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14.砂の魔人3

「面白いか……。そうだな、面白くなってきたじゃねえか……!」


 言い終わると同時に、魔人はアデルめがけて走っていく。アデルは睨むように目を細め、魔槍をぎゅっと握った。


「ア、アデルっ!」


「リリア、離れててください! 【乱雷(クラウディ・ド)雲っ!(ゥハージュ!)】」


 アデルが詠唱すると槍先から噴出し、その場を中心として上空に大きく雷雲(かみなりぐも)が形作られていく。その直下ではしとしと雨が降り始め、アデルと馬車と地面とを濡らし始めていた。


 魔人は瞬時に警戒した。この雲はきっと、自分を近づかせないための何かに違いない。そうは思った。しかし、足を止める気などさらさら無かった。


 魔人は意を決して雲の下へ入り込む。直後、上空でゴロゴロと音が鳴り始めた。


 雲ということはやはり、そういうことか……? 魔人はほとんど勘でその場から飛び退く。


 閃光が魔人の場所に落ちたのはそれから数刻後のことだった。そして、それに続いて雷鳴が轟いた。


「魔人さん、この雲の下では私が認可したもの以外の動くもの全てに雷が落ちるようになっています。あなたはどのように、これを出し抜いて馬車まで辿り着きますか?」


 アデルは挑戦的な視線を送る。しかしそれはどこか、期待を込めているようでもあった。


 当然、魔人は数秒動かなかった。動けば雷が落ちてくる。しかし、動かなければ負けを認めたようなものだろう。


 魔人は少し考えてから動き出し、二、三発の雷をなんとか避けると、砂の中へ潜った。


「まあ、そうしますよね……!」


 アデルは少し嬉しそうに呟く。このことは予想の範囲内である。


 地面の中にいる以上は、雷が落ちてくることもない。そういうふうに魔人が考えるであろうことは想定済みだった。


 そしてその通り、地面に潜られてしまえばこの落雷に意味はなかった。


 アデルは荷車の傍に立ってまた風を読む。雨などが相まって少し精度は落ちるが、それでも大体の魔人の居場所は掴めた。


 この戦いは完全に、魔人が飛び出してきた瞬間が勝負どころである。アデルは集中した。


 魔人は旋回して()らしたり、また逃げるようなこともしなかった。


 こちらへただ一直線に近づいてきている。


 もうすぐ飛び出してくる。


 アデルは槍を地面に向け、そして遂に飛び出てくるという瞬間、風魔法を放った。


 しかし、それは何故か防がれてしまった。


 続けて魔人に反応し、上空から無数の雷が落ちてくる。しかし、明らかに直撃しているというのに、全く効果が無いようだった。


「ほう! 工夫すればそんな使い方もできたのですね!」 


 アデルはまさかそんなことをされるとは思わず、驚き感心の声を上げる。


 魔人は身体中に砂を纏った姿で現れていた。まさに、砂の鎧といった見た目である。


「……くくく、どうだ! テメェのこのクソッタレな攻撃は無効化してやったぜ……!」


 魔人が身体に纏った砂は見事に風魔法や落雷を受け流していた。


 いける! これなら! コイツに一撃だけでも与えられる!


 魔人はアデルのすぐ目の前にいた。しかも、アデルは先程既に魔法を放った後だった。


 すぐに次の詠唱をして魔法を放つ猶予など無いし、この距離で攻撃をすれば回避はできない。そう思い、魔人は大きく鉤爪を振り上げた。その時だった。


「ふっふっふ、無効化? できてませんよ。そもそも、私の狙いは雷を当てることなんかじゃないんですから。そうですよねっ! メルフィー!」


 アデルが呼びかけた瞬間、魔人の知らない男の詠唱が聞こえてくる。誰だ!? 一体、この声は!?


 魔人が反応することのできる隙は一切なかった。荷車の中から顔を覗かせた男は一瞬で詠唱を終えてしまった。


「【この場に(アルブ・)ふさわしき植(ディニ・)物よ、姿を現せ(グランディール!)!】」


「な、なんだとっ!? 一体……ぐぉっ……!!!」


 地面から突き上げるように、まさに砂漠にふさわしい植物、サボテンが生えてくる。


 アデルの狙いは最初からこれだった。雷はブラフのようなもの。本当の狙いは、()()()()()()()()()()()()()()。つまり、雨だったのだ。


 そうしてメルフィーの魔法によって生えたサボテンは、普通の見た目とは程遠かった。考えうる限りの凶悪さを施し尽くしたかのような見た目をしていた。


 棘は太く鋭く、それが剣山のように魔人を貫く勢いで地面から生えたのだ。


 そして魔人にはいくつかのサボテンが突き刺さり、もう動くこともできない状態にされていた。


「さ、三人目っ、だとぉっ!? ……ど、どういうことだっ……!」


 魔人は息も絶え絶えにアデルに訊いた。


 おかしい、荷車の中には子供がいたはずなのだ。中から感じる魔力は一人分しか無かったし、もう一人の人間がいるなどということがあっていいはずがなかった。しかし今、目の前にいる男から感じる魔力は荷車の中にいたものと同じものである。


 子供は一体どこに消えやがった? もしや元から子供なんていなかったなんてことは――いいや、そんなわけはねえ。だが子供はいるとして、どうして魔力を感じない? どうして――――い、いや、今はそんなことはどうでもいい。


「ナイスタイミング、メルフィー!」


「はぁ、緊張したあ……」


 目の前で、二人の少年少女が平気で会話をしている。魔人は悔しさでいっぱいになった。


 最後まで諦めたくない。どうにか一矢報いてやりたい。あの子供のことなど、今ではどうでもよくなっていた。


「……おい、まだ俺は死んでねえぞ……。勝った気になるのは、相手を殺してからにしやがれ……」


 掠れてきた声で言いながら、魔人は最後の力を振り絞る。


「うわわっ! なんだこれ!?」


 メルフィーは困惑し間抜けな声をあげてそれに応じた。


「う、動けない! 身体がどんどん沈んでいくぅっ!」


 そう叫んだメルフィーの身体は膝のあたりまで砂の中に沈み込んでいっている。そして、それはアデルも同様だった。


 しかもそれだけでは収まらない。アデルの魔槍もメルフィーの杖も、どちらも吸い込まれるように砂の中に沈んでいく。メルフィーはほとんど泣きそうになりながら砂を掻きわけたが、新たに砂が出てくるばかりで特に意味がなかった。


 これでいい。一撃与えられなくてもいい。少しでも、相手を焦らせたという事実が欲しい。魔人が今思っているのは、ただそれだけなのだ。


 それだというのに、アデルは少しの動揺も抵抗もしていなかった。面白そうに魔人を見つめるだけだった。


「なるほど、流砂というやつですね。身動きを取れなくし、魔法を放つための触媒も奪ってしまう。……これがもし私一人だけだったら、随分と対処に手こずったでしょうけど」


 そう言っているあいだにも、アデルとメルフィーの身体は砂の中へどんどんと沈み込んでいっている。それなのに、焦りの様子は少しも見せてくれない。


「ちょっ、アデル! 何でそんな冷静なの!? あーっ、ブーツの中に砂が入ってる感じがする! 助けてぇっ!」


「……くくく、一人だけ、か」


 メルフィーは未だ喚き続けているが、アデルは冷静なままだ。どうして、そう余裕そうでいられるのか、魔人も薄々悟りつつあった。


「さてと、勘違い野郎。こっち向きなさいよ」


 横からぶっきらぼうな声がした。意を決して、身体もほとんど動かないなか、魔人は声の聞こえた方に首を向ける。そこにいたリリアは弓に矢をつがえ、まさに狙いを定めている最中だった。


「あんたは勘違い野郎よ。今から私の本当の一番自信のある技をくらわせてあげるわ」


 今、魔人にあるのは後悔のみである。今まで、人間に負けてきたことなどなかった。だから驕っていた。今更になって、自分のことを振り返りそう思う。


 くそっ……どうしてこんなところでっ! 俺にはまだやることがあるってのに!


 報われないような、やるせないような想いが胸中に広がる。諦め、後悔、絶望、なんて情けない。


 しかし、そんなことを思っている最中、アデルが声をかけてきた。


「ふふっ、魔人さん。かっこいいじゃあないですか」


 彼女は諭すように優しく語る。


「私はね、今までも何度か魔人と戦ったことがあるんですけど」


 魔人はアデルを強く睨む。どうせ自分のことを貶すのだろう。そう思ったからだ。しかし、そうではないようだった。


「ソイツらと比べたら、あなたは珍しいタイプですよ」


「ふん……どうしてだ。急に……馬車を襲ったのにか……?」


「そうですね。確かに不意打ちはされましたけど。でもあなた、不利な状況になっても諦めたり逃げずに、最後まで戦ったじゃないですか。だから、あなたにもあなたなりの流儀と誇りがあるんだなって」


 アデルは魔人への敵意をもちろん崩していない。ただ、それでいながら魔人を安心させるような口調で語っていた。


「まあ、今までの魔人が逃げようとしたり騙そうとしてきたり仲間を売ろうとしてきたり、散々だったことからのギャップもありますけどね」


 頭のおかしいヤツに当たってしまったなと心底思う。それでも、そんなことを言われると自分が敗北したことにようやく納得できた気がした。


「へへっ……そうかよ。……俺の、負けだな。おいお前、せめて……一発で仕留めてくれよ。これ以上痛いのは……勘弁するぜ」


 魔人は苦しみに耐えながらリリアの方を向いて言った。彼女は弓を構えているその立ち姿から微動だにせず返事をした。


「言われなくても、一発で消し飛ばしてやるわよ」


「くくく……それはありがたい」


 魔人は天を仰ぐ。その瞬間、リリアは詠唱と共に矢を放った。


「【炎射矢(ラグナ・アロー)】」


 放たれた矢は爆炎を放ちながら魔人の脳天めがけて飛んでいく。そして数秒の後、魔人は灰となって消えていった。


 主人を失った砂漠は霞のように薄れていく。三人は少しのあいだ無言でその様子を見ていた。しばらくして、足元は緑豊かな草原に戻っていった。


「いやあ二人とも、よくやりました! まさかこれほどとは思いませんでしたよ! こりゃ先が楽しみですね!」


 アデルは明るくそう言い二人の顔を見る。しかし、メルフィーはどことなく暗い顔をしていた。


「ねえアデル、こういうのって初めてだけどさ……その、魔人に対して罪悪感が湧くのっておかしいのかな……」


 メルフィーは心配に思ってアデルに訊く。すると、アデルはあまり表情も変えずに答えた。


「いやあ、おかしくないですよ。そこらの動物と違って、魔人は人間と同じように話すし、人間と同じくらい感情豊かです。そりゃ、少しくらい心も痛みますとも」


 アデルは地面に転がっているミアを抱えあげつつ続きを言う。


「でも、信心深いあなたならわかるでしょう。人間と魔人が分かり合うのは難しいって。人間がグリリモーアを信仰するのと同じように、魔人はユラヴィを創造主として崇めています。たったそれだけのことで私たちは敵同士なんです」


 メルフィーはアデルの断固とした口調に気圧されて俯く。確かに、そんなことは当たり前に知っていた。だからこそだった。


「……メルフィー、これからの旅でもきっと、魔人と相対することは多々ありますよ。魔人と仲良くできるなら、私だって是非ともそうしたい。……でも、今のところそんなことは実現不可能です。心優しいのは良いことですが、絶対に躊躇はしないように。……いらぬ心配かもしれませんけど」


 いらぬ心配とは言うが、アデルの心配は大体昔から当たることが多い。言われて、メルフィーは押し黙るが、リリアはそんな彼がアホらしく思えてきてついつい大声で笑ってしまった。


「ぷははっ! 何その顔! 何をそんな心配してるのよ! 敬虔な信徒のくせに魔人に情でも移ったのかしら!」


「ちょっ、わ、笑うなよ! 聖典にも書いてあるんだぞ!


『魔人、魔物の魂は混沌世界の大悪魔によって不浄を施されたものであり、本来我ら人間の友であり、救うべき魂として扱うことが救世の道である』


……悪い魔人を退治しなきゃいけないのはわかるけど、可哀想に思う気持ちくらいあってもいいじゃないか」


 メルフィーがムッとして言い返すと、リリアは更に面白そうに笑う。

 

「ふふっ……まあ、それは確かにそうかもねっ。でも、アデルは置いておいて、救世がどうとか、あんたも大概野心が強いんじゃないの。それぐらい強い気持ちがあるなら不安に思わなくてもきっと大丈夫よ」


 リリアは諭すように言う。すると、アデルがそれに同調するように口を開いた。


「救世とは大きく出ましたねメルフィー! 普段は口だけ達者な弱気男なのにそんな一面があったとは!」


「それは言葉の綾というかなんというか……っていうかええっ!? 僕の今までの評価酷くない!?」


「そうですねぇ、じゃあこの機会にメルフィーの二つ名を考えましょう!」


「はっ、なんで!?」


「そりゃあもちろん、世界を救う英雄にはかっこいい二つ名がついているのが道理ですからね。うーむ、さっきあなたがそらんじた聖典の内容から抜き出して『混沌世界の救世魔導師メルフィー』なんてどうでしょう?」


 メルフィーは声に出さずに、苦虫を噛み潰したような顔をする。言葉を介さずともその様子からしてあまりにも嫌なのだろうことは伝わった。


 しかし、リリアが小馬鹿にするように「いいじゃないそれ! 混沌世界の救世魔導師様としてこいつの顔が歴史の教科書に載ったら面白すぎるでしょ!」とか言うので、二対一で可決の流れになってしまう。


 だが、メルフィーはすかさずここで言葉を差し込んだ。


「い、いやいや! 僕だけ名乗るっていうのは不平等すぎるって! ほ、ほら、格差ができちゃうっていうかさ? アデルだって、それは嫌だろ?」


「うーん、私は既に疾風迅雷のアデルを名乗っていますからねえ」


「そうじゃなくて、リリアだよリリア!」


 メルフィーがそう言うと、先程まで楽しそうだった様子が一変、リリアの顔が一瞬で曇る。しかし、そんなことは意に介さずに目を輝かせると、アデルは早速唸って考え始めた。


「ちょっ、ちょっと待ってよ! 私は別にいいって! ほ、ほら、私って結構目立たない方が好きなタイプっていうか? 歴史の表舞台には立たず、知る人ぞ知る暗躍した人物になりたいっていうか……」


「うーむ、意外に思いつきませんね。まあ、シャングルトンまでの道のりはまだ長いです。道すがら考えてあげますよっ」


 ワクワクしながらそう言うアデルに、リリアはため息を吐くことしかできなくなる。


 この子、私の話聞いてないじゃない!


 そんなくだらない会話をしながら、三人は砂漠だった草原をあとにしていく。


 アデルは草むらを歩きながら。密かに思った。この旅路はきっと長いものになるのだろう。そして、楽しくなっていくだろうな。希望ではなく、なんとなく彼女にはそんな予感がしていた。

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