天才魔導師は対決する
ドランクは、祈りの間の本来あった場所に魔素の結晶体である“石”を置く。魔方陣が発動し、ガレオが作った『魔素が自動で溜まる、魔素収集器』は正常に稼動し始めた。
「うまくいったようだ」
「よかったです。……これが本来の祈りの間なんですね」
薄暗かった洞窟内は昼間のように明るくなり、複雑な術式が壁に浮かんでは消えを繰り返している。
「あの壁の模様はなんですか?」
「あれは、山に設置されたどの祠で神力がどれくらい吸収されているかを示すものだな」
「リグ様が山で修復してくださったものですね。上手く動くようになったんですね」
(これが、親父殿が見ていた光景。親父殿の術式は美しいな)
ドランクがガレオの術式展開を一つ一つ頭に刻み、夢中になっていると、祈りの間に予期せぬ客がやって来る。
「なるほど、あなたが神と言うわけですか」
「平塚様、何故ここに……」
伊佐夫が手にピストルを構え、入口への通路を塞ぐように立っていた。
「ナツキ、あの男が持っているのは何だ?」
「おそらく銃です。筒の先端から弾が撃ち出される武器です」
奈月はドランクを庇うように伊佐夫との間に立ち、小声でドランクに告げる。
「私はずっと知りたいと思っていたんです」
「平塚様、ここは神聖な場です、それを降ろしてください」
伊佐夫は少しずつ距離を縮めながら自身の話を続ける。
「奈月、黒須家の神が下す罰とは何です? 母はずっと有るはずもない神罰に怯え、自身の犯した罪に後悔しながら亡くなりました。私を“罪の末に出来た子供”だと罵りながらね。貴女の神に聞いていただけませんか? 黒須家の崇める神とは何を見て、何を基準にして神罰をくだすのか、とね」
「平塚様、おやめ下さい。リグ様は関係ありません」
「私が今、貴方を撃てば神罰はくだりますか? さぁ、貴方が神だと言うのならば、その証拠を見せてください」
伊佐夫はドランクに向けて銃を撃つ。ドランクは奈月を引き寄せると、防御の術式を展開して銃弾を弾く。
「バカな?! 何故当たらない クソっ! 当たれ、当たれ!」
伊佐夫は躍起になって銃を撃った。洞窟内に銃の音が反響する。
「きゃぁっっっ!」
「大丈夫だナツキ。すべて弾いている」
ドランクは、奈月を抱きしめ落ち着かせると、自分の後ろに隠した。
「辞めろ! 無駄だ。その武器は俺には通用しない」
ドランクは、伊佐夫の持つ銃に【加熱】の生活魔導を使った。高熱になった鉄はドロリと溶け始める。
「熱いっ!!」
伊佐夫は堪らず銃を投げ捨てた。グツグツと煮えたぎり、もはや原型を留めない銃を見て、伊佐夫は驚愕する。
「あははははっ! 神の力とは凄いのですね……」
伊佐夫が戦意喪失して項垂れる。
ピキッ、ピシッ、ミシミシミシミシッ……
静寂が落ちた祈りの間で不穏な音が聞こえてくる。
「不味い!」
ドランクの防御壁が弾いた弾の一つが運悪く魔素の結晶体に命中していた。弾が当たった場所からヒビが入り、不穏な音はそこから鳴っている。魔素の結晶体からは魔素がもれ出し、放射線状に光が放たれ辺りは眩しいほどに照らされる。
「ナツキ、側に! “石”の力が暴発する!!」
「リグ様!」
ドランクは祈りの間に防御の魔方陣を展開する。地鳴りのような音が鳴り響き、グラグラと地面を揺らす。ガラガラ天井が崩落し、入口に繋がる通路を塞いでいく。
「ヒィィィィ!! 私は悪くない、私は悪くないんだ……!!」
狂ったように叫びながら伊佐夫は奥の通路へと駆けていく。
ドランクは全神経を集中して、自身が行使できる全ての力を使う。
(親父殿が残したものを、クロスの村を、何よりもナツキを守る!)
周囲の魔素も掻き集め、角の部分に魔力が集まっていく。頭が沸騰したように熱い。
「ぐぅっ……」
「リグ様」
奈月はただひたすら神に祈った。
(龍神様、どうか、どうかリグ様をお助けください……)
“石”の爆発を押しとどめ、少しずつ魔素を周辺に四散させていく。“石”の光は少しずつ弱くなっていき、最後にはヒビが入った部分から崩壊し、光の粒をまき散らしながら消えて無くなった。
「“石”が消えた!」
「元々神力を固めたものだ、神力を全て解いてしまったからな。あのまま暴発していたら、村ごと消えていただろう」
「村が……」
ドランクは祈りの間を修繕補強する術式を展開する。
「ぐっ……」
ドランクは、体の中に渦巻く魔力に立っていられなくなり、膝をつく。
「リグ様!」
「力を使いすぎた……」
“石”に吸い取られて減っていたはずの魔力は、すっかりドランクの体に戻ってきていた。
「ナツキ、こっちだ。入口は塞がったが、こちらに神迎の祭壇に繋がる転移扉がある」
「リグ様、ナツキに寄りかかってください。歩けますか?」
ドランクと奈月は、ガレオが残した転移扉をくぐると、祈りの間を後にした。
◇◇◇
奥の通路に逃げ込んだ伊佐夫は、ぶるぶると暗闇の中で怯えていた。奥は複雑に入り組んだ鍾乳洞に繋がっている。そうとは知らない伊佐夫は、奥へと進む。
「……暗い……寒い」
伊佐夫は懐からマッチを取り出し擦ったが、軸が折れて上手くつかない。ようやくついた火も、直ぐに燃え尽きてしまう。ヌルヌルする壁面を手探りで辿る。
(きっとどこかで出口に繋がっている。私はこれまでも運が良かった。大丈夫、大丈夫)
伊佐夫は恐怖を押し殺すように前へ前へと歩いて行った。
ふと、足元の小石を一つ踏み外す。あっと思った時には、足元の岩盤が崩れ、伊佐夫は深い闇に飲み込まれていた。
(母上、これが神罰ですか?)
鍾乳洞で行方不明となった伊佐夫のその後を知るものはいない。