映画の主題歌なのにカラオケだとPVが差し替えられているのおかしいですよね?
「だってこの映画、興業収入が十億円を突破したんですよ。まぁまぁヒットしてますよ。それなのにPVが謎の工場で追いかけっこする二人組なんて絶対間違ってますって。そもそも恋愛映画なんですよ!?」
工場跡地のような廃屋でジーパン男が黒服に追いかけまわされている。
そんなプロモーションビデオにエルフさんが怒り狂っている。
エルフに惚れ込んで耳をエルフ耳に美容整形しなすった気合いの入った金髪女子大生だ。
「だからって同じ曲を続けて二曲も入れなくてもいいじゃん。なんで俺の曲をキャンセルするのさ」
そんなキマッてる女子大生にも気負わずオークさんがクレームをいれる。
オークさんは嫌なことがあったら泣き寝入りなんかしない果断な人である。
いつも豚のマスクを被っている一本木の通った不審者だ。
SNSを通じて知り合った人に素顔を見られることが嫌なのだそうだ。
オークさんは回りに顔を見られなくても僕たちは周囲から奇異な目で見られるのに。
それは気にならないらしい。
オフ会には参加してもらいたくない人種である。
「いやね。さっき歌っていてね。頭がカァッとなったんですよ。軽んじられているな、って。恋愛系の汎用PVならともかく。なんでスパイ風っ! これもう陰謀ですよ。闇の権力者が日本人を削減するために少子化を進めようとして恋愛要素を弾圧しているんですよ。真のスリーS政策です。スクリーン、スポーツ、サクゲン。これに決まっています!?」
ヒートアップしてきたな。
やっぱり実生活を捨てた人、耳をエルフにしてファンタジーに旅だった人であるから言っていることがブッ飛んでるな。
「いやいや恋愛映画を公開できるならそんな陰謀行われていませんよ。たまたまですって、たまたま」
そしてそんな弾けたに乗らないつまらない社会人である僕。
彼らからはフツウさんと呼ばれている。
普通で結構である。
奴らのように頭のネジが外れた人間とは違うのだ。
そもそもファンタジーを語るグループにファンタジーの彼岸に渡ってしまった本物さんが来るんじゃないよ。
皆、どっか行ってしまったじゃないか。
まぁ、彼らのことは嫌いではないけれど。
「そうそう、そんなもんだって」
オークさんが便乗した。
こういうところは普通である。
「えぇ、そんなことないですよ。陰謀云々は置いておいてですね。なんにも考えないでPV入れるとしたら、とりあえず恋愛モノのPV入れますって。好きだの愛してるだの言ってるんですよ。カラオケのPVについては詳しくないですけども。」
諦めが悪いエルフだよ。
本当に。
でも確かに言ってることに一理あるか。
「じゃあ、このPVもスパイものって訳じゃなくて恋愛モノなんじゃない、知らんけど。ほら最近はボーイズラブのPVもあるみたいだし」
「いやいやボーイズラブならスパイものみたいに撮らないでしょう。異性愛モノみたいに撮りますよ」
「なら仕事が忙しくてよく考えずにPVつけただけじゃないですかね」
「うーん、かなぁ」
落ち着いてくれたみたいだ。
今日は一曲目からエルフさんがスイッチ入っちゃったけど。
ようやく僕も歌えそうだ。
こやつらといるときはアニメソングなんかも歌えたりして、案外楽しみにしているのだ。
普段カラオケに来るときはあんまり歌えないし。
自分はオタクなんかじゃなくて普通の社会人だから。
「じゃっ、次は俺ね」
まぁ、僕の番はオークさんの次だけれど。
オークさん、いつも洋楽の長い曲を選ぶんだよな。
はぁ、まだ待ちか。
いったんドリンクを入れに行こうかな。
「自分、ドリンク入れにいくんですけど。なんかみなさんもどうですか。なにか要りませんか」
やっぱりよく気が利くなぁ、僕は。
自画自賛しちゃうよ。
「わたしはコーラお願いします」
エルフなのにコーラ。
そこはキャラクターイメージを守らないのか。
「俺はウーロン茶で。炭酸飲むと喉がベトベトするし」
「オークなのにお茶って。ずいぶん健康志向ですね」
あんたが言うんかい。
「了解っす」
まぁいいや。
ドリンクバーに向かおう。
ドアを少し押す。
ドタドタドタドタ。
ドタドタドタドタ。
「えっ」
部屋の、ドアの前でPVに出てきた黒服が必死に、誰かを追いかけているように、足踏みをしている。
「えっえっ。あの。えっ」
いや、えっ。
言葉がでないよ。
なにこれ、ドッキリ?
後ろの二人組がドッキリ大成功って書かれた看板持ってんの?
後ろを振り向くよ。
「もぅ、やめてくれよ……」
二人は真顔で僕の顔を見つめていた。
なんの表情も浮かんでいない。
オークさんの顔は見えないけど。
「ドッキリってことですよね、そうですよね」
「ドッキリじゃないですよ。ドッキリじゃないですよ。ドッキリじゃないですよ。ドッキリじゃないですよ。ドッキリじゃないですよ。ドッキリじゃないですよ。ドッキリじゃないですよ。ドッキリじゃないですよ」
「走ってます。走ってます。走ってます。走ってます。走ってます。走ってます。走ってます。走ってます」
壊れたラジオのように繰り返される。
もう勘弁してよぉ。
えっ、オークさんが立ち上がった。
「走ってるんだよ!?」
なんだよ、もう。
血走った目で突っ込んでくる。
口から泡を吹きながら。
「もう、イヤだぁ」
涙が出てきてしまった。
どうすればいいんだよ。
ポスン。
腰も抜けてしまった。
「あっ、やばっ、その、ごめんなさい! 大丈夫ですから。わたし、その正気ですから」
エルフさんが頭を下げる。
「ふぇ」
「俺も悪のりして、悪ぃ」
自分から目を背けて言った。
「なんだよ。それぇ」
ドッキリを仕掛けられたようだ。
よりにもよってあの二人に。
うぅ、悔しい。
泣き顔も見られてしまった。
あんな二人に。
「ドッキリ仕掛けるなんてひどいじゃないですか。というか最初のPVから仕込んでたんですね。エルフさん器用すぎますよ」
「いや、その悪のりで。本当にドッキリじゃないんですよ」
「俺、部屋の前で足踏みをしてる人は誰か知らないから」
「えっ。じゃあなんなんですか、アレ」
「わかるわけないだろ」
そんなよくわからん状況しかけたんかい。
「じゃあなんで自分を脅かしたんすか」
「いやできそうだったから」
「ですね」
なんじゃそりゃ。
でもこの人たちらしいと言えばらしいか。
なんか安心。
「あぁ、ほんと、本当にごめんなさい。わたしが拭きますから」
またポロポロしちゃったよ。
エルフさんテンパってるし。
いい気味だ。
だけどちょっとだけ嬉しい。
……ハンカチ、シルクじゃん。
ロールプレイに気合いが入ってるな。
「ありがとうございます」
ドッキリ仕掛けられて感謝するのも変だけれど。
変な人だけれど包容力があるわ。
「電話、繋がんねーわ」
恥ずかしながらエルフさんに涙を拭ってもらっている間にオークさんが店員に電話をかけたみたいだ。
繋がらなかったみたいだけれど。
ありがたい。
「あの黒服、どうしますかね」
「やっぱり、死人払いしかないんじゃねぇの」
「いやいや、そんな……?」
あれ、いやでもいいんじゃないか。
ファンタジーに頼るの。
こんなオカルト現象が起きてるんだし。
果てにたどり着いちゃったエルフだから、本当になんかできそうな気がする。
「自分もターンアンデッドしかないと思いますね」
「あれっ、フツーさんもその気なんですか!?」
エルフさんが驚いてどうするんだ。
「なんかオカルトチックな存在ですから。逆にそれしかないかなって」
「……マジですか」
調子狂うな。
「エルフさんだけが頼りなんですから。ファンタジー世界に芯まで浸かりこんでいるあなただけしか出来ないことなんです」
「へ、えへへ。そうですか。そうですね。ターンアンデッドができる奴はこのエルフくらいのモノですよね」
そうそうエルフさんはこうでなくっちゃな。
想像力ゆたかで思い込みが激しく、自信に満ち溢れたスーパーガール。
これだよ、これ。
「決まりだな」
オークさんが最後の確認を取る。
僕たちはみんな頷いた。
「じゃあ俺とフツーさんであの化け物を取り押さえるから。そこにエルフさんの渾身のターンアンデッドを叩き込んでくれ」
「了解です」
「子細承知しました。ターンアンデッドは任せてくださいっ」
「よしっ、じゃあカウントダウンを始めるぞ。さん、にぃ、いち」
全身の力を抜く。
脱力だ。
あの怪物に目にモノ見せてくれる。
「ゼロ!?」
ドアを蹴り飛ばす。
ドタドタドタドタ。
ドタドタドタドタ。
まだいる。
これはもう人間じゃないだろう。
絶対化け物だ。
「オラッ」
オークさんが飛びかかる。
抱きつく感じに飛び込んだ。
クリンチ。
「くらえっ」
なら自分は下からタックルだ。
「ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ」
怖っ。
なんだよこの息継ぎ。
ガンガンガンガン。
「痛っ」
膝にタックルしてるから。
胸に膝が当たりまくるか。
苦しい。
なんで。
走るのを。
止めない。
「へぶっ」
オークさんも一発食らった。
エルフさん。
速く。
「急急如律令、急急如律令、急急如律令、急急如律令」
メモ帳を押し当てている。
なんで和風……。
それしか知らなかったのかな。
自分も悪魔払いの文句知らないし。
そんなもんか。
「……………………」
黒服が止まった?
「おわっ」
と思ったら急に消えた。
バタン。
「ぐえっ」
上からオークさんが落ちてきた。
「ふふっ」
なぜ笑う、エルフさん。
だけどこれにて一件落着だ。
ではカラオケを再開しよう。
僕もついに歌うとしよう。
「わりぃ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「了解です」
いきなり離席か。
カラオケを再開したばかりなのに。
オークさんがトイレに向かう。
「さっき、黒服から一発良いの顔面に喰らってましたよね」
オークさんが部屋から出ていってすぐにエルフさんがそう言った。
青たん出来てそうだ。
かわいそ。
「そう言えばそうですね」
エルフさんがニヤリと笑った。
嫌な予感がする。
「今ならオークさんの顔、見れるんじゃないですかね」
「僕たち一緒にあの怪物と戦った、な、仲間じゃないですか。それに本人が隠したがってるんだからダメですよ」
仲間っていっちゃった。
いっちゃったよ。
良い言葉だな、仲間って。
「それなら仲間に隠し事はなし、ですよ」
エルフさんがなんてことないように返す。
急にクールになったな。
「いやそれは違いますって」
「それにマスクは剥がされるために存在しているものですよ。太陽の下に暴かれぬ素顔なし! あのマスクも剥ぎ取られるのを心待ちにしているのです。オークさんも素顔を見られたがっているに違いないのです。それにわたしたちグループはいつも彼のせいで不必要な注目を集めています。迷惑を被っています。わたしたちには素顔を見る権利があるのです!?」
あなたも目立ってるよーっ。
自覚してーっ。
でもそれもそうだ。
なんだか僕も気になってきたな。
「それにたまたまトイレに入ったら目にも入っちゃただけですよ。事故です事故。故意に覆面をもぎ取ろうって訳じゃないですから」
「まあ、僕はドッキリ仕掛けられたわけですし、ね」
というわけでトイレの前までやって来たのだった。
エルフさんは部屋で待機だ。
男子トイレに入るのは言語両断であるらしい。
人の秘密を暴こうと焚き付けておいて。
変なところで乙女である。
では参るとするか。
ガチャ。
「えっ」
ジーパン男がいた。
オークのマスクを洗面台の脇において、顔にできた青アザを確認している男は、映画の主題歌のPVで黒服に追いかけれていたジーパン男であった。
「なんじゃこりゃぁあぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
お手紙ちょ~だい