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 ……本当に勝てたのかどうか、あたしに確かめる術はない。

 あるとすれば、この“カレン”が消えて、マイルズに絡み付く教化の光が消えた時だろうか。

 あたしなら、多分、ゲームで心が折れたらすっぱりセーブデータを消して、未練を絶った上でソフトを売るなり何なりする。

 それも仮定だ。マイルズが、エーヴェルハルト達が戻ってくる保証はどこにもない。

《大丈夫です。貴女は見事、カレンお嬢様に勝利なさいました》

 不意に、バトラーの言葉が脳裏に刻まれた。


「あとは、貴女のほうです」

 

 そして。

 近く、背後から、執事の優しい声が。

 

「危ない、セレスティーナッ!」

 

 マイルズの、刺すような怒声。

 

 凄い勢いで突き飛ばされた。

 

 脇腹に激痛が走った。

 

 あまりに多くの情報が入ってきすぎて、何が何だかわからない。

 

 あたしを押し倒したらしいマイルズが、ゆっくりと上体を起こすけど。

 なぜか、すぐにまた倒れ込んだ。

 よく見たら、彼の背中から胸にかけてが大きく貫通され、大量の血が溢れていた。

 その傷口には、黄金の光で描いた、文字のようなものが螺旋を描いてわだかまっている。

 今更気づいた。

 彼を縛る教化の光が、消えていた。

「マイルズ様!」

 同じ傷が、あたしの脇腹にも生じていた。

 彼が、あたしへ向けられた何らかの攻撃から庇ってくれたのか。

 あたしは良いけど、このままじゃ、マイルズはーー!

「……驚きました。また一層、大きくなられましたね」

 執事の、穏やかに感慨を含んだ声。

 我が子の成長をしみじみ噛み締めるような、あの上から目線の。

 バトラーが立っていた。

 手にはステッキ。

 あたし達を撃ったものと同じ、金色の文字が先端で渦巻いている。

「あんたがーーッ!」

 心のどこかで、わかっていた。

 この執事が、何を企んでいるのか、棚上げになってたこと。

 そんなの、

 わかってたよ!

 けど、あたし、カレン殺すだけで、ノワール・ブーケ守る事だけでいっぱいいっぱいだったんだよ!?

 サタンの思惑があたしとは無関係だと、都合よく信じていないと、ホントに頭がパンクしてたんだよ!

 何で?

「あたしに……何の恨みが?」

 サタンは、本気で何を問われたのかわからない様子で、

「恨みなど、ございません。どうして、そのように曲解なさるのです」

 少し、困った顔をした。

「セレスティーナ……」

 傍らで倒れるマイルズが、ほとんど声にならない声で、けれどあたしが確かに聞き取れるように語り掛けてきた。

 そうだ、こんなショボい回復魔法でも、やるだけの事をしなきゃ。

 けど。

 

 傷が、塞がらない。

 

 試しにあたしの傷でもやってみたけど……ダメだ。

 バトラーの攻撃、そういうやつか……。

「出会った当初の無礼を……お許し下さい。

 貴女は……私の思って居たような……女性では……無かっ……」

 何?

 何、場違いな事言ってるの?

 今、あたし達、サタンに襲われてるんだよ?

 悠長に言うことじゃないでしょ?

 バカ真面目なあんたらしくないじゃない!

「悪かったね、セレスティーナに入り込んだのが、こんな令嬢らしくない、育ちの悪い女で……」

 あたしも、何言ってるんだろ。

 でも、彼は今しか言えないと思ったのだろう。

 あたしはそれに、今しか応えられないと思った。

 “そんなこと、気にしてないよ”って、精一杯笑って伝える、最後のチャンスが今しかない、と。

 そして。

「逃げろ……逃げて、生きてくれ……!」

 マイルズはそれだけを言って、もうほとんど言うことを聞かない身体を、無理矢理起こそうとする。

「やめて! 本当に死んじゃう!」

 まず目の前の危険を取り除こう。

 あたしは、成り行きをぼけーっと眺めてたサタンへ、問答無用に滅びの奔流をぶっぱなした。

 ……。

 光条は、真っ二つに分かれてサタンの左右を素通りした。

 無理だ。

 本当に、生き物としての次元が違いすぎる。

 心が、完全に折れた。

 どうしていつもこうなの。

 あたし、頑張ったよね。

 成果が伴わない頑張りに意味はないってわかるけど。

 課せられたものが、明らかに不自然に重すぎるよ。

 頑張って頑張って死に物狂いでカレンに勝ったら、次はガチのサタンが来た。

 スケールの大小はともかく、あたしの人生はいつもこうだった。

 逆ご都合主義のように、あたしを幸せにしまいとする力が作用している。

 まるで、世界自体が、あたしを憎んでるみたいに感じられた。

 じゃあ。

 もういいよ。

 そんな世界、あたしの方から願い下げだ。

 けれど。

 脇腹が、今さらジクジク痛む。

 かなり深いところまで破れてて、血が止まらない。

「痛い……痛いよぉ……」


 |こんな世界、消えてしまえ。《こんな世界、消えてしまえ。》

 |けど、死にたくないよ……。《けど、死にたくないよ……。》


 サタンの他に、まともに喋れる者が居ないのに。

 同じ事をハモった女が近くにいる気がした。

 

「“このため”に、先ほどはお嬢様を狙ったのですが……結果オーライでした」

 サタンが、優しい声音で言った。

 そして、おもむろに空を見上げた。

 大エーテルの輝く、空を。

 

 大エーテルが、何かに呼応するかのように、生き物のように蠢いた気がした。

 ……気のせいではない。

「世界が消えてしまえばいい。けれど、自分は消えたくない」


「ずっとーーこの世界にセレスティーナお嬢様として生まれ変わる以前からの願いでしたね」

 

「ご安心ください、夏蓮お嬢様」

 

「その願いは叶います」

 

 大エーテルが急速に膨張して。

 世界が、その白金光に包まれた。

 あたしの意識は暗転した。

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