乙女は雷神の力に驚愕する
いつの間に眠っていたのだろう? 意識が浮上した奈月はぼんやりと思う。眠っている場所は暖かく、しっとりとしていて肌触りがいい。あまりに心地がよくて思わず頬を摺り寄せる。
「ん~気持ちいい。いつまでも寝ていられるわ、家にこんな高級な寝具あったかしら?」
さらに擦寄ると奈月を包む高級寝具は小さく揺れてクツクツと笑う。
「……乙女殿、お目覚めか? すまないが、少々くすぐったいのだが」
「ひゃぁっっ~~~~!」
奈月は胡座をかいた半裸の男の胸に抱え込まれる様にして座っていた。現状を把握して一気に目が覚める。恐れ多くも雷神様の腕の中で寝ぼけていた模様。
「も、申し訳ございませんっっ」
「いや、気がついて良かった。驚かせてしまったな」
「は、はい。抱き留めていただいてありがとうございます。それで、あの、もう大丈夫ですので……」
男は奈月の何かを確認するように覗き込むと、紅い瞳が一瞬金色に輝いた。男は一つ頷いて、やわらかな笑顔を浮かべる。
「うん、大丈夫そうだな」
男はそう言うと、奈月を抱き上げそっと立ち上がらせる。奈月はその微笑みにまたしても赤面するのだった。男の温もりが消え、なんとなく惜しいような気がしながら、ふと目の前の惨状が目に映る。
「そうだわ、御神木!」
辺りを見回すと太陽はまだ昼時を示していた、気を失ってからさほど時間は経っていない様だ。奈月は消し炭となった御神木の残骸に駆け寄り、根元の土を掘り起こす。
「やっぱり、根まで燃えてしまっている。これではもう……」
「大切なものなのか?」
男は奈月が掘り起こした穴を覗き込む。
「黒須家初代神巫様が、自ら植えられたと言い伝えられている御神木だったんですが……」
「そうか、俺がここに来た事が原因かもしれない……何とかしてみよう」
男は燃え尽きた御神木に手をかざすと長く祝詞のような言葉を唱える。かざした手のひらからブワリッと光の輪が広がると、その輪の中には見たことがない異国の文字にも思える複雑な模様で満たされた。御神木は時間を巻き戻すように見る間に元の姿に戻っていく。奈月は光に包まれる男の姿と信じられないような光景に息を飲んだ。
「凄い……」
御神木の枝が元のように伸びゆき、その先には若葉が青々と茂っていく。当代神巫選定の時期に現れるという神の一柱。奈月は男が誠の神であることを確信する。雷に撃たれる前の御神木そのものが目の前に現れると、光がふっと消え、男は手を下ろした。
「ふぅ。こんなものか」
「元通りです。雷神様、本当にありがとうございます!」
「いや、礼を言われるほどの事でもない。しかし雷神とは?」
「はっ、申し訳ございません。違いましたか? 雷と共にいらっしゃったので」
「そうか、それで。くっはははっ……」
男は何故か笑い出す。不思議そうにキョトンとする奈月に気がついて男は笑いを止める。
「すまない。俺はドランク・リグレッドだ」
「銅鑼? りぐ様?」
「発音しにくいか。リグでいい」
「はい、リグ様。私は、黒須家神巫の奈月と申します」
「ナツキ。色々聞きたいことがあるのだがいいだろうか?」
「はい、何でしょうか? 私でお答えできることでしたら」
奈月が意気込んで答えた時、クゥ~と奈月のお腹が可愛らしく鳴った。
「……くっ、はははっ……すまない。空腹なのか?」
「そういえば、お昼ご飯がまだでした」
恥ずかしさをごまかすように奈月は背負子の中から竹の皮に包まれた握り飯を取り出した。
「よろしければリグ様も召し上がりませんか?」
奈月が差し出したのは白い塩むすび。
「いいのか?」
「どうぞ」
ドランクは塩むすびを手に取ると、初めて見たのか不思議そうに眺めている。食べ方が分からないのかもしれない。奈月はそう思い『いただきます』と手を合わせ、パクリと塩むすびを頬張って見せた。
「これは今年収穫したばかりの新米ですので美味しいですよ。リグ様のお口に合うか分かりませんが」
「あぁ」
覚悟を決めドランクは塩むすびを一口齧る。衝撃を受けた様に目を見開き、その後は黙々と咀嚼し、あっという間に食べ終えた。
「……美味かった」
「よかったです。もう一ついかがですか?」
「お前の食べる分が無くなってしまわないか?」
「ふふふっ。まだありますので」
「それならば、いただこう」
二人の穏やかな昼食時間は過ぎていった。