乙女は雷神を救う方法を調査する
ドランクがいる離れは、黒須家ではすっかり雷神様のおわす所として認識されている。山で採れた山葡萄にアケビの実、果ては黒須家の人々にとって滅多に口に入らないご馳走である蜂蜜に至るまで、毎日のようにお見舞いの品が献上されている。
しかし、ドランクの容体は、芳しく無いままだった。下がった熱が再び上がったと思ったら、急に下がったり、体の痛みに呻く時も。そんな様子を側で一番目にしている奈月は、看病のかたわら、医学書を調べ、薬草を煎じてみたり……と思いつく限りの方法を試してみている。
「ナツキ、ありがとう。少し気分が良くなった」
そう言って煎じた薬を飲み、微笑むドランクの顔が、日に日に弱々しくなっていく事に奈月は焦りを感じていた。
「弓月姉さん、前に言ってた古文書って私も見られる?」
奈月は、藁にもすがる思いで、弓月に声をかけた。
「大丈夫だと思うわ。リグ様に持って行くの?」
「何かリグ様の病状を和らげる手立ては無いかと思って」
「雷神様のお体の不調に関することが、古文書にあるかどうか分からないけれど……」
「過去にいらっしゃった神様の様子でもいいの。何か分かればリグ様のお役に立てるんじゃ無いかと思うし」
「そうね、じゃあ私も手伝うから、一緒に探してみましょう」
「姉さんありがとう」
二人は厳重な鍵を開け、古文書がしまわれている蔵に入る。蔵の中には見渡す限り書棚で埋め尽くされている。奥に足を進めると、古書独特の埃っぽい匂いがこもっている。書棚には黒須家が代々保管している古文書が並んでいる。
「こうして見ると、多いわよね」
「確かにこれは時間がかかりそう。姉さんは入ったことあるのよね?」
「少しだけね。年代が古いものはこの棚よ」
「それじゃあ、手分けして探そう」
姉妹は一冊一冊手に取り、何か有用な情報は無いか探しはじめた。しばらくは二人が頁を捲る音だけが蔵の中に聞こえていた。
「姉さん! これ見て!」
「どうしたの?」
「この古文書に龍神様を看病したって話が載ってる」
「見せて?」
黒須家最初期の歴史書の中に、『龍神降臨』についての記述があった。
『娘は瀕死の龍神に出会う。娘の献身により、神力を取り戻せし龍神は、その力を持って貧困に喘ぐ村民を救う』
「何かリグ様の快癒の手がかりになるものがあるかも」
「そうね、もう少しこの辺りの古文書を重点的に調べてみましょう」
『深き山は一日にして田畑となり、水は湧き出ずる。龍神はこの地に居を構え娘を娶る。娘は子を授かり、神力をその身に宿せし女児が生まれいず』
「姉さんこれって……」
「これは、初代神巫様のお話ね」
「あの御神木を植えたという?」
「そうだと思うわ。ねぇ、奈月、これ見て?」
弓月は本の最後の頁を指す。そこには、祈りの間で見たのと類似した文様が記されていた。
「祈りの間にあったものとは少し違うようだけど、何か手がかりにならないかしら」
「もしかしたら、リグ様なら何か分かるかもしれない」
二人は頷きあうと、古文書を持って蔵を後にした。