記録37 名称未設定
……本当に勝てたのかどうか、あたしに確かめる術はない。
あるとすれば、この“カレン”が消えて、マイルズに絡み付く教化の光が消えた時だろうか。
あたしなら、多分、ゲームで心が折れたらすっぱりセーブデータを消して、未練を絶った上でソフトを売るなり何なりする。
それも仮定だ。マイルズが、エーヴェルハルト達が戻ってくる保証はどこにもない。
《大丈夫です。貴女は見事、カレンお嬢様に勝利なさいました》
不意に、バトラーの言葉が脳裏に刻まれた。
「あとは、貴女のほうです」
そして。
近く、背後から、執事の優しい声が。
「危ない、セレスティーナッ!」
マイルズの、刺すような怒声。
凄い勢いで突き飛ばされた。
脇腹に激痛が走った。
あまりに多くの情報が入ってきすぎて、何が何だかわからない。
あたしを押し倒したらしいマイルズが、ゆっくりと上体を起こすけど。
なぜか、すぐにまた倒れ込んだ。
よく見たら、彼の背中から胸にかけてが大きく貫通され、大量の血が溢れていた。
その傷口には、黄金の光で描いた、文字のようなものが螺旋を描いてわだかまっている。
今更気づいた。
彼を縛る教化の光が、消えていた。
「マイルズ様!」
同じ傷が、あたしの脇腹にも生じていた。
彼が、あたしへ向けられた何らかの攻撃から庇ってくれたのか。
あたしは良いけど、このままじゃ、マイルズはーー!
「……驚きました。また一層、大きくなられましたね」
執事の、穏やかに感慨を含んだ声。
我が子の成長をしみじみ噛み締めるような、あの上から目線の。
バトラーが立っていた。
手にはステッキ。
あたし達を撃ったものと同じ、金色の文字が先端で渦巻いている。
「あんたがーーッ!」
心のどこかで、わかっていた。
この執事が、何を企んでいるのか、棚上げになってたこと。
そんなの、
わかってたよ!
けど、あたし、カレン殺すだけで、ノワール・ブーケ守る事だけでいっぱいいっぱいだったんだよ!?
サタンの思惑があたしとは無関係だと、都合よく信じていないと、ホントに頭がパンクしてたんだよ!
何で?
「あたしに……何の恨みが?」
サタンは、本気で何を問われたのかわからない様子で、
「恨みなど、ございません。どうして、そのように曲解なさるのです」
少し、困った顔をした。
「セレスティーナ……」
傍らで倒れるマイルズが、ほとんど声にならない声で、けれどあたしが確かに聞き取れるように語り掛けてきた。
そうだ、こんなショボい回復魔法でも、やるだけの事をしなきゃ。
けど。
傷が、塞がらない。
試しにあたしの傷でもやってみたけど……ダメだ。
バトラーの攻撃、そういうやつか……。
「出会った当初の無礼を……お許し下さい。
貴女は……私の思って居たような……女性では……無かっ……」
何?
何、場違いな事言ってるの?
今、あたし達、サタンに襲われてるんだよ?
悠長に言うことじゃないでしょ?
バカ真面目なあんたらしくないじゃない!
「悪かったね、セレスティーナに入り込んだのが、こんな令嬢らしくない、育ちの悪い女で……」
あたしも、何言ってるんだろ。
でも、彼は今しか言えないと思ったのだろう。
あたしはそれに、今しか応えられないと思った。
“そんなこと、気にしてないよ”って、精一杯笑って伝える、最後のチャンスが今しかない、と。
そして。
「逃げろ……逃げて、生きてくれ……!」
マイルズはそれだけを言って、もうほとんど言うことを聞かない身体を、無理矢理起こそうとする。
「やめて! 本当に死んじゃう!」
まず目の前の危険を取り除こう。
あたしは、成り行きをぼけーっと眺めてたサタンへ、問答無用に滅びの奔流をぶっぱなした。
……。
光条は、真っ二つに分かれてサタンの左右を素通りした。
無理だ。
本当に、生き物としての次元が違いすぎる。
心が、完全に折れた。
どうしていつもこうなの。
あたし、頑張ったよね。
成果が伴わない頑張りに意味はないってわかるけど。
課せられたものが、明らかに不自然に重すぎるよ。
頑張って頑張って死に物狂いでカレンに勝ったら、次はガチのサタンが来た。
スケールの大小はともかく、あたしの人生はいつもこうだった。
逆ご都合主義のように、あたしを幸せにしまいとする力が作用している。
まるで、世界自体が、あたしを憎んでるみたいに感じられた。
じゃあ。
もういいよ。
そんな世界、あたしの方から願い下げだ。
けれど。
脇腹が、今さらジクジク痛む。
かなり深いところまで破れてて、血が止まらない。
「痛い……痛いよぉ……」
|こんな世界、消えてしまえ。《こんな世界、消えてしまえ。》
|けど、死にたくないよ……。《けど、死にたくないよ……。》
サタンの他に、まともに喋れる者が居ないのに。
同じ事をハモった女が近くにいる気がした。
「“このため”に、先ほどはお嬢様を狙ったのですが……結果オーライでした」
サタンが、優しい声音で言った。
そして、おもむろに空を見上げた。
大エーテルの輝く、空を。
大エーテルが、何かに呼応するかのように、生き物のように蠢いた気がした。
……気のせいではない。
「世界が消えてしまえばいい。けれど、自分は消えたくない」
「ずっとーーこの世界にセレスティーナお嬢様として生まれ変わる以前からの願いでしたね」
「ご安心ください、夏蓮お嬢様」
「その願いは叶います」
大エーテルが急速に膨張して。
世界が、その白金光に包まれた。
あたしの意識は暗転した。




