乙女の逢瀬は密やかに
近年は毎年来賓として訪れている伊佐夫は、いつもと微妙に何かが違う祭の様子に違和感を覚える。二階に居るという客の存在、当代神巫御在所に戻されるはず神輿が違う場所に運ばれて行った事。そして何よりも気になるのは奈月が使った不思議な神力。
(おかしな事だらけだ。一体、何を隠しているんだ?)
伊佐夫は弓月に連れられ来賓部屋に一旦戻った後、暫くしてからこっそり抜け出し二階へと上る。二階へ上がるのは初めてだったが、おおよその予測を立てて客がいそうな部屋を探す。
(広場が見える方角だと、あの辺りか)
伊佐夫は足音を忍ばせ、そっと部屋に近づくと、案の定部屋からは奈月の話し声が聞こえてくる。伊佐夫は聞き耳をたてた。
「リグ様、今日の奉納舞はいかがでしたか?」
「……」
「本当ですか? 嬉しいです」
「……」
「はい、今までで一番の出来だと思います。奈月は、リグ様を想って一心に舞いましたから」
「……」
「そんな、恥ずかしいです」
誰かと会話を交わしているようだが、聞こえてくるのは奈月の声ばかりで、相手が何と言っているのかは聞き取れない。
(リグ様? 一体、誰と喋っているんだ)
奈月の言葉から、かなり相手に好意を持っている事が察せられる。
(奈月も母のように、来賓の一人に入れ込んでいる……いやしかし、弓月は客と言った。弓月も二人の関係を知っている? まさか!? 黒須家公認の仲ということか)
二人の会話は奈月の奉納舞から別の内容に変わる。
「はい、今の時間、来賓の方達は屋敷で昼食をとられています。ですから“石”は今から祈りの間に運ぶと」
「……」
「リグ様は先に行かれるのですね。分かりました。お祖母様にはそう伝えます」
「……」
「リグ様、すぐには帰られませんよね? もう少しだけ、一緒に居させてください」
「……」
「またお会いできますか?」
「……」
「それでは、最後に奈月に思い出をくださいませんか?」
伊佐夫は好奇心が抑えきれず、隙間から部屋を覗く。逆光で影になっている長身の男が奈月を抱きしめ、口づけしているのが見えた。
(奈月のやつ、まだまだ子供だとばかり思っていたが……ふふふっ、面白くなって来たじゃないか)
伊佐夫はそっとその場を離れた。奈月の相手も気にはなったが、それ以上に“祈りの間”に運ばれると言う“石”の方が気になった。伊佐夫はその後をつける事にした。
(どこまで行くんだ?)
神輿を担いだ村の男衆は、山をずんずんと登っていく。御神木を越え、更にその先へとやってくる。山の中腹にたどり着くと神輿はようやく降ろされる。そこには、頑丈な木の格子扉がはめ込まれた入口があり、村の代表が鍵を開けて中へと入っていく。
しばらくすると、村の代表は洞窟の中に向かって挨拶をし、男衆と一緒に下山して行った。
(中に誰かいる?)
少し離れた所から入口の様子を見ていた伊佐夫は、驚きで声をあげそうになる。慌てて自分自身の口を塞ぎ、身を潜める。
洞窟から出てきたのは、奈月と赤髪に角がある異形の男だった。
(奈月はどうやって先にここにたどり着いた? それに、アレは一体何なんだ?)
異形の男は神輿の中から大きな輝く石の様なものを取り出すと、石をふわふわと宙に浮かべて運んでいく。奈月はその後について洞窟の中へと入っていった。
伊佐夫は懐から護身用に持ち歩いていた舶来物のピストルを手に持ち、二人が入っていった入口から洞窟の中へと足を踏み入れた。
(いつからだ、いつからあんな化け物が黒須の家に巣食っていたんだ?)
伊佐夫は薄暗い通路を音を立てないように壁にそってジリジリと進む。
(……そうか、私を帝都に飛ばしたのもあいつの仕業か!)
等間隔に設置されている燭台の明かりがゆらりゆらりと揺れ、伊佐夫を奇しく照らし出していた。