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11.旅立ち

 聖都内の宿屋で一日を過ごし、その翌朝のこと。四人は郊外の野原まで出て、今まさに旅立ちのための最終準備をしていた。


「【馬車よ、現れよ(アルブ・チャリオット)】」


 道路のど真ん中でメルフィーが声高に唱える。すると、突然地面から根が生え、それが徐々に馬車の形を形成していった。あまりの精度にアデルとリリアは感心したように声を上げ、ミアは驚いてアデルの外套の裾に隠れた。


「すごい! 馬車が出てくる魔法なんて見たことがないですよ!」


「そりゃあそうだよ。僕が創り出した創作魔法だからね」


「へえ……! 後ろの荷車はまだわかるとして、この馬は一体どういう仕組みで出してるんですか?」


 アデルは興味津々といった様子で馬に触れる。その馬は本物の生き物のように動いているが、見た目からして明らかに木でできており、動く木馬だった。


 最初は怯えていたミアも、ゆっくりと近づき馬の木目をそっと撫でてみる。しかし毛が生えておらずツルツルしているので変な感じがして、やっぱりすぐに逃げた。


「教えないよ。この魔法は魔法論理試験首席の僕だけの特権さ。それに、感覚で魔法を使ってるアデルには教えても理解できなさそうだし」


「なにおう! 確かに魔法論理の成績では負けていたかもしれませんが、理解さえしようと思えば多分できます!」


 ムッとして頬を膨らませながら言うアデルに、リリアは呆れ笑いをしつつ諭す。


「はいはいアデル、そんなムキにならなくていいのよ。要はあんたが天才肌すぎるって話なんだから。ってか大体あんた木属性使えないでしょ……」


「っかぁーっ! ふっふっふ、なるほど! つまりこれは天候しか操れぬ天才故の悩みということなのですね? いやー辛いなぁー!」


「ねえリリア。やっぱアデルを褒めるのってやめた方がいいと思うんだよね」


「そうね、不覚だったわ……」


「えぇっ! なんで重大なことをやらかしたみたいな空気なんですか! もっとこれからも褒めてくださいよ! 褒められただけ伸びますよ!」


 三人組が仲良く騒いでいるのを尻目に、ミアは荷車に乗り込むとまたのんびり読書を始める。その姿に気づいたリリアは、未だワーワー言っているアデルに耳打ちするように言った。


「……ねえアデル、結局あの子旅に連れていくの? 聖都だったら色々と充実した孤児院だってあるけど……」


 言われてアデルは少し悩む。確かにそういう選択肢だってあるのかもしれない。身寄りのない彼女を大切に育ててくれそうな場所もあるにはある。


 しかしアデルの決意は既に固まっていた。


「連れていきますよ。勝手な理由で村から連れ出してきたのに、また勝手に孤児院に入れて、はいさようなら、なんてそんな無責任なことをしたくはありません。……まあ実を言うと、そんな道理とか関係なく私が旅に連れていきたいだけなんですけどね」


 小さな村で他の人々に忌避されながら暮らしてきたミア。そのミアを、広い世界に連れて行ってあげたい。思わずぎゃふんと言ってしまうくらい驚かせてやりたい。


 それがアデルの思惑で、勝手なことだとはわかっていても悪いことだとは思わなかった。


「さてと、馬車の準備はできた……けど、アデル。行き先はどうするんだい?」


「おっ、それ聞いちゃいます?」


 メルフィーに訊かれ、アデルは先程とは一転、ウキウキした様子で鞄から地図を取り出す。広げられた地図をメルフィーもリリアも見て、更にミアも興味を持った様子で馬車から降りてくると覗き込んだ。


「これは、中央領の地図よね。最初はやっぱり中央領巡りになるのかしら」


「いいえ。まあ、確かに私も元々はそうするつもりでした。でも実は昨日、図書館でグレイス館長と出会いましてね」


 アデルは昨日、グレイスに言われたあることを思い返す。


『アデル、もしこれから行く先が決まっていないようなら一つ頼み事をしてもいいですか。教え子への頼みではなく、冒険者への依頼として』


 そう言われたことを、アデルは嬉々として二人に話した。


「まあ、館長の願いとあらばアデルが断るわけはないものね」


「そうそう、アデルってめちゃくちゃグレイス館長のこと好きだから」


「好きっていうか、尊敬してるんです! そんなことよりですよ!」

 

 茶化してくる二人をいなしつつ、アデルは感慨深い思いになりながら地図の上端のある都市を指差した。


「中央領の北側に位置する、城塞都市シャングルトン。ここがひとまず私たちの目的地です」


「うーん、見たところそれなりに近くではあるようだけど……僕は行ったことないなあ。リリアは?」


「私もないわ。でも確か、大規模な魔人集団との戦争につい最近勝利したとかで話題になってなかったかしら? まあ、それくらいしか知らないけど……」


「それ、私もそれは知ってます。でも実は私も行ったことないんですよね」


 アデルがそう言うと、二人は地図から顔を上げて驚きの声を上げた。


「「行ったことないの!?」」


「え、ええ。二年間中央領の各地を巡っていたとはいえ、それでも一人でしたし徒歩が多かったですし限度がありますし……。……いやいや! でも、そう不安な顔をしないでくださいよ! 初めての場所に行くということはそれだけ新しい経験があるし楽しい旅になります!」


 フォローするようにアデルが慌てふためいた様子で言うので、メルフィーとリリアは思わず吹き出す。


「もうなんかさぁ、アデルって生粋の冒険者って感じするよ」


「ええと、そうでしょうか?」


「行ったこともない場所に何の憂いもなく純度百パーでワクワクできる人間なんてそうそういないわよ」


 アデルはてっきり、皆そんなものだと思っていた。自分の知らない場所の風土や文化を知れること、そこに住む人々と会話を交わすこと、時には自分の予期していなかった危険に出会うこと。それがアデルの思う旅の醍醐味だ。不安に思うのもわかるが、行くのを躊躇するほどではない。アデルは少しだけ困惑してしまった。


 メルフィーとリリアはそんなふうに本当に困惑している様子のアデルを見てひとしきり笑ったあとに、馬車に乗り込んでいく。


「まあでも、アデルの言う通りかもしれない。僕らも一緒に旅する以上、楽しんでいかないとね」


 メルフィーは面白そうにそう言った。


 ミアもアデルの背後から駆けていき、馬車に乗り込む。一人外に立つアデルは、急に初心に戻ったような感覚だった。


 考えているうちに思い出してくる。初めて旅立ったあの日の高揚感、けれど同時にあった大きな不安。


 そうだ、自分だって最初は不安だったんだ。アデルはそれを思い出し、今回の新たな旅立ちにも不思議と不安を感じている自分がいることに気がついた。


 けれど、それは本当に不安と形容してよいのかわからない。心地いい不安だった。包み込んでくれるような不安だった。


 アデルは馬車への入り口へ一歩踏み出すと言う。


「行きましょうか。この四人で新たな旅に」



       ☆



 昼頃になった。荷車は箱型の小さな部屋のようになっており、四人はその中で座りながら雑談をしている。


 馬車は魔法による自動操縦で順調に進んでおり、そのスピードはかなりのもので、別に景色はさほど変わらないのにミアはずっと面白そうに外を眺めていた。


「そういえばさ、館長は具体的にどんな内容の依頼をしてきたの?」


 メルフィーが尋ねると、リリアも同調しアデルに注目する。アデルは「そういえば話してませんでしたね」と言って説明をし始めた。


「シャングルトンが魔人との戦争に勝った話はしてましたよね。でも、終結したばかりだというのにまた新たな問題が発生したらしくて」


「ふむふむ、それはなんなのかしら」


「それがですね、魔法使いが次々と何者かによって狩られているらしいんです。一般の魔法使いからシャングルトン直属の魔導師団まで見境なく殺されているらしいとか」


 メルフィーもリリアも数秒無言になる。先に口を開いたのはメルフィーで、一瞬のうちに額から滝汗が流れているようにさえ見えるほど焦っていた。


「い、いやいやいや! ちょっと待って! んーとだね、一応確認だけど、僕たちって――


「三人とも魔法使いですよねっ!」


 何故かワクワクした様子で答えるアデルにメルフィーは危うく卒倒しそうになる。これはまずいとすぐに精神安定魔法を唱えはじめるが、何故か特に効果がなかった。


「それじゃあ僕たち、下手したら殺されちゃうってことじゃん!? 最後まで聞いてないけどその魔法使いを殺し回ってる『何者か』を突き止めろって話でしょ! むりむりむり! なんで館長はそんなこと僕たちに依頼してきたんだよ!」


「まあまあ、それだけ信頼されていると考えましょう。元々、シャングルトンの領主様から優秀な冒険者はいないかと相談はされていたらしくて、中々紹介できずにいたところに現れた私たちが選ばれたんですよ」


「えぇ……でもさあ……」


「ねえ、ちょっと待って。なにも魔法使いだからって殺されることは無いかもしれないわよ」


 リリアは何かに閃いたようにハッとした顔をして言う。それを訊いたメルフィーは、期待の眼差しで息を呑んだ。


「私たちは確かに三人とも魔法使いだけど、そもそもその『何者か』はどうやって相手が魔法使いだって断定してると思う?」


「そりゃあ見た目とかじゃないですかね。白昼堂々通り魔的に()られた人もいたらしいですし」


「おいおい、見た感じ魔法使いだったら無差別に殺すってこと?」


「多分そうなんじゃないかしら。でもそれって、逆に言えば魔法使いっぽい見た目じゃなければいいのよ」


「なんだとっ! リリア! 君は天才か!」


 と、言いながらメルフィーは自分の姿を見る。彼はぶかぶかのローブに杖を携えていて、分厚い魔導書が鞄の隙間から見えていた。いかにも魔法使いという容貌だった。


 次に、他二人の姿も見る。


「例えば、私は弓を持っているからパッと見弓使いに見えるじゃない?」


 リリアが言った。


「そうですね。それに私が携えているのは魔槍ですけど、そうだと知らなければ私も槍使いに見えるかも」


 アデルが言った。


「ふむ、となると――


 今度は逆に二人の方がメルフィーの姿をじろりと見る。気まずい雰囲気が流れた。


 やがて、アデルは顔を伏せて手を合わせながら言った。


「さようなら、メルフィー。死体はしっかりと木の下に埋めますよ……」


「いやっ! なんで死ぬ前提なわけ!!!」


 メルフィーはほとんど泣きそうな顔になりながら叫ぶ。それから震える手つきで首にかけていた神像のネックレスを取り出した。


「ふ、ふん! こうなったらやけだ! そもそも、敬虔な信徒である僕こそ助かるに決まってるさ! 女神様、僕を哀れみの目で見るこの者たちに裁きをっ!」


 そういえば、メルフィーは窮地に陥ったらとりあえず神頼みするようなやつだった。アデルは思い出しながら、そんな行動をし始める彼に対して更に哀れみの目を強める。


 そんなおかしな状況だけれども、ある意味ではとても平和な時間で、アデルは内心、こうしているのがとても楽しかった。


 これはまだ旅の始まり。これから皆でもっと沢山の経験をしていけるのだ。そう思って、胸が高鳴っていた。


 


 ――次の瞬間までは。



 

「おや、どうしたんですか?」


 騒ぎまくるメルフィーを宥めている最中、突然ミアが腕をぐいぐいと引っ張ってくる。身振り手振りでとにかく焦りを伝えてくるミアに、アデルは怪訝な顔になった。


 一体なんなのだろう。ミアは外の様子に指をさす。アデルはなんだか嫌な予感がしながら外の景色を眺めた。


「えっ……一体なんなんですかこれ……」


 地面が一面砂になっている。地平線までずっと砂が続いている。


 さっきまで緑豊かな平原だったのに、急に外が砂漠と化している。


 瞬間、アデルは馬車の外を動く大きな魔力を感知した。この馬車のスピードに追いついて並走している大きな魔力を。


「三人とも、伏せてくださいっ!」


 言いながら、アデルはミアに覆いかぶさった。


「早くッ!」


 メルフィーとリリアも戸惑いながらその場に伏せる。それとほぼ同時だった。


 馬車は強い衝撃を受けて横転する。身体を強く打ち付けながらも意識を保っていたアデルは聞いた。砂たちが騒めくような奇妙な音を。 

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