記録31 訓練に大きな進展があった
いよいよ、あたし達には時間が残されていなかった。
カレンはまだ、山の標高からすれば五合目に到達したかどうかだけど、こちらの大ボスは過半数が欠けてしまった。
無名のボスは相当数いるけど、きっといつかは突破されるだろう。
それでもエーヴェルハルトは、一部の選りすぐりの配下だけを残して、他は本拠に戻した。
聖女にぶつかれば犠牲を強いるだけだし、最悪、教化されてそのまま敵の戦力が激増してしまうからだ。
シュニィの誕生日以降、あたしとマイルズは調練の話しかしていない。
今日も演習用の棍を手に、ぶつかり合う。
はじめこそ、マイルズに当てるなんて絶っ対! 無理! って思っていたけど、少しずつ針の先ほどの“隙”が見えてきた気がする。
……見えるのと突けるのは、別問題なのだけど。
それでも、彼の打撃を受ける腕も飛躍的に軽くなった気がする。
受けた時の、力の逃がし方も分かってきたつもりだ。
そして千載一遇のチャンス。
マイルズの振りの速度が、結構速くなっていることに気づいた。
てことは。
それだけ“力んで”いる。
あたしは慎重にそれを受け流して、勝負に出た。
棍を下から全力で振り上げ、マイルズの腕が伸びきった瞬間に合わせ、
ついにこの男の棍を弾き飛ばした!
丸腰となるマイルズ。
けど、寸止めで終わらせる気は無い。
あたしは遅滞なく踏み込み、マイルズへ殴りかかりーー棍を素手で掴まれ、あたしの身体を引き寄せられた。
そして、柔道みたいにキレイなフォームの一本背負い投げを喰らわされた。
背中から床に叩きつけられて、肺の空気が全部絞り出されたようだ。
「悪いが、罠だ」
もはや、あたし達は最低限度の言葉でテレパシーのように通じあっている。
だから、罠と言う一言で、この男の意図全てがわかった。
ーー武器を奪っても油断するな。
そう、圧倒的上から目線で教えて下さったのだろう。
あたしが、やっとの、やっとの思いで見出だした隙すらも“罠”だったんだよ。
……あったま来た。
これさ、棍の訓練だったよね? 主旨がズレてない!?
更に、間接技を仕掛けて来ようというのか、腕を取られそうになった。
あたしは。
自分の眼前からマイルズめがけ、“それ”の迸るイメージを念じた。
にわかに場の明度が飽和。
マイルズはあたしへの追撃を止めて、すぐさま退避。
仰向けのあたしが呼び出した光の奔流は、真っ直ぐ天井へと迸り、放水のように光華を弾けさせ、ついでに天井を派手に粉砕した。
セレスティーナの“身体”に内包された光の力。指輪いらずで、効果は思いのままだ。
木屑が、ふりかけのように、パラパラ落ちてくる。
……自分でやっといて何だけど、ビビった。すごい威力。というか、天井、ちょっと壊しちゃった。
材木の断面が赤熱して、何か焦げ臭いし。
まずいな、と言う焦りが頭の片隅に浮かぶけど、今は雑念を挟む余裕はない。
マイルズが離れた隙に跳ね起きて、あたしは構え直す。
対する彼は、すでに両足で立っていた。
起き上がったのは、あたしの方が、一瞬遅かった。
あたしの方が体勢を直し切れなかった一瞬、その差が明暗を分ける。
さあ、この不利なスタートからどうマイルズを叩き落とすか?
……。
…………けれど、マイルズが追撃を仕掛けてくる気配はない。
ああ、訓練を中止したんだって、すぐに察せられた。
えっと。
さすがに、怒ってらっしゃいます?
いやいやいや、だとしたら、スパルタ教育抜きにしても理不尽じゃない?
あんたが先に、ルールを破ったんじゃないの。
いや、持ってる武器しか使うなってルール、最初からなかったけれど。
わざわざ発射前に、あれだけわかりやすい“タメ”を置いたのだから、避けられるとは思っていたし、あっちも、あたしが本気で当てようと思ってないことくらいは察せられてるはずだけど。
とにかく、
「……そう。これで良い」
マイルズが、静かに切り出した。
「“今は棍の訓練をしている”……そんなものは、簡単に反故にされる。
実戦とは、敵とは理不尽なもの。
今、手にして居る武器だけが“手段”では無い。
自分も、敵も」
初めてかもしれない。
彼が、あたしに、ぎこちなくも微笑みかけたのは。
「その理解が、貴女を護る一番の武器です。常にお忘れ無きよう」
そしてその笑みは。
“安心”をにじませたもののように見えた。
とりあえず、天井を壊しちゃったので城主を呼んだ。
「あーあ。こりゃ、派手にやってくれたな。
棒の練習してて、何をどうしたらこうなるんだよ」
あきれた風だけど、怒ってはないらしい。
「申し訳御座いません……全ては、私の不徳と未熟さがーー」
対するマイルズは、慚愧に堪えないと言った様子で長々陳述するんだけど。
「ああ、わかったわかった。めんどくさいから、黙って修理の手伝いをしろ」
エーヴェルハルトは、手際よく工具を広げはじめた。
何か、本当に何でもできるね、この人。
若返ったTOKIOみたいだ。
あたしも、本当は何か手伝ったほうがって思うけど、その前に最優先で言うことがある。
「エーヴェルハルト閣下」
「うん? 何だ」
「閣下のとこに、ショーメアの暗殺者とか来ます?」
「ああ、最近はこんな情勢だし、ちょくちょく来るな。“大聖堂の恥”って言う組織が主かな」
へー、そんな名前なんだ。
で、暗殺者が入り込むくらいなんだから、目的がそれ以前の偵察部隊とかはもっと沢山来たのだろう。
にも関わらず、教国側は、城主エーヴェルハルトの、この“真の姿”を誰一人しらない。
それは逆説的に、エーヴェルハルトは城内での顔を敵に一切漏らさず今日まで来たと言うこと。
TOKIOモードを絶対に目撃されないよう手玉に取っているか、見られた相手を漏れなく殺したか、だ。
少なくとも、教国民が不死になった最近では前者を徹底しているのだろう。
別に、素の顔を敵に知られた所で、減るもんでもあるまいに。
とにかく、エーヴェルハルトは、そんなつまらない拘りを現実的に貫いている。
自分に向けられた暗殺者の動きを完全にコントロールできている。
「次、暗殺者が来たら、あたしに回してくれませんか」
「そろそろ人を殺せるようになりたいんです」
でないと、あたしは前に進めない。




