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乙女は迷惑な客と対峙する

 面倒なお客の正体は、帝都からやってきた貿易商を営む平塚伊佐夫だ。低迷していた平塚家を一代で盛り立て一躍財界に名を馳せた有能な男だが、妾腹であることを揶揄って、たまたま貿易業が当たった”一発屋”と渾名されている事でも有名だ。


 彼がなぜこんな辺鄙な山奥にやってきたかと言うと、黒須家の所有する山を買い取って開発し、一大避暑地を作ろうというのだ。


「何度来てもらっても、答えは変わらない。ここの土地は先祖代々守ってきた大切な場所だ。よそ者に売り払うなどできるはずがない」

「将来的に考えて、悪い話ではないと思いますよ。閉鎖された村の生活では、若者達の可能性が失われてしまうと思いませんか」

「何を言っても、この村には、この村の仕来りがある」

「私とて、こちらに浅からぬご縁があるのはご存知でしょう? それ故に、この村の為を思ってのご提案なのでございます。そこをご理解いただきたい」


 伊佐夫がこの場所にこだわるのには訳がある。二十年程前、黒須家の当代神巫選定の儀が行われたその日、選ばれた娘は、帝都から来ていた黒須家代々の顧客である家の息子と駆け落ちしたのが事の発端だ。神を裏切る行為と怒り心頭の黒須家はこの娘を勘当し、村に二度と足を踏み入れないように厳命した。悲しんだ娘はそれでも男と伴に幸せな家庭を築くのだと帝都へと赴いた。


 蓋を開けてみれば、男には帝都に妻も子供もおり、娘を待っていたのは男の妾として過ごす肩身の狭く辛い生活だった。


 翌年、娘は誰も頼るもののいない帝都で、ひっそり男児を生む。村に帰りたくても帰れない娘は、流行り病で亡くなるその時まで、息子にその後悔と恨みの念をひたひたと植え付けた。その息子こそが、伊佐夫その人である。


 勝手に出て行った娘が悪いと言えばそれまでだが、当代神巫に選ばれるような優秀な娘を、説得するなり、連れ戻して村で子育てさせるなり出来たのではないかと、村でも意見が割れている。捨て置かれ、見て見ぬ振りをしてきた血縁の伊佐夫に対しても、引け目のようなものを感じているのは確かだった。


 白熱する黒須家の代表と伊佐夫の話し合いは平行線のまま、夕方近くまで続いた。


「もう、こんな時刻か、話し合いはここまでだ。夜道で足元も悪い、帰りに何かあってはこちらの目覚めが悪い。離れに泊まって行くがいい」

「お気遣い、ありがたく頂戴いたします」


こうして毎回、伊佐夫は村に一泊することになる。代表も、実の孫を完全に突き放す事が出来ずにいた。離れに食事を運んだのは、来客対応の当番である奈月。


「おや、奈月、久しいね。お前は見るたびに美しくなっていくね」


伊佐夫は涼やかな顔とは裏腹に、ねっとりとした視線を奈月に向ける。


「今日は、弓月はどうしたんだい?」

「姉さんは夜のお勤めがありますので、私が代わりに」

「ふ〜ん、そう。当代神巫最有力候補者を、親父がしたみたいに拐われてはたまらないってところかな?」


伊佐夫は何が面白いのか狐のように目を細めてくつくつと笑う。


「奈月、今日は無口だね。前はあんなに”帝都のお話聞かせて”って慕ってくれていたのに。私は寂しいよ」


お膳を持ち、両手がふさがる奈月の髪をすいっと掬った伊佐夫は、その髪に口づけを落とす。


「……」


ここで過剰に反応してしまうと、伊佐夫が益々調子付いて、いたずらを仕掛けてくるのは分かっている。奈月はぞわりと鳥肌が立つのを感じながら、冷静さを心がける。


「そうだ、いい事を思いついたよ。奈月だって当代神巫候補じゃないか。お前を私のものにしたら、神様はどうするのかな? 母が言ってたように、“神罰”が下るんだろうか」


奈月は、お膳を置くと伊佐夫の手からそっと髪を外して距離をとる。


「お食事が終わりましたら、廊下に出しておいてください。それでは失礼いたします」

「おや、つれない。奈月、もっと遊んでおくれよ」


伊佐夫はさっと奈月の腕を掴んで引き倒すと、奈月が動けないように床に組み敷いた。

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