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15.宵闇の森

「おいオルディラット。お前にゃ、少しは慈悲というものがないのかね?」


 蝋燭の火だけが揺らめいて微かに灯る薄暗い広間で、低くどんよりとした、しかしどことなく艶めかしさのある女性声が響いた。それには僅かに怒りが含まれており、オルディラットはにやりと笑う。


「そうかっかするなよレーエン。大体、俺にとっては君が憤慨している理由がわからないね。開口一番に感情をぶつけるなよ。説明から入るのが筋ってもんだろう」


 いつも通りのオルディラットの気取った口調にレーエンは心底うんざりした。広間の中心に置かれた長卓の一番端に座っていたレーエンは、眉間に皺を寄せながらも立ち上がると、薄ぼんやりと光る球体をオルディラットに投げて寄越す。


 球体からは微かに砂が漏れだしており、止まる気配がなかった。


「ウェルナーの魔力反応が二日ほど前に忽然と消えてね。儀礼の教会にあの子の遺霊魂が転送してきていたよ。今渡したのはそれだ」


 オルディラットは言われても、さして興味もなさそうにウェルナーの魂を眺める。未だ中からは砂が漏れだしてきていた。


「それで、何が言いたい」


「ウェルナーはお前に長年仕えた眷属だったろう。それが死んだってことなんだ。それなのに悲しみもせず、挙句に魂をそんな球体に閉じ込めるなんて。薄情というレベルじゃあない」


 レーエンは語気を強くしてオルディラットを睨みつけながら話す。しかし彼は不気味なほどに笑顔から全く表情を崩さなかった。


「ウェルナーはどこで死んだ?」


 オルディラットが訊く。レーエンは小さくため息を吐いて答える。


「トーナ地区、何もないだだっ広い草原地帯だ。……というか、お前がそこへ行くように命令したんじゃないのか。中央領は人間の土地だぞ。ちょっかいをかけるなとあれほど言ったのに……」


「ついに優秀な魔法使いに殺されでもしたか。ふははっ、だとしたら興味深い。ウェルナーもようやく役目を全うしたってわけだ」


 レーエンは右手からいきなり蒼炎を放つ。しかしオルディラットが臆面もなく横に一歩動いてかわしたので、彼女は思わず舌打ちした。


「あんまり私を不快にさせる発言をしないでくれるか。ただでさえ、今はお前を殺したい気分でいっぱいなんだから」


「おぉ、怖い怖い。だが、俺が言ったのは事実なんだけどな」


「魔法使いに殺されるのがウェルナーの役目だったとでも?」


 訊かれると、オルディラットはにやりと笑った。


「いいや、俺は常に強い魔力を持った人間の魔法使いを探している。優秀な魔法使いの魔力はよく練られているからな。その魂を取り込めば俺は更に強くなれる。だからこそウェルナーには、魔力の練られた魔法使いたちを俺の元へ連れてくるよう命じていたのさ」


「それでその魔法使いたちに殺されたのなら、元も子もない。とんでもない愚策だな。あの子が可哀想だ」


「ウェルナーの死は無駄だと言いたいのか?」


 オルディラットは悪戯な笑みを浮かべ、レーエンの顔を窺った。レーエンは返答に詰まり、ムッとしながらも押し黙る。それを見て満足そうにすると、オルディラットは続けて話した。


「少なくとも、ウェルナーを殺せるほどの実力を持つ魔法使いの存在が確認できたのは確かだろう。仇討ちというわけじゃないが、ウェルナーの不始末は俺がちゃんと処理するとも」


 レーエンは彼を見定めるように眺め、少ししてから口を開く。


「まだ魔法使いと決まったわけでもないだろう。どうしてそう思う?」


 尋ねると、オルディラットは特に言い淀んだりせず答えた。


「アイツが生半可な剣やら弓やらに負けるわけがないだろう。元はオスティラ戦争で人間を何百と殺したヤツだからな。負けるとすれば魔法使いだけさ。これは断言できる」


「断言できる、ねぇ……。お前は魔力ばかり盲信している節があるようだ。言っておくが、優れた剣士や弓兵だって当然のように魔人を殺す。あまり魔法使いばかりに執心するのも良くないと思うがね」


 レーエンのご丁寧なアドバイスに、オルディラットは面倒くさそうにため息を吐く。そんなこと、オルディラットだって身をもって知っているのだ。


 特に剣士なんかは。


「そういえば、今はシャングルトンでも魔法使い狩りをしているらしいなあ。何故そこまで危険なことをする?」


 レーエンが突然、思い出したように呟いた。


「まあ、俺が直接出向いているわけでもないからな。魔法使いは俺たちにとって一番の脅威だろう? 数を減らして損は無いと思うが」


「……はあ。自分は安全なところから見下ろして、全て眷属に押し付けるって? お前の部下は実験動物か何かなのか?」


「まあ、少なくとも君よりは有用な使い方をしているさ」


「それはお前にとって眷属が()()でしかないからだろう。私はお前のその腐った性根が嫌いなんだ。……まあ、ある程度は看過しよう。けれどな、そろそろ中央領からは手を引いた方がいい。『氷結巫女』に見つかりでもしたら相当厄介なことになる」


「ははっ、やりたいようにやらせてもらうさ。そろそろ六番目でいるのにも飽きてきた頃なんでね。七災の五の座は俺が貰い受けるぞレーエン」


「ふむ、階級なんぞ気にしているのか。どうでもいいけどねえ。もしも……私がお前のことを気に食わないと思っていなかったら、ここで譲ってやってもよかったくらいだよ。もっとも、私がお前のことを好いている世界線など存在しないだろうがね」


 レーエンはオルディラットを蔑みの目で見つめる。オルディラットは面白くなさそうな表情になると、踵を返し歩き始めた。


「俺もそう思う。それじゃあな、レーエン」


「ふふっ、精々上手くやれよ」


 オルディラットは広間の扉を開け、出ていこうとする。しかし、その寸前のことだった。


 広間が突如、青い光で包み込まれる。レーエンの隣には大きな魔法陣が描かれていた。


「ネウカ……!」


 レーエンが言う。魔法陣からは青髪の少女が現れ、彼女に向かって跪いていた。


「レーエン様、七災の一から緊急の伝言です」


「緊急……一体何があった?」


「……ほう、気になるな。俺もついでに聞かせてもらおうじゃないか」


 オルディラットは扉を開こうとしていた手を止め、レーエンとその眷属の方へ向き直る。「ええ……コイツもいたのですか」とネウカはため息混じりに呟きつつ、報告を始めた。


「七災の四、魔力喰らいのリューリエが本日夕方頃、結束の誓いを捨てて行方をくらましました。レーエン様にはその捜索を願いたいと」


「リューリエが……? まさか、それはリューリエが裏切ったということか?」


「ふははっ、誓いを捨てたんだ。完全な裏切りだろう。ヤツは魔人全員を裏切ったも同然さ」


 レーエンは横槍を入れてくるオルディラットを目で制すと、続けて訊く。


「完全に行方がわからないのか? 魔力反応は?」


「反応はあります。ただ、位置は大まかにしか……。その、中央領北部というのだけで……」


 それを聞くと、レーエンはまた軽く舌打ちをして頭を抱えた。ネウカは心配そうに視線を向ける。


「その、リューリエ様の脱退は完全に無断だったらしくて……ご本人も、追われる身になるのはわかっていたと思うんです。だから、なるべく手を出しにくい中央領に逃げたのだと……」


「全く、どいつもこいつも! どうして単独で中央領に喧嘩を売るようなことをする!」


 喚くレーエンの姿を見て、オルディラットは一笑いすると、もう一度扉に手をかけて言った。


「こりゃ、大変な仕事を回されたな。精々上手くやれよっ」


 含みのある言い方をしてオルディラットは扉を開いた。しかし、最後にレーエンが一言尋ねた。


「待て。ウェルナーの遺霊魂をどうするつもりだ?」


 手に持っている球体を見ながら彼女は言う。


「……有効活用させてもらうさ」


 そう言ってレーエンの返事を待たずに、オルディラットは広間を出た。


 広間の外には長い廊下が伸びており、途中に座り込んでいる少女が居る。


 オルディラットが近づいていくと、彼女は立ち上がって俯いていた顔を上げる。期待の眼差しを彼に向け、それから、少女はためらいがちに声を出した。


「お疲れ様です。オルディラット様……」


 オルディラットは興味が無さそうに短く返事をする。少女には尋ねたいことがあった。だというのにこの人を前にすると気が引けてしまう。しかし、少女はそれでも意を決して言葉を吐いた。


「あ、あの、オルディラット様! ウェルナーさんは――


「ウェルナーは死んだ。それよりメドウ、すぐにシャングルトンに戻るぞ」


「えっ……? そ、そんな……」


 メドウの瞳が色褪せて絶望が浮かぶ。オルディラットはそれをわかっていながら、とくに気にかけることもなく通り過ぎ、一言だけ尋ねた。


「なんだ? 何か言いたいことでも?」


「あの………………いえ、なんでもありません。シャングルトンに、戻るのですよね」


 全く本心を推し殺せていない声でメドウは言う。オルディラットは満足そうに笑みを浮かべてから、遺霊魂をメドウに持たせた。


「それはウェルナーの魂だ。アイツは人間の魔法使いに殺された。シャングルトンに近い場所だ。もし、それらしき姿を見つけたら、これを使って復讐しに行け」


 メドウはウェルナーの遺霊魂を大事そうに抱えて、じっと漏れ出ている砂を見つめている。


 殺された……。ウェルナーさんが?


 ……なんで? ねえ、ウェルナーさん。一人ぼっちにしないって言ったじゃない。すぐに戻ってくるって言ったじゃない。


 どうして……こんな。


 オルディラットは内心で酷く笑っていた。復讐心こそが一番の闘争心になると彼は信じていた。メドウへのせめてもの慰めでもなんでもない。


 これは、ただの布石である。そして、ただの嗜虐心から生まれた結果である。


 オルディラットはメドウを呼んで、長い廊下を歩き出した。


 


     ☆


 


「あーもう疲れた! 休む!」


「メルフィーは体力が無いですねー! ぷぷぷ!」


「逆にアデルはバカみたいに体力あるわよね。脳みそが筋肉でできてんのか、って思う時あるし」


「えへへ、それほどでもないですよ!」


「いや、褒めてないわよ……」


「くふふっ」


 三人のおかしな会話にミアが思わず笑った。


 ミアはアデルと手を繋ぎながら、とてとて歩く。いまのところ、メルフィーとリリアに近づこうとはしない。しかし、段々と慣れてきてはいるようだった。


 四人は、日が暮れ既に真っ暗になった宵闇の森を、リリアが出した小さな浮かぶ火球の明かりを頼りにして進んでいる。


 街道もない木の乱立した森の中を当然馬車では走っていけないので徒歩なわけだが、これがメルフィーには堪えたのだった。


「まあでもそうですね。流石にあたりも暗すぎますし、そろそろあのへんで野宿の準備でもしますか!」


 アデルはそう言って、先の方に見える少しだけ広い空間になっている所を指差す。


 少し歩いてそこへ辿り着くと、メルフィーは地面から飛び出した太い木の根にどっかりと座り、苦しそうに息を吐いた。


「はあ、そもそもアデルがおかしいよ。魔法使いのくせになんでそんなに運動神経がいいのやら……。魔法使いは運動が不得意って相場が決まってるんだよ」


「それにしたってあんたはふにゃふにゃすぎでしょうが」


 そう言ってからリリアは腕を掴んできて、からかい半分で「うわっ、ほっそいわねー」とかやってくるので、メルフィーはムカッとして言い返す。


「なんだよ。別にそれはリリアの腕が太いだけなんじゃ――


「は?」


「ごめんなさい」


 リリアの、鬼の形相に一瞬で撃沈したメルフィーを見て笑い声を上げつつ、アデルは話した。

 

「運動ができるとは言っても、ぶっちゃけ、私は小さい頃から運動しなければいけない環境に居ましたからね。運動ができるのはそのおかげかもです」


「運動しなきゃいけない環境って何さ?」


「いやあ、私の故郷のクラウデ村って場所は山奥の辺境にある凄いつまんない場所だったんです。隔絶された村っていうか。だから、食事を調達するために毎日のように狩りに出るというのが風習みたいなものだったんですよね」


 アデルはふと思いついたように魔槍を取り出して構えてみる。使い慣れたその武器は、一番彼女の性に合っていた。


「狩りに出るのは基本大人の男の人たちばかりでしたけど、小さな村で人手もあまり多くはなかったから、父親に連れられて幼い私も槍を持ってよく狩りに参加してました。今思えば、それがきっかけだったと思います」


 アデルは懐かしさに思いを馳せるようにそう語った。しかし、リリアには今の話の中で気にかかることがあった。


「槍って、別にアデルぐらいになれば小さい頃から魔法使えたでしょ? わざわざ槍を使わなくたって……」


 そう訊くと、アデルはなんだか露骨に嬉しそうな顔をする。よくぞ訊いてくれましたとでも言うみたいに頬を緩ませて、彼女は話し始めた。


「ふっふっふ、もちろん私は稀代の天才でしたからね! これ、私でも不思議なんですが、私が産まれるまでクラウデの村人には魔法を使える者が一人もいなかったんです。そこに私爆誕!」


 よほど、そのことを誇りに思っているのだろう。アデルは大きく身振り手振りしながら大袈裟に感じる口調で語る。 


「ですから、私も最初は狩りで魔法使ってたんですけどねぇ。でも、同行してた大人たちがそりゃもう大人気なく、魔法使うのはずるいとか良くないとかって文句言うんですよ! で、そんなに言うなら同じ土俵に立ってやるよ! って意地張ってたんです!」


 その話を聞き終えると、メルフィーとリリアは顔を見合せて笑った。


「アデル、昔から変わらなすぎでしょ」


「ほんとよね。負けず嫌いすぎよ」


 そんなふうに束の間の談笑を楽しんだあと、アデルが言った。


「さてと、そろそろ火を起こしましょう。それとミア、まだ眠っちゃだめですよ。このまま眠ったら風邪をひいちゃいます」


 彼女は地面に座り込んで、既にうとうとしていたミアに優しく声をかける。ミアはふにゃふにゃした表情ながらも薄く目を開けて頑張って起きようとしていた。


 その姿はとても愛らしく、このまま寝かせてあげたいくらいだったし、実際メルフィーは「もう寝かせてあげない?」とか言うくらいだった。


「だからだめなんですって。夜ご飯もまだ食べてないですし、身体も洗わないと」


 アデルはミアの手を握って立たせる。ミアは相当寝ぼけていた。しかし相変わらずの可愛らしい姿にアデルもメルフィーもリリアも癒されていた。


 だからこそ、気がついていなかった。近くで自分たちを見ている存在がいることに。寝ぼけたミアが、それを探知できないということに。


『それ』は近くの木陰から慎重に四人の姿を観察していた。

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