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乙女は未知と遭遇する

 朝、奈月は日の出よりも早く起き、冷たい泉の水で体を手早く清める。本日の当番である神巫の修行の一つ“祠参り”を行う為だ。黒須家の広大な土地の中、聖域と呼ばれる山奥には八百万の神様が祀られた祠が点在しており、汚れを清め、香をあげて小さな祠を一つ一つ巡る。早朝から始まった参拝が終わったのは、日も高くなり、お昼になろうかという時間帯。


「なんだか天気が悪くなってきたみたい」


 さっきまでの好天が嘘のように雲が厚く広がりどんよりとした空になってくる。山の天気は変わりやすい。奈月は空模様を気にしながら急ぎ足で下山する。漸く御神木のある場所まで戻って来た時には、空は一気に暗くなっていった。


 聞きなれない耳障りな音が響くと同時にピカッと眩い閃光が空に走る。奈月は反射的に目を閉じ耳を塞いで蹲った。僅かに遅れてズドンッと重い音の塊が地面に叩きつけられた。音は波となって大気を震わせ、奈月の肌を粟立たせる。


 地鳴りのような雷鳴が遠ざかり、もう大丈夫だろうかと恐々と目を開けると、目の前には信じられない光景が広がっていた。思い入れの深い樹齢百年を超える御神木は、見るも無残に真っ二つに裂けプスリプスリと白煙を上げている。落雷が直撃したようだ。慌てて駆け寄った奈月が目にしたのは、炎を纏い一瞬にして灰と化していく宝物の姿。


「いやぁ~~~私の帝都見聞録草紙がぁ~っっっ!」


泣き崩れる奈月をよそに、炎は勢いを増してゆく。


「どうしよう、このままじゃ山火事になってしまう……えっ?」


 どこから現れたのか奈月の目の前にはいつの間にか見知らぬ大きな男が立っていた。


「*+`#$%&」


男は聞きなれぬ響きの言葉を紡ぐと轟々と燃えさかる御神木に向かって手をかざす。


 豪雨が御神木に降り注ぎ、火は押しつぶされるように小さくなっていき、見る間に鎮火。落雷による延焼はなんとか免れたようだ。瞬間的な雨が降り止むと、さっきまでの悪天候が嘘のように青空が広がっていく。


「何が起こったの?」


ずぶ濡れになった奈月は一連の出来事に呆然となる。奈月はゆっくりと振り返った異形の男を改めて目にした。


 下半身には申し訳程度に腰布の様なボロボロの布が巻きついているが、殆ど裸に近い状態だ。赤い髪からにょきりと突き出した角の様なものが2つ。生まれてこの方、異性の裸体など目にしたことが無かった奈月は、その彫刻の様な肉体を前に目が釘付けになる。奈月の視線に気がついた男の、紅い瞳とバチリと目が合う。奈月はその禍々しい色から目を逸らすことが出来なかった。


 男は一瞬目を見開き、驚いた顔をすると、奈月に駆け寄りその逞しい腕で奈月の両肩を掴む。


「えっ、なっ?!」


次から次へと起こる出来事に、奈月の頭は真っ白だ。


「@#+☆*?」


男は、何かを話しかけてきたが奈月には聞き覚えのない言葉だった。


「あ、あの、申し訳ありません。私には何とおっしゃっているのか」

「@#+☆*?」


 男は顎に手を当て何かを思案しているようだ。手のひらを差し出し何かを唱えると男の手のひらからは小さな稲妻がパチパチと弾けた。その様子に奈月は目を輝かせる。


「もしかして貴方様は雷神様でいらっしゃいますか?」

「#%$?*+」


男は両手を奈月の頬に添え、ゆっくり頭を引き寄せると、額をそっと合わせた。


「あ、あの、雷神様?」


 あまりの距離の近さにあわあわする奈月をよそに、男は静かに呪文のような言葉を呟く。地面から不思議な光を帯びた風が舞い上がり、二人を包む。奈月は暖かな何かが体を駆け抜けていく初めての感覚に、立っていられなくなる。かくりと体が崩れそうになったが、奈月の体は男によってしっかり抱きとめられていた。不思議な事に雨でびしょ濡れだったはずの奈月の着物は、すっかり乾いていた。


「大丈夫か?」

「はい。大丈夫で……えっ、お言葉が分かります!」

「すまない。言葉が通じるように、少々手荒な真似をした。立てるか?」


 奈月は、なんとか立とうとするが、膝がカクカクして生まれたての子鹿状態だ。


「乙女殿、失礼する」


男は奈月の膝裏に腕を回すとひょいと横向に抱き上げた。


これは! 帝都見聞録草紙 乙女の夢情景その九、”姫様抱き上げ”ではっっ?!


 半裸の男に抱き上げられ、真っ赤に茹だった奈月はいろいろと許容範囲を超えてしまい、そのまま気を失った。

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