プロローグ
蒸し暑い夏、蝉の声が響くグラウンドに、照りつける太陽が二人の影を長く伸ばしていた。空にはまだ夏の雲が残り、青空に漂っている。こちらのシートノックが終わり、相手のシートノックが始まった頃、幼馴染の海斗が言った。
「ここまで長かったな」
海斗の口から漏れたその言葉は、緊張した空気を和らげるものではなかった。実際には、彼の内心はその逆だった。全国大会、甲子園という大舞台に立つという夢を追い続けてきた彼には、まだ漠然とした不安が残っていた。しかし、瑤佑の存在が、その不安を少し和らげていた。
瑤佑は、海斗を見つめていた。彼の眼差しには、深い信頼と期待が込められている。二人は幼い頃から一緒に野球をしてきた。苦楽を共にし、数えきれないほどの練習を重ねてきたその相棒の目に、海斗は自分が今どれだけ強くなっているのかを確かめるように感じた。
「○○○○」
相手のシートノックが終わる頃、瑤佑が一言、静かに囁く。その言葉は、彼らにとっては言葉以上の意味を持っていた。長年の付き合いで培われた、無言のコミュニケーション。海斗はその言葉に頷きながらグラウンドに集まり、試合前挨拶をした。彼らの間には、言葉では表現しきれない深い絆があった。
海斗はマウンドに立ち、しっかりと土の感触を感じ取るように踏みしめた。甲子園のグラウンドは、見慣れた練習場とは違って、広大でどこか神聖な雰囲気が漂っていた。
「これからだ。」
海斗の言葉が、グラウンドにこだました。瑤佑の心にも、その言葉が深く響いた。幼少期からの夢が、今この瞬間に結実しようとしている。彼の目には、これまでの練習の日々、苦しい時期、そして成功を収めた瞬間が、鮮明に映し出されていた。それらの思い出が、今の彼を支えているのだと感じていた。
しかし、心の奥底にはどうしても拭いきれない不安が残っていた。全国大会という大舞台、たくさんの観客、そしてプレッシャー。それらが重くのしかかり、海斗の胸に熱い思いとともに、冷たい不安も押し寄せていた。
「大丈夫だ。」
瑤佑の力強い声が、その不安を払拭していくように感じた。瑤佑の言葉には、彼自身の努力と信頼が込められていた。それは海斗にとって、何よりの支えだった。瑤佑とともに過ごしてきた時間、共に努力し、共に戦ってきた日々が、今の彼を支えていた。
夏の太陽が再びグラウンドを照らし、海斗はマウンドに立った。汗が額を流れ、ユニフォームが肌に張り付いているのを感じる。体中に感じる熱さ、そして緊張感。これから投げる一球一球が、彼のこれまでの努力をかけた瞬間となる。
「あと一つ」
海斗は目を閉じ、静かに呟いた。心の中で、これまでの努力や思い出、投げるボールに、今までのすべてを注ぎ込みたいという強い思いがあった。
彼の手に握られたボールが、やがて空を切る瞬間を待ちながら、海斗は深呼吸を繰り返した。彼の目には、仲間たちの顔、家族の顔、そして何よりも瑤佑の姿が浮かんでいた。これまでの全てを賭けて、彼は一歩踏み出す決意を固めた。
「いける、俺たちはここまで来たんだ。」
海斗の心の中で、その言葉が繰り返された。彼はその言葉に、自分自身を信じる力を見出し、マウンド気持ちを落ち着かした。試合の始まりを告げるサイレンが鳴り、彼の最後の夏の舞台が始まろうとしていた。