乙女は告白する
「目的は果たした。俺は元の場所に帰って成さねばならぬ事がある」
奈月の想像通り、神の世界へ帰ると言うドランクの言葉に耳を塞ぎたくなる。
(何か……何か引き止める理由を探さないと)
「……為さねば成らぬ事とは何ですか?」
泣きそうな気持ちを押し殺して、言葉を紡ぐ。
「此方の世界が有るという証明だ。親父殿が此方で生きて成し遂げたことを彼方で広く知らしめる。……親父殿はそんな事望んでないかもしれないが、俺がそうしたいんだ」
たった一人の大切な家族を失ってしまったドランクは、それでもその家族の為に帰ると言う。奈月は様々な思いが溢れて切なくなる。
(そんなの、帰らないで欲しいなんて言えない。だったら……)
「それならば、どうか、私をお連れください!」
「ナツキ何を……?!」
思いもよらない奈月の言葉に、ドランクは驚きを隠せない。
「私も此方の証明になりませんか? 龍神さまの子孫として、どうぞ一緒にお連れ下さい」
ドランクは奈月の決意を聞いて、我儘な子供を宥めるように優しく奈月の頭を撫でた。
「ナツキは立派な神巫になる為に今まで修行してきたんだろ? それを無駄にする事はない」
「だからこそです! 奈月は神巫、神様にお仕えするのが使命なのです。リグ様のお側で、リグ様のお役にたちたいのです!」
奈月はドランクの瞳を見つめ、懸命に訴えた。
「ナツキの気持ちは有り難いが……今まで前例がない故、ナツキが彼方に渡るとどうなるのかが俺にも分からない。そんな危険を冒すわけにはいかない」
「ですが……」
「辛うじて無事にたどり着けたとして……黒髪黒瞳を持つナツキは奇異な目で見られるかも知れない。彼方にはそういった容姿ものは居ないからな。此方から来たというだけで、理由もなく不当な扱いを受けるかもしれない。そんな所に行っでわざわざお前が苦労する必要はないんだ」
いつもは嬉しいドランクの優しさや労わりが、今は何故か悲しい。奈月はドランクに自分の気持ちが伝わらない事にもどかしくなる。
「リグ様……私は……」
「それに、ナツキは此方に家族が居る。この先、夢であった帝都にも行くのだろ?」
ドランクは、流れた奈月の涙をそっと拭うと、奈月が嬉々として語って聞かせた夢の話を持ち出す。
「リグ様……奈月は、リグ様をお慕いしております。……奈月ではリグ様の家族になれませんか? 貴方のお側にいたいのです……」
奈月は、怖くてドランクの顔を見られなかった。ドランクの逞しい胸に顔を伏せ、大好きな人が居なくなってしまわないように、きつく抱きしめた。
「……ナツキ」
ドランクは、涙の止まらない奈月をそっと抱き、優しく背中を撫でた。
トクトクトク
ドランクの鼓動が聞こえる。奈月は少しずつ気持ちが落ち着いて、自分からドランクに告白してしまった事や、抱きついている今の状況に落ち着かなくなってくる。
「……」
もぞもぞしていたら、ドランクが小さく笑う声が降ってくる。
「リグ様?」
「この間と反対だなと思ってな。こうやっていると落ち着くんだろ?」
ドランクは、離れかかった奈月の頭を自分の左胸につける。
トクトクトクトク
「……ナツキ、ありがとう。お前の気持ちは嬉しい。けれど、やはり一緒には連れていけない。すまない」
ドランクは奈月を抱きしめ、小さな声で呟くように告げた。
「……でしたら、せめて、数日後の五穀豊穣を祝う秋の神事までご滞在ください。私の奉納舞を最後にリグ様に見ていただきたいのです」
「分かった。ナツキの修行の成果をしっかり見届けよう」
◇◇◇
ドランクが此方から去ってしまうまであと数日……それからの時間はあっという間に過ぎた。
ドランクは神迎の祭壇にあるというガレオが残した帰還の転移陣を調べるのにかかりきりになっていて、奈月は奈月で秋の神事に向けての神巫の仕事に忙しい。奈月の奉納舞の練習はいつにも増して熱気を帯び真剣なものとなっていった。