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訳あり魔導師は喪失する

 魔導師協会本部で三年に一度華々しく開催される学会は、国の最高峰である魔導師達の研究成果が発表される場である。今年は太古の遺跡から見つかった古の術式の解析報告に、最新技術を組み込んだ魔道具のお披露目と興味深い発表が続く。


 今、舞台上では新進気鋭の魔導師が、術式の画期的な簡略化について語り終え、会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こっている。ドランクはその様子を舞台袖からチラリと横目で見つつ、思わず溜息がこぼれる。


「親父殿、本当に、それを発表するのか?」

「勿論だよ、ドランク。これは世紀の大発見なのだから」


 発表原稿を手に頰を子供のように紅潮させて、興奮気味に語る義父ガレオ・リグレッドをやはり止めることは出来なさそうだと悟る。なんとか思いとどまってくれないかと舞台袖まで付き添って来たが……


「分かった。例え何があろうとも、俺は親父殿の味方だからな!」

「そんな心配そうな顔をするな、ドランク。大丈夫だよ」


 穏やかに微笑むガレオは息子の燃えるような赤髪をくしゃりと撫でた。体格も良く、もう直ぐ学院入学を控えた年齢のドランクは、幼子のように頭を撫でられるのは些か照れくさかったが、その暖かな手からは昔から変わらない愛情が感じられて、やめて欲しいとも言い辛い。


「ガレオ・リグレッド様、お願いいたします」


 ドランクは、進行係の誘導で意気揚々と舞台に向う義父の背中を見送りながら、無事に発表が終わることを切に祈った。


 ガレオが壇上に立つと、会場はシンと静まり返る。今でこそ生活魔導に特化した地味な発表が多く埋没しがちだが、初期転移魔導術式の開発者として一部ではそこそこ名の知られた魔導師ガレオだ。会場内からはどんな発表が行われるのか期待の視線が向けられている。


 朗々と『世紀の大発見』について語り始めるガレオを他所に、会場内は次第にざわつき始め……結果はドランクが危惧した通り。若い魔導師からは嘲笑や野次が飛びかい、厳めしい顔をした往年の魔導師の中には途中で席を立つ者もいて、発表の場は多いに荒れた。


 それもその筈。ガレオが発表したのは、『異世界へ転移するための魔導術式』の提言だったのだから……。


 “異世界”を定義する事は即ち“神々が作りし唯一無二の世界に楽園を築く事を許され選ばれた我々”と信じて疑わない国民思想を根底から覆す事に他ならない。神に背くに等しい荒唐無稽なその提言は、どう考えても到底受け入れられるものではない。


「やっぱりこうなったか」


 ドランクは事前に用意していた転移陣を展開すると、紛糾する会場から義父を何とか救い出し、王都の外れに位置する屋敷まで連れ帰った。どんな時でも驚くほど前向きでのんきな義父であっても、流石に今回は落ち込んでいるだろう。


「大丈夫か? 親父殿」

「久々の発表でちょっとくたびれたねぇ。そうだ、お茶にしようか。そういえば、お茶請けはまだあったかな?」


 通いの家政婦さんがストックしてくれているお茶請けを探して、全然関係のない戸棚をゴソゴソ探し始めるガレオ。魔導の研究以外には無頓着で何処か浮世離れしている義父のいつもと変わらぬ様子にほっとしつつも脱力するドランクは、ガレオを椅子へと座らせる。


「俺がやる。親父殿は座って待っててくれ」

「すまないね~ドランク。君のいれてくれるお茶は美味しいからね」



 怒涛の学会の後、ドランクがある程度予想していた通りの事が起こった。始まりは魔導師学界から届いた一通の勧告状。そこには『歴史あるリグレッド家の偉大なる術式開発者である事に敬意を表して今回だけは目を瞑るが、次に異世界について語り人々を惑わす発言をすれば、異端審問会から召喚状が届くことになる』という内容が回りくどく丁寧な文面で書かれていた。”異端審問会からの召喚状”=”死刑宣告”というのは世の常識で、今回の件はなんとか厳重注意に留まったようだ。学界からの追放もなんとか免れ、最悪の事態にはならなかった事に胸を撫で下ろす。


 ドランクの周辺でも変化があった。ドランクは遊び友達から明らかに仲間はずれにされるようになった。陰湿な嫌がらせこそなかったものの、町を歩けばヒソヒソと指差され腫れ物を扱うような態度に辟易とした。唯一困ったのは、リグレッド家で雇っていた通いの家政婦さんから、辞めさせてほしいと嘆願された事だろう。しかしそれも、ガレオが開発した生活魔導を利用することで万事解決した。ガレオはと言うと、世間の風評を全く気にすることもなく、相変わらずマイペースに“異世界転移”の研究に邁進していった。


 そんなある日の昼下がり、ドランクが皿の浄化術式を展開して昼食の後片付けをしていた時。


「ドランク、来てくれ!」

「どうかしたか?」


ガレオの呼ぶ声に返事をしながら、彼の研究室へと足を運ぶ。研究室の床には見たことがない転移陣があり、複雑に入り組んだ術式が淡い光を放ち浮かび上がっている。


「親父殿、これは?」

「ドランク、ついに異世界の座標を解析できたんだ。これで実際に異世界があると証明ができるはずだよ」

「これで異世界へ転移できるのか?」

「そうだよ。この座標の部分を組み込むのが難しかったんだ」


ガレオは嬉しそうに術式の一部分を指した。


「じゃあ、ちょっとやってみるから見ててくれるかい?」

「えっ?! 待っ、親父殿!」


ガレオは何気なく術式が展開している転移陣に足を踏み入れた。


 今までそこにいたはずのガレオの姿がフッっとかき消えると同時に、ズドンッと地面から突き上げるような揺れに襲われる。転移陣を記した部屋は一瞬にして崩壊した。ドランクはとっさに障壁を展開し、瓦礫の下敷きになることは免れたが、屋敷内にいながら綺麗に抜けた天井から見える空の青さに呆然とする。


 その後、駆けつけた国の調査団によって崩壊した屋敷は完全立入禁止となり、身元保証人が居なくなった未成年のドランクは、王立魔導師学院の入学まで、子供の頃に居た孤児院に出戻ることとなる。


 ガレオが残した研究資料のほとんどは調査団が回収して行ったが、異世界に関する資料は異端審問会を警戒したドランクの手によって厳重に管理隠蔽していた為、見つかることはなかった。


 ドランクには義父が本当に“異世界”にたどり着けたのかどうかの確証がない。無事に異世界に渡ったと思いたいが、残された資料を元に推測する事しか出来ない。


「親父殿、生きててくれよ」


その日からドランクはガレオが完成させた“異世界への転移陣”の再構築を密かに試みるのだった。

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