10.逃避行
「え、嫌だよ」
アデルの言葉に対してメルフィーの口をついて出た言葉はそれだった。
「いやっ、なんでですか!」
思わず突っ込むとメルフィーは最初と同じように少し怯えた顔をする。
「だってさ、リリアを無理やり旅に連れていくのって、つまり貴族の権力に対抗するってことだろう。もし僕たちが旅に連れていこうとしたやつらだとわかったら一体どんな責め苦を受けさせられるかわからないじゃないか! 僕はそんなのは嫌だね!」
「はあ?」
アデルは彼に最初に話しかけた時の台詞を思い出して、呆れながら尋ねた。
「もしかして、それが理由であんなに怯えていたと?」
「そうだけど」
先程、まるで仲間を売るときのような言い方だなと思っていたけれど実際にそうだったらしい。
自分だけなんとか逃げ切れたというようなみたいな口ぶりで言っていたけれど、本当は自分だけ先に逃げてきたの間違いじゃないか!
むかっ腹の立ったアデルは眼光を鋭く光らせると、メルフィーに対して高く右手の拳を振り上げる。
「このっ! 裏切りクズ野郎っ!」
さて……突然だが、メルフィーは昔からとても回復魔法の扱いに長けていた。軽い傷なら一瞬で治癒できるし、大怪我でも十数秒の猶予でもあれば完治できるくらいの凄腕だった。
だから、このあとアデルに散々こてんぱんにされたものの、なんとか命に別状はなかった。
「はあ……とにかく助けに行きますよ。三人集まらないと旅が始まらないでしょう」
「……えぇ。……まぁ、うん。そうだね」
そんなわけで、アデルとちょっとまだ嫌そうなメルフィー、それとあまり状況を理解していなさそうなミアは、店を出て裏路地をこっそり見ることのできる位置に移動した。
「でもさ、助けるって言ったってどうやってあの状況から連れ出すのさ」
メルフィーは小声で言い、未だ掴み合いをしているリリアたちの方を指さす。アデルはそれに対し控えめににこりと笑った。
「任せてください。作戦はありますから」
アデルはそう言うと、背中の魔槍を取り出してリリアたちの方へ向けた。
そうしている間にもリリアは相変わらず、メイドと言い合いをしている。掴まれた腕をなんとか振りほどいたかと思えば、逆の腕を掴まれたり、髪の毛の引っ張り合いになったり、しまいには押し合い圧し合いになったりと、もはや乱闘状態である。
そんな殺伐とした空間に突如、青空のように澄んだ声が響いた。
「【濃雲霧】」
「うわわっ、こ、これは一体!? お嬢様、大丈夫ですか!」
狭い路地が雲霧に満たされる。視界が遮られ、メイドは焦った様子でリリアに呼びかけるが、リリア本人は瞬間に勘づいていた。
あの声は、そしてこの魔法は。ああ、アデルが来てくれたんだ。
「リリア、こっち!」
「うわっ、メルフィー!? あ、あんたどこ行ってたのよ!」
「そんなこと今はいいから! 走って!」
突然現れたメルフィーに手を掴まれてリリアは走り出す。背後で「ああっ! 逃げましたね! このぉっ!」という声が聞こえたが、後ろは振り返らないようにした。
急いで走り、角を曲がると陰に隠れていたアデルと合流する。
「雲を煙幕みたいに使うなんて、さっすが天候使い!」
メルフィーが歓声を上げると、アデルは誇らしそうにメガネをクイッと上げる。
「アデル! どうしてここに――
「説明は後ですよ、リリア!」
嬉しさのあまり思わず上ずった声で言うリリアを遮って、アデルはそう言う。直後、後ろから物凄い勢いの足音がこちらへ向かってくるのがわかった。
「うわっ、まだ追ってくるわ!」
「逃げましょう! こっちへ!」
アデルを先導として、四人は狭い路地を駆けた。正直、リリアにしてみれば、突然二年来の友人と再会するわ、かと思えば逃走劇が始まるわで頭の中が大混乱である。
しかもそれに加えて、途中でミアがつまづいて転けそうになったのでとりあえず慌てて抱え、それから「なっ、だれこの子!?」と知らない子供だったので困惑して尋ねてみるが、二人は何も答えてくれない。
そしてミア自身もびっくり顔をしたままで何も発さないので、突然始まった逃走劇の最中、知らん子供を抱きかかえているという状態になり、もはや頭がパンクしそうだった。
「【光の矢】」
背後でメイドがそう唱えると、金色に煌めいた矢がリリアの身体の横スレスレを通っていく。
「ちょおっ!? ア、アスラ! 当たったらどうするつもり!?」
リリアは振り返ってそう言うが、メイドはそれでもとめどなく、背後から金色に煌めいた矢を放ってきた。
「今すぐ止まってくれればやめますよ! 当たるのが嫌なら降参してください!」
「いやいや、いくらなんでもリリアのとこのメイド破天荒すぎるでしょ……」
そのあまりの強引さにメルフィーは恐れおののくように言った。そしてもちろん、その間も矢は続々と飛んできていて、メルフィーの頭の上を掠めたりアデルの外套の裾を掠めたりした。
「うわあっ、この外套高いのにぃっ! ……はっ! あ、あれを見てくださいメルフィー! ツタですよ! そこの角を曲がった瞬間成長させれば障害物になるかも!」
アデルは奥の突き当たりの壁から垂れ下がるツタを指差して叫ぶ。言われて、メルフィーは慌てて杖を取り出すと返事をした。
「わ、わかった! 任せてっ! 【成長せよっ!】」
路地の角を曲がる瞬間、メルフィーはそう唱える。四人がその場を通り過ぎたあと、魔法をかけられたツタはうにょうにょと意思を持ったように動き始めた。
「なっ、小癪な真似をっ!」
メイドはそれを確認してできるだけ全速力で走る。しかしそれよりも早いスピードで壁から垂れていたツタは急成長を始め、やがてまるで太い蜘蛛の巣みたいになると、狭い通路を塞いでメイドの行く先を妨げた。
「っくぅっ! 間に合わなかった! 待ちなさいあなたたちっ!」
ツタ越しに聞こえてくる嘆きを聞き流しつつ、メルフィーは歓喜の声を上げる。
「よしっ、上手くいった! しばらく引っかかって動けないはず!」
「でもたぶん、すぐにまた追ってくるわ……。今のうちに突き放さないとっ」
「……ええ、そういきたいところでしたがっ! ……どうやら私たち、辿り着く場所を間違えたようですっ」
アデルは突然立ち止まると、困惑しているメルフィーとリリアに息切れしながらそう告げる。
「ま、間違えたってどういうことさ!」
「前をちゃんと見てください」
アデルは前方を指さした。メルフィーは驚きに声を上げ、リリアはため息をついた。
正面にも、右にも左にも、もう路地がない。どう見ても、そこは行き止まりだったのだ。
「ど、どうする? 今更引き返せないわよ……」
「思いつかないけど……なんとかするんです。なんとか……」
アデルは懸命に考えた。この窮地から脱する方法を。なんとか、この逃避行を敢行する方法を。
「【光鎌】」
一方その頃、メイドは魔法でツタを切り裂きなんとか進路を確保して、また四人を追い始めていた。四人と同じ方に角を曲がり走る。そして、辿り着いた先に困惑した。
「観念してください。もう逃げられませんよ! って、ええ! 行き止まりなのに誰もいない!?」
そこは確かに行き止まりだった。でも、誰もいない。どこにも逃げる場所はないように思える。しかし、あの四人は確かにここにはいないのだ。
わけがわからず立ち往生していると、上の方から突然声をかけられた。
「おーいアスラ、こっちよこっち!」
「えっ、う、上!? お嬢様、どうやってそんなところに!?」
行き止まりだと思っていた壁の上にリリアが立っており見下ろしてきている。メイドはそこでようやく気がついた。目の前の壁の見た目が左右の壁とは明らかに違うことに。
最初は焦っていて気がついていなかった。左右のレンガ質の壁とは違って、前方の壁はよく見ればただの土だ。ただ、まるで地下からスッパリと切り出して盛り上げたかのような綺麗な断面だった。
「ふふん、私の土魔法よ。どう? 登って来れないでしょ」
「くぅーっ! 降りてきてくださいお嬢様! でないと私の給料がっ……じゃなくてっ! 旦那様が悲しみますよ!」
「心配しなくてもアスラ、あとでお父様に給料は下げないであげてって手紙を送っておくわ」
「え? ま、まあそれなら……って違う! 帰ってきてください!」
「それじゃあねー」
「あー、ちょっと!」
リリアはその悲嘆の叫びを無視して、建物の屋根に上る。へりには既に三人が座っており、遠くの地平線に沈みつつある夕陽を眺めていた。
リリアもアデルの横に座って、近くの川に反射して写る夕陽の煌めきを眺めながら話す。
「ありがと、アデル。私だけじゃ咄嗟にあれを思いつかなかったわ」
「ふっふっふ、やっぱり私天才ですからねっ」
「その鼻につく言動さえしなければ、素直に認めてあげられるんだけど」
ムカついたように言いながらも、リリアは少し笑ってしまう。そして、二年経っても変わらない彼女の言動に懐かしさを覚えた。
「……まあでも、ありがとう」
「ふふっ、いいんですよ。リリアがいないと旅が始まりませんから」
二人はお互いの顔を見合って、友愛のハグをする。抱き合うと二人とも自然と潤んできて、身体を離した時にそんな状況がおかしくなって笑い合った。
少ししてアデルは言った。
「さてと、あのメイドさんが再び追ってこないうちに遠くに行きましょうか」
その口調はとても希望に満ち溢れていた。
……が、その流れを遮るようにメルフィーが口を開いた。
「ねえ、その前に一つ聞きたいんだけどさ……この子誰?」
メルフィーは少し離れたところに座るミアを指さして言う。ミアはアデルが最初出会った時と同じように分厚くて古めかしい本を読んでいて、あくまでこちらに気づいていないスタンスのようだったが、チラチラと怯えたようにメルフィーとリリアの顔を窺っていて、今度は全く読書に集中していないことは明らかだった。
「私も気になってたけど、アデルの知り合い?」
「ああ、その子はミアと言いましてね、一週間前くらいにある村から連れ出してきたんですよ」
「はっ?」
アデルの説明を聞くと、リリアは途端に冷え切った目をして拳をぎゅっと握った。
「……ふうん? まさかあんた、その子のこと誘拐してきた、とかじゃないわよね? ね?」
「ちっ、違う違う! 断じて違いますからっ! っていうか、私そんなことするふうに見えるんですか!」
「……見えないけど。っていうかあんたなら子供の親に、この私が連れていきますよ、ってしつこいくらい誇示してから連れていきそう」
言われようはともかく、リリアが拳を下ろしたので少しほっとする。そして、昼前までのあのボロを着た格好のままだったらマジでヤバかったなとアデルは思った。奴隷商を回避したと思ったら誘拐犯と勘違いされてしまったが、それでも奴隷商よりいくらかはマシである。
「ねえ、なんか僕この子に嫌われてるのかな……。近づこうとしたら離れていくんだけど」
メルフィーがゆっくりにじり寄っていくと、ミアは本を見つつ横にスライドして逃げていく。
「ええっ! 何その動き!」
「あははっ、いや多分メルフィーから邪悪なオーラが出てるのよ」
「ふふっ、そういえばメルフィー、リリアのこと見捨てようとしてましたもんね?」
「げっ、それは別に言わなくても!」
メルフィーがその後どんな目に遭ったかは言うまでもない。彼は、回復魔法が得意で本当に良かった、と一悶着が終わってから思った。
とにかくそんなこんなで、二年ぶりに三人組は集結した。二年前思い描いた想像ではなく、現実としてだ。
これからどんなことが待っているのか、そんなことを思いながら、それぞれが心の中に歓びと希望を灯していた。
ここまでお読みいただき有難うございます。
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