乙女は憧れの氷菓子を口にする
「リグ様、よろしければ、柑橘を絞った果実水もどうぞ」
「あぁ、すまない」
奈月は竹筒の水筒を手渡すとドランクはゴクゴクと美味しそうに飲む。
「ありがとう」
返却された水筒を手に取り、自分もコクリと一口飲んだ所で奈月はとんでもないことに気づいてしまう。
待って、これは! 帝都見聞録草紙 乙女の夢情景その三、”間接的接吻”ではっっ?!
顔に熱が集まってくるのが嫌でも分かる。
「どうしたナツキ?」
「なんでもありません。ふぅ、今日は少し暑いですね」
赤くなった顔を手で仰ぎながら必死に誤魔化す奈月に、思案顔のドランク。
「そうだ、ナツキ。その塩むすびを包んでいたものをこちらへ。もう一度果実水を貰っていいか?」
「はい、構いませんよ。どうぞ」
ドランクは呪文を唱え竹の皮を洗浄すると、くるりと丸め円錐状の器を作った。それを奈月の手にに持たせると、手をかざし、水筒を少しずつ傾けていく。水筒からは淡い光と共に細かな果実水の氷が器に降り注ぐ。奈月の住む山は暖かい地方にあるので、寒い冬でも雪が積もることはない。降雪自体をほとんど目にしたことがない奈月は、ドランクが作り出した氷の結晶に目を輝かした。
「わぁ~っ! 綺麗」
あっという間に器の上には柑橘の色がほんのりついた小さな氷の山が出来上がった。
「これを食べれば、少しは涼しくなるんじゃないか?」
「食べていいんですか?」
「もちろん」
奈月は陽の光を浴びてキラキラ輝く氷をそっと口に含む。
「んっっ~~冷たくて美味しい!」
「そうか、良かった。全部食べるといい」
奈月は氷が溶けてしまう前に食べ終えると、美味しさの余韻に浸る。
「あの、もしかして、さっきのは氷菓子ですか?」
「コオリガシ?」
「帝都見聞録草紙に”冷たくて甘くて美味しい氷のお菓子”と載っていて……」
嬉しそうに話していた奈月の顔がふいに曇る。
「ナツキ、どうした?」
「リグ様に氷菓子の記事をお見せすれば早いと思ったんですが……帝都見聞録草紙は先ほど燃えてしまったのだったと」
「あぁ、落雷の時か」
「御神木の虚に置いていた私が悪いのです」
「御神木の中にあったのか? 待て、もしかしたら……」
ドランクは御神木の根元に開いた虚に手を差し入れ、敷布に包まれた冊子を取り出した。
「これか? 確認してみてくれ」
恐る恐る手に取った包みを開くと、奈月が内容を諳んじられるほど読み込んだ帝都見聞録草紙が姿を表す。
「元に戻ってる! リグ様のお力ですね。ありがとうございます」
奈月は冊子を大切そうに抱きしめた後、その中の一冊を手に取り、氷菓子の特集記事が載っているページを開く。
「リグ様、こちらを。これを読んでから、ずっと食べてみたかったんです」
そこには、氷菓子を出している喫茶室の特集と、ご家庭でも簡単に作れる作り方が写実的な挿絵とともに掲載されている。
「ふむ。これはアイスクリームだな」
「愛す栗ん?」
「ナツキが先ほど食べたものも氷菓子の一種だが、これに載っているのは牛乳で作ったもの。味がかなり違うはずだ」
「先ほどの氷菓子もとても美味しかったです。ですから、この本の”あいすくりん”もきっと美味しいはずです」
「そうだな」
頬を紅潮し、夢見るように氷菓子に思いを馳せる奈月の頭をリグレットは優しくぽんぽんと撫でた。
はっ、これは! 帝都見聞録草紙 乙女の夢情景その五、”頭撫で”ではっっ?!
奈月は乙女の夢情景特集が頭をよぎりつつ、氷菓子に子供のようにはしゃいでしまった事に今更ながら気恥ずかしさを感じるのだった。