乙女は秘密をあばかれる
奈月がドランクと出会って三日が過ぎた。ドランクは相変わらず社に篭り、ずっと何かを調べている。
奈月は朝のお勤めが終わり、いつものように握り飯を持って聖域へと足を運んだ。格子戸をくぐり、洞窟の通路に入ったところで、後ろから声をかけられた。
「奈月あなた最近、何をこそこそしてるの? 聖域に勝手に入っちゃダメでしょ!」
「姉さん!」
「また、山で狸の子どもでも拾ってきて、育ててるんじゃないでしょうね」
「あの、あのね違うの」
「狸じゃないの? ほら、正直に見せてご覧なさい。母さんには黙っててあげるから」
「吃驚しないで欲しいんだけど……」
「なぁに? もったいぶって」
話し声に気がついたのか、社の中から「ナツキ、来たのか?」というドランクの声が聞こえる。
「えっ。何の鳴き声?」
「あっ、そうか。姉さんには言葉が分からないんだ」
「何? 何がいるの」
弓月は謎の生き物の声に少し怯えている。
「リグ様、すみません。姉に見つかってしまって、出てきて頂いてもよろしいですか?」
社の扉が開くと、奈月が用意した単を身につけたドランクがゆっくりと現れる。
「ひぃっ!むぐっ……」
奈月は、悲鳴を上げようとした弓月の口を手で塞ぐ。
「ごめんなさい姉さん。お願い、落ち着いて聞いて欲しいの。手を離すけど、大きな声をださないでね」
弓月はうなずく。
「あのね、リグ様は、雷神様なの。雷に打たれて燃えた御神木を元に戻してくれて……」
奈月は今までの事をかいつまんで話す。
「では、選定の儀で降臨されたわけではないのね?」
「そうみたい」
奈月の説明が一通り終わると、ドランクが奈月に何事かを告げ、奈月がそれを弓月に通訳する。
「リグ様が、姉さんにも、言葉が分かるようにしていいかって」
「分かったわ。雷神様、お願いします」
ドランクは奈月にしたように、弓月のおでこに自身のおでこを合わせると力を使った。二人が光に包まれ、ふらつく弓月を抱き留めるドランクの様子を見て、奈月は何か分からないモヤモヤした気持ちが沸き起こった。
「ナツキの姉君。おどろかせてすまなかった」
「雷神様、御無礼を失礼しました。黒須弓月と申します」
「ユヅキ、よければ、リグと呼んでくれ」
「では、リグ様。こちらでは寝食がご不便でしょう。黒須家にお部屋をご用意いたしますので、移られませんか?」
「ありがとう。ナツキにも話したが、ここを離れたくないんだ」
「“祈りの間”の事でしたら、黒須家に代々伝えられている古文書が残っております。持ち出しは出来ないので、本邸の方にお越しいただければご覧いただけるよう手配いたしましょう」
「古文書か、確かに何か手がかりになるものがあるかも知れないが……」
ドランクは聖域を離れ難いのか悩んでいる様子。その時、
コーン、コーン……
麓から、木を打ち付けるような高めの音が数回、山をこだまして鳴り響く。
「あの音は?」
「木鐸の音です。来客がある時に鳴らして村全体に知らせるものなのですが……この打ち方は、少々面倒なお客様がいらっしゃったようです」
奈月は近頃頻繁に訪れている面倒なお客様を思い出してため息を吐く。
「リグ様、申し訳ありませんが、私達は直ぐに行かなくてはいけません。先ほどの話、ご検討くださいませ」
弓月は奈月の肩に手を置き、帰宅を促す。
「リグ様、慌しくてすみません。お昼食べてくださいね」
立ち去る前に振り返った奈月の顔に、いつもの元気が無いようで、ドランクは少々心配になった。