12.砂の魔人
「三人とも、無事ですか!」
アデルはゆっくり立ち上がって外の様子を確認しながら言う。荷車の天井だった部分は半壊しており、少しだけ砂がなだれ込んできていた。
どうしてこんなことに? 目の前に広がる砂漠を見渡しながらアデルは考える。
「わ、私は無事よ……」
「ぼ、僕もだ……。はぁ、一体何が……って、ちょっ痛い! リリア、それ僕の手踏んでるから!」
二人の声が聞こえてきて安堵しつつも、アデルは庇ったはずのミアが近くに見当たらないことに気づく。どこへ行ったのだろうと見回すと、リリアの傍に身体の下半分が埋まった状態でいる姿を見つけた。
「ね、ねえ、アデル! ミアちゃんが起きないわ!」
リリアがミアの身体を揺すぶりながら言う。ミアは目を開けることはなくただその場でぐったりとしていた。
「本当ですか!? ま、まさか――
「心配しなくても大丈夫だよ。怪我はない。それに、息もしてるし血も巡ってるよ。一応掘り出して回復はしておくけど……多分ビックリしすぎて気絶しちゃっただけじゃないかな」
メルフィーのその言葉にアデルは少し安心する。しかし、だからといってそれで一件落着という状況ではなかった。
アデルは気を取り直して荷車の外に出ると、指先を舐め風が吹いてきているかどうかを確かめる。腕を天に伸ばし人差し指で微かな風を感じた。これなら、居場所がわかる。
「ね、ねえアデル。一体さっきのはなんだったの。それに、どうして急にこんな場所に……」
「恐らく『何か』が襲ってきたんです」
アデルは確信めいた口調でリリアに言った。
アデルには確信があったのだ。自分たちは『何か』に目をつけられ攻撃された。それがどうしてかはわからないが、ともかく今、とても危険な状況に陥っているのは確かである。
「襲ってきた……って、魔物とかってこと……?」
「わかりません。ですが、さっき馬車が破壊される前、強力な魔力を近くに感じたんです。その魔力の持ち主が私たちを襲ったのでしょう。そして今は、仕留め損ねた獲物への追撃のチャンスを見計らっているといったところでしょうか」
アデルは不安そうな顔をする二人を見る。
「リリア、弓を持って。メルフィーも杖を構えて。……安心してください。今まで習ってきたことをここで生かしましょう」
「そ、そんなこと言われても! 大体リリアはまだしも僕、こんなところじゃ魔法なんて使えないし――
「静かに。少し集中させてください」
アデルは感覚を研ぎ澄ませ、風を読んだ。微かに感じる風の調べから、『何か』が未だに近くに潜んでいることがわかる。
「近づいてきていますね……」
「近づいて……って。ど、どこにもそんな姿見えないけど……」
「メルフィー、静かにしてって言われたでしょっ」
その『何か』は動いている。どんどんとこちらへ近づいてきている。しかし、未だその姿が見えないのは何故か。それに、動いているにも関わらず、風に対する干渉が極端に少ない。それも何故か。
アデルは即座に結論を出すと、魔槍を構え叫ぶように言った。
「地面の下だ! もうすぐ飛び出してきますっ!」
ほとんどアデルが言った直後に、砂の下から突然その『何か』は出てくる。それはアデルに飛びかかってくるが、間一髪、槍の柄で弾き返した。
骨すら穿ちそうなほどの鋭い爪と鋭い牙に、腕には魚のヒレのようなものが付属している。一見魔物のような見た目だが、それは人型だった。
「……けっ、なんだよっ。不意打ちだったのによお。テメェ、しぶといじゃねえか」
それから発される低い男声を聞いて、リリアは驚き声を上げる。
「ま、魔物が喋った!?」
「魔物じゃありません! こいつは魔人です!」
アデルは言いつつ、目の前の魔人を睨みつけた。
魔人も邪悪なオーラを纏い、アデルを見据えている。しかし、その顔は緊張などしておらずニヤついていていかにも余裕ありげだった。
こちらのことを舐めている。自分の方が強いと高を括っているのだ。アデルは身体中がゾクゾクし武者震いするのを感じた。
「あなた、どうして私たちを襲ってきたんですか」
アデルは魔人に問う。彼は半笑いでその問いに答えた。
「おいおい、人ん家に勝手に入ってこられたらそりゃ怒るだろうがよー。ここは俺の縄張りだぜ」
「あなたの縄張り? 無断で占拠してるだけじゃないですか。ここは中央領トーナ地区と言って、人間が有する人間の土地ですよ。許可なく人の土地に勝手に家を建てる無法者の主張は聞けませんね」
強い語気で反論しながらも、アデルは楽しそうに笑みを浮かべる。
すると、煽りともとれるその言葉に憤ったのか、魔人は血相を変えた。そして、殺気立つのとほぼ同時に、突然アデルの方へ飛びかかってくる。
振り下ろされた爪をギリギリでかわす。直後、今度は牙の方で噛みつかれそうになりバックステップで避けると、逆に魔法の詠唱を始めた。
「【閃電っ!】」
瞬時に魔人の方へ素早い雷光が迸る。しかしそれは、地面から盛り出てきた砂の壁によっていとも簡単に受け流された。
砂が意志を持ったように動き、魔人を守ったのだ。
今のじゃ、素早さが足りなかったか。出の速い魔法といえど槍を構えるまでの予備動作が長かった。そのせいで魔法を打つと察されてしまったようだ。
アデルは頭の中で直前の行動を反省しつつ、魔人に訊く。
「砂を操る魔能力ですか。面白いですね。一瞬で壁のようなものを作るとは」
面白いタイプの魔人だ、とアデルは思った。
魔人というのはあまり魔法を使うことがない。魔法を使わずとも、身を守る術があるからだ。
通常、魔人というのは人間が扱う魔法とは違う『魔能力』という固有の体質を持っている。魔能力は基本的に魔力を利用するが、魔法と違い魔力を消費はしない。また、魔法は一定以上強力なものを発現させたい場合、魔力を練るために詠唱する必要があるものの、魔能力にはその必要もない。
自身の魔力を特定の物質や現象等に変換して扱う。魔能力は魔人の生まれつき持った『体質』として存在するのだ。
今回の魔人の場合は砂を出せる体質ということであり、また今足元にある砂から地平線の彼方まで続くように見える砂まで全部、この魔人から溢れ出した魔力そのものだということになる。
それなら、雷魔法がたかが砂に防がれたことにも説明がつく。あの砂が魔力でできた砂だからだ。
魔力同士が衝突した場合、軟弱な方はより強固に練られた方の魔力に吸収、発散されるようになっている。
さっきの雷魔法は、威力ではなく素早さに重点を置いていた。だから、砂の壁を貫通できなかったのだ。というのは理由の半分。
もう半分の理由は、単純にこの魔人の魔力がちょっとやそっとの魔法では突破できないほど練られているからだ。
「面白いだって? ……はっは、じゃあその身で体感してみなっ!」
魔人の目の前の砂が突如として盛り上がり、砂波となって、轟々と擦れる音を立てながらアデルの方へ向かった。砂波はアデルの身長よりも高く、このまま生き埋めにでもしようとしているかのようである。
恐らく、強めの風魔法なら散らせるはず。アデルはそんなことを考えていたが、実際に行動に移す必要はないようだった。
「【土の壁】」
砂波が突然硬質化し、アデルの元へ辿り着く前にぴたりとその動きを止めた。土に変化したのだ。
アデルがちらとリリアの方を見ると、得意げな顔をしているのが目に映る。砂を土に変えたのは、リリアの土魔法だったのだ。
アデルはそれからすぐに魔人の姿を窺った。その周囲には土に変化した硬い壁が乱立して現れており、彼を囲いこんでいた。
「やった! 上手くいったわ!」
「ナイスですリリア!」
アデルはリリアの参戦に心を踊らせつつ、さっそく風魔法の詠唱を準備する。このチャンスを逃すまい。今度こそは高出力で壁ごと貫通させてやる。
そんなふうに思っていたが、そう簡単にはいかないようだった。土に変化したはずの壁たちはボロボロと崩れ落ちやがて砂に戻っていく。
「ええっ!? な、なんでよ……!」
リリアが落胆の声をあげると同時に、魔人の笑い声が聞こえてきた。
「……くくく。ここの砂は全部、俺の魔力も同然だぜ? それを勝手にいじくり回せるわけねえだろっ」
「うーむ、まあ、そう一筋縄ではいきませんか……」
魔人は何事も無かったかのように壁を崩して砂煙の中から出てくると、面白そうにアデルとリリアを見た。そして、考えた。
この二人、特にあの槍を持った女は相当魔力が練られている。真面目に二対一なんかしていたら、まあ面倒くせえだろうな。
だが、俺の目的はこいつらと戦って勝つことじゃあねえ。
魔人は二人よりも奥の方を見据えた。
奥には半壊した馬車がある。魔人の位置からすると中の様子は見えなかったが、襲う前、窓に子供が見えていて今もそこにいるのはわかっていた。
中からは一人分の人間の魔力も感じる。つまり、あの魔力は子供のものだろう。
絶対に中にあの子供はいるはずだが……こいつら、子供を匿っているな? 女二人で必死な顔をして……くくく、やはりあの子供には何かあるに違いねえ。
魔人の目的はミアだった。馬車が自身の縄張りに入ってきた時、独特な匂いがした。まるで、こちらを呼んでいるような不思議な香り。だから魔人は馬車を襲ったのだ。
目の前の女二人からその独特な匂いはしない。なら、あの匂いは窓から見えた子供に違いないというのが、魔人の考えだった。
「おい、テメェらそこに子供を匿っているんだろう? さっきから、すげえ珍しい血の匂いがするぜ。嗅いだことねえ。何か特別な血筋の子供かぁ?」
「子供? 何のことでしょうか。私たちは女二人旅ですよ」
そんなふうに騙りつつ、アデルは内心でこの状況に少し驚いていた。
もしかしてこの魔人、ミアが目的なのだろうか。一体どうして?
尋ねてみたい気持ちでいっぱいだったが、そんなことを訊いてしまったら、自分から子供がいると白状するも同然である。アデルは湧き上がってきた疑問をなんとか飲み込んだ。
「隠すな。くくく、わかっているんだよ。そこにいるんだろ。……なあ、提案だぜ。テメェらは殺さないことにしてやる。その代わり、子供を引き渡せ」
「例え居たとして、あなたみたいな野郎に引き渡すわけないじゃないですか」
アデルは即刻拒否すると、直後に雷魔法を放つ。それに応戦するようにリリアも地面から土の棘を生やした。
雷は砂壁で、土の棘は形成された瞬間から崩れ落ちていく。
魔人はそれらを全ていなすと、リリアに向かって飛びかかろうとする。それはほとんど一瞬の素早い動きで、リリアは痛手を負ってしまうかのように思われた。
しかし、ギリギリのところでアデルの槍先が二者の間に割り込み、魔人の首元を掠める。
馬鹿な!
魔人はその場から退いてアデルのことを見据えた。
なんなんだ今のは、俺を凌駕するほどの速さだったぞ……! くそっ、コイツ……随分と近接戦闘に手慣れてやがる!
魔人はアデルと数秒間睨み合った。こいつは油断ならない。そう思い、リリアが放ってくる闇雲な土魔法をかわすと、砂の中へ飛び込んだ。
一旦距離を置かなければ。それが魔人の考えである。このまま接近戦で戦っても埒が明かないはずだ。
そうして、魔人は地上から忽然と姿を消した。
「えっ、一体どこに……ってまさか砂の中を泳いでる!?」
「ええ、そのようですね。リリア、どうやら魔人は私たちではなくミアが狙いです。馬車の傍から離れないようにしましょう。それと――
アデルはいつまた魔人が飛び出してきてもいいように警戒しつつ、荷車の中を覗き込む。
そこには、掘り出したミアを抱き抱えた状態で情けなくぶるぶる震えながらうずくまっているメルフィーがいた。
「いや、メルフィー。さらっとサボるの辞めてください」
「サ、サボってないってぇ!!!」
弁明の言葉を吐くも、それが全く意味を成さないほど声が震えているし動揺している。
魔人がいる時はビビっていたのか全く姿を現さなかったくせに、一時的に姿を消したと知るとここぞとばかりにメルフィーは嘆き叫び散らした。アデルは呆れつつも、確かに彼の言いたいことはわかっていた。
「言ったじゃん! 僕こんな場所じゃ魔法なんて使えないんだよ! こんな栄養も何も無い不毛の砂漠にされちゃあ、根なんか生やせないし、木魔法のほとんどが使い物にならなくなる! あーあ、残念ながら今回は活躍できないなあっ……!」
メルフィーは、悲しみなのか安心なのかよくわからない態度で言う。しかしアデルはそんなメルフィーの肩を叩くと、ほとんど宣言するように言った。
「大丈夫、メルフィーも活躍はできます。ただし、タイミングが重要です」
アデルはメルフィーに自分の考えをいくつか話し、再びポンポンとメルフィーの肩を叩くと外の警戒を始めた。
魔人はしばらくの間、全く現れなかった。アデルが風を読むと、遠くの方をぐるぐると旋回し続けているのがわかる。あちらもずっと、タイミングを窺っているのだ。
油断ならない。あちらだってさっきみたいにまた単なる不意打ちをしようとしているわけじゃあないはず。アデルは時にリリアと目配せしつつ、警戒態勢を崩さなかった。
そして魔人はついにきた。いや、正確に言うと先程よりも強大な砂波とともにやってきた。砂波は全方位から馬車とアデルたちを包囲している。しかも、それだけではない。砂波は荒れ狂う津波のように凶暴さを増していた。
アデルには一目でわかった。これは自分一人では対処できないレベルの攻撃である。
もちろん、風魔法で今見えている砂波を全て散らすことは造作もないだろう。しかし、散らせど散らせど復活する無尽蔵な砂量で押し切られ、こちらが魔力切れになることが目に見えている。そんなことでは埒が明かない。
「どうだっ! これは防げねぇだろ!」
魔人は誇らしそうに言いながら、なんと優雅にも砂波の上で波乗りならぬ砂乗りをしている。
アデルの顔に少しだけ焦りの色が浮かんだ。それは、自分の力ではどうにもできないという結論に達したからだった。




