記録33 エーヴェルハルトに裏切られた
数日、拒食症みたいになって寝込んだ。
遠見で大聖堂を覗いて、アンジェリカがのうのうと生活している姿をストーキングして、どうにかスープくらいは喉が通るまでに回復した。
あんな惨い殺し方をした相手が、何事もなかったかのようにピンピン生きている光景と言うのも頭がおかしくなりそうだったけど、やっぱり安堵感が勝った。
身勝手は、承知の上。
それで、今さら思い出した。
栄光ある教国が密かに擁する“大聖堂の恥”について。
もちろん“恥”と言うのは額面通りの意味ではない。この手の組織にありがちな、汚れ仕事専用の部署みたいたいなもんだろう。
例によって、あのゲームでの知識だ。
聖女達も、条件を満たせばその組織に加入し、様々な暗殺クエストを受注できるようになる。
単なる襲撃のみならず、毒殺とか狙撃とか落石に偽装するとか、丸腰で晩餐会に紛れ込むとか、無駄に力の入ったシチュエーションが多かったのも思い出した。
一応の乙女ゲームで何やらせてるんだか。
ベッドを使う仕事だけが都合良く存在しないのが、メーカーに残された最後の良心だったのか、聖女にそれやらせると政治的にまずいからか。
じゃあ、暗殺部隊に採用するのはいいのかよ、とも思うけど。まあ、結局はこの戦いの元々の最終目標と合致するからいいのかな。
それで、この組織で成果を挙げていくと任される最後の仕事が……エーヴェルハルトの暗殺だ。
彼が「最近ちょくちょく狙われていた」のも、これが原因だろう。
ゲーム的には、組織の支援を最大限に受けてエーヴェルハルトに最短でお近づきになる方法でもあるので、(恋愛的に)彼狙いのプレイヤーは大聖堂の恥に加入するのが鉄板ルートらしい。
……道理で聖女(候補者)とぶつかるはずだよ。
初めての実戦で、あたしは知らずのうちに危ない橋を渡っていたってことか。
でも、結果的にいい経験になった。
エーヴェルハルトにお願いして、可能な限り暗殺者の処理を任せてもらおう。
何人か殺した。
聖女、および、その候補者とぶつかることはなかった。
ある日。
花壇の手入れをしていたエーヴェルハルトに、その成果について話すと。
「……見て欲しいものがある。ついて来な」
静かにそう促してきた。
あたしの話をちゃんと聞いてるのかどうか、いまいちハッキリしない態度だな。
そして、城の外周をぐるりと回って、裏手に来て。
あの、野生の黒花と青いネモフィラの咲き乱れる場所に来た。
そこも通りすぎて、エーヴェルハルトは黙々と歩く。
何? 何なの?
このままじゃ、お城から出ちゃうんだけど。
そして、背の高い花畑が途絶えて。
目の前に、青空の色をそのまま吸った湖が広がった。
手前には、古い石造りの小さな……祭壇? みたいなものが。永年の雨風とか汚れの循環で、濃淡様々な灰褐色がまだらになっている。
それと。
「ひっ……!?」
湖の浅瀬を、誰かが数人歩いてると思ったら、
それは、ヒトの形をした、水流の塊、
あるいは水流で形作られた、ヒトのようなものだった。
「大丈夫だ。害は無い」
エーヴェルハルトが、身構えるあたしを手で制した。
ああ、少しでも怪しいと思ったら返り討ちにして殺してしまえと、あたしの身体にもう染み付いているみたいだ。
けど、じゃあ、何、コレ?
「オレの親……先代城主とか、あっちが先先代の城主」
「先代の……?」
「あっちの、真っ青なローブ着たヤツは、こん中では比較的新顔。あの、聖水魔術のピエトロだ」
ちょっと、ちょっと待って?
何をいってるの?
「彼らには自我が無い。そして、共通点がある」
「永く生きすぎた、不死者の末路が、これなんだ」
そう、“不死者の王”が静かに告げた。
「完全なる不老不死だなんて都合のいい話、やっぱ無いんだよ」
ずっと背中を向けていたエーヴェルハルトが、ここであたしに向き直った。
もうすっかり慣れ親しんだ、フランクな口調なのに、
その美貌に、初めて出会った時のような、怖さと底知れないものを感じた。
「生きられて精々100年とかの定命だと、不死と聞いて、希望しか見いだせないんだろうな。
そこのピエトロみたいなヤツからすれば、勉強し放題で、際限無く探究にのめり込めるワケで。
けど、まあ。
所詮、“真理”ってのは、人間の脳ミソには過ぎた代物らしい。
ピエトロ程でないにしても、オレの先代や先祖達にした所で。
“ガワ”だけ永遠を生きられるようにした結果が、人間と言うちっぽけな生き物にその無理を通させた結果が、この水流人間だ」
何それ。
それじゃ、死んだのと同じか、こんなワケわかんない水の身体になって彷徨う分、死ぬより悪いじゃない。
「その辺のヤツ、適当に触っても良い。どうせ、もう何もわかりはしない、歩く水人形だ」
そう促されて、どうして触る気になれたのか。
自分でもわからない。
あたしは……浅瀬に足を踏み入れて、魔術学派の開祖・ピエトロだと言うそれの、頬に触れてみた。
ひんやり冷たい。
確かに、循環する水、そのものだ。
けれど。
触った手は濡れないし、服の袖に水が染み込むこともない。
一滴たりとも、彼から溢すことはできないようだ。
流体であり、そこに固着された物体でもある。
「オレは、こうはなりたくない」
エーヴェルハルトが、あたしのすぐ背後に立っていた。
着水の音も、何もしなかった。
「勝手に聞こえるかも知れんが、オレはヒトで居たい。こんな、水流人間になど、なりたくはない」
「そりゃ……そうでしょ」
「水流人間とは、言わば“人生ゴール”しちまった気になった不死者の行き着く先だ。
オレは“終わらない”ように、あれこれ自分を変えてみたんだ」
まさか。
本当の理由は、それ?
口調が公私で全然違うのも、せっせと城の雑用に励んでいたのも。
「なあ、セレス……いや、夏蓮。
お前、この短い間でホントに変わったよ」
エーヴェルハルトが、こちらへ歩き寄ってくる。
あたしは、少しも動けない。
「オレからしたら凄く目まぐるしくて、ワケわかんないくらいで……眩しかった」
そして。
彼はあたしを、そっと抱き締めた。
「友達の娘、乗っ取られて、そんな仇は消さなきゃならんのに。結局、出来なかったよ」
あたしの頭に、優しく掌を置いて撫でてくれた。
「いつ振りだろうな? 真っ当にこんな事思ったの」
「オレはお前を、好きになってしまった」ーー私は貴公を、愛してしまった。
ぇ……?
なに、何を言って、
え?
ちょっと、ちょっと待って。
こんな時に、何言ってるの。
あたし、あたしは、やっと人を殺して、殺せるようになってこれからあんたらと三人肩を並べて城に攻めてきたあの女を一緒にブチ殺せるんだってそうしてノワール・ブーケを守り抜いて、それでーー、
違う! 今考えるべきはあたしの事じゃなくてエーヴェルハルトの事で、でもそれはやっぱりあたしの事でもあって、こんなのって無いよ、何で、何で今、こんなハグしながらそんな事言うわけ!?
そして。
首筋に、グサリと、
「ぇ……?」
何か鋭利なモノを刺された。
そこから、何だか温かい流体が、流し込まれていくような。
エーヴェルハルトだ。
ナイフとか、持ってる気配はない。
……指の爪、か。
何か肩越しにもぞもぞやってると思ったら、多分、自分の爪でもう一方の手を自傷したのかな。
エーヴェルハルト自身の血液を使って、様々な“呪い”をもたらす、彼だけの聖水魔術がある。
今更ながら、この男が不死者の王である事を思い出してしまった。
あたしの全身がにわかに弛緩して、面白いように脚が笑った。
抱きつくエーヴェルハルトが支えないと、もう自分では立っていられない。
「騙した……の……」
「さて、どうだろうな」
あたしの意識が飛んだ。




