはすぐに反応し、子供に駆け寄った。


 このままでは顔面から地面にぶつかってしまう、その瞬間子供を庇うようにして代わりにリューリエが地面に倒れ込んだ。その甲斐あって、なんとか子供は怪我を負わずに済んだ。


 ところが、ここで別の問題が発生してしまった。


「くそっ、いてえっ……お前、危ないってあれほど――

 

 リューリエがクッションになるように庇ったせいで、子供は今、リューリエの上に覆い被さるようにそこに居る。まるで()()()()()()()()()()()()()()――至近距離で子供と目が合ったリューリエは衝撃的すぎて一瞬言葉が出てこなくなった。


「は、早く離れてくれ……上に居られると立ち上がれないだろ」


 言いつつ、リューリエはなんだか恥ずかしくなってきて子供から目を逸らすのだが、逆にあちら側が一点の曇りもない眼で顔を凝視してくるので、変に鼓動が早くなってくる。


 子供は先程のことでようやく目が覚めてきたのかぱっちりと瞼を開き、その瞳でじっとリューリエの顔を凝視していた。それから、その視線が肩へ、そして左腕に移ったかと思うと、子供はそっと負傷している部分に手を触れてきた。


 なんなんだ……こいつ。もしかして――怪我の心配をしてくれているのか? いや、まさか今できた傷だと思っているんじゃ……。


「いや、ち、違うこれは。元々あった傷だから。そう心配しなくていいから、ほ、ほんとに早くどいてくれっ」


 そう言っても、子供はまるで聞く耳を持たない。不安そうな顔で、リューリエの傷を見つめているだけである。そして、その顔があまりにも純粋そうなので、リューリエは赤面し羞恥に悶えた。


 それはあまりにも想定外の事態だった。一瞬一瞬、ちらとうるうる涙を貯めている愛らしい瞳と目が会う度に、リューリエの心臓は早鐘を打つ。身体もどんどん熱くなってくる。


 い、いやいや! どういう事だこれは! な、なんだかわからないが、このままだととてもまずい気がする!


 魔人の中でも指折りの実力を持つリューリエは今、一人の子供を目の前にしてかつてないほど苦戦していた。


 そして、そちらに意識を取られすぎていたから、油断していた。今まで、まともな油断などほとんど一度もしたことがなかった。ただこの時ばかりは、音を立てながら近づいてくる三人の影に声をかけられるまで、気づきもしなかった。


「ミア! よ、よかった! まだ無事そうです!」


「こいつ、この魔力の強さ……また魔人かしら!」


「また魔人!? い、いやでも、森の中だったら僕も全力が出せる!」


 リューリエは瞬時に冷静になり、自分と子供を取り囲むように立つ三人をそれぞれ一瞥した。


 しまった。焦るあまりに、魔力が漏れてしまっていた。


 三対一か。危機的状況だな。


 特に臆面もせずそれを悟ると、リューリエは先程と違い躊躇いもなく強い力で子供を自分の上から押し退けて立ち上がる。それから冷たい瞳でもう一度三人の顔を順番に見て言った。


「このバカガキを勇敢にも救いに来たんだろうが、残念ながらそれは懸命な判断じゃないぜ。死にたくないならその愚かな勇気は捨てるんだな」


「ふん、その子も私たちの大切な仲間です! 見捨てるぐらいなら死んだって構いません!」


 偉そうに啖呵を切るメガネ女を睨む。リューリエは自己犠牲とかいう言葉が反吐が出るほど嫌いだ。それと反対に、これを信条にさえしているような口ぶりが癪に障って、リューリエは嫌悪感でいっぱいになった。


 仲間の為なら命さえ懸けられる。そう言いながら逃げ出すやつを、人間、魔人に問わずリューリエは何度だって見てきた。信じられるのは自分のみ。それだけがリューリエにとっての事実なのだ。


 例えばそれが、七災などであっても。


「仲間ねえ……。お前は自分が誰を前にしてその言葉を発しているかわかっているのか? 俺は元七災の四、魔力喰らいのリューリエ。……まあ、ピンと来なくてもいい。どうせ死ぬだけだしな」


 言いながら、リューリエは制限していた魔力を放出し始めた。森の中に突風が吹いたように感じられ、木々が大きく騒めく。リューリエの瞳が紫色に怪しく光り、その瞬間から戦いが幕開けた。

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