記録30 マイルズが追撃する
あの女は教化のロザリオを取り出し、ソル・デを呼び出した。
その掌にシュニィの小さな身体を預けると、自分は襲い来るマイルズに向き直った。
マイルズの武装は……背中に特大剣。これは、ソル・デのレイピアだ。
そして手にはボウガン……あの最小限に肉抜きされた形状、下級兵士用のライトクロスボウか。
文字通り、クロスボウとしては最軽量のものだ。
軽いと言うことは、取り回しの良さと誰でも使える汎用性がウリで、威力は二の次である。
こんな拓けた場所で、マイルズほどの筋力・技量があれば、携行弩のアーバレストとか持ってきた方がよくない?
ソル・デに対抗するなら、手持ち攻城兵器すらも使いこなせるでしょうに。
とは言え、こうした武器に関するあたしの蘊蓄自体、彼からの受け売りに過ぎない。
多分、何か意図があるはず。
あたしは、彼の動きに意識を集中する。
まず、取り出した矢に着目。
ギザギザの逆棘がびっしり付いたやつだ。
刺さったのを無理に引き抜けば、肉が抉れて出血多量を強いられる。
かと言って。
あたしは知っている。
マイルズは、その逆棘の鏃に毒を塗りたくっているのだ。
引き抜けば大きな血管が破れて出血し、かと言って刺さったままにしておけば毒が回る。
どっちを選んでも追い詰められる、ダブルバインド。
あの男の、サディスティックで性格の悪い本性がにじみ出ているようだ。
相手が解毒魔法を持っている可能性も、当然想定しているだろう。
けれど、戦闘中の魔法行使って口で言うほど簡単ではない。
例え無詠唱でそれが実現できるとしても、武器で斬り結ぶコンマ秒の世界では、致命的な隙になる。
解毒すら許されない、本当の袋小路を体現した悪辣な装備だ。
蘊蓄は長くなったけど、台座にセットしたそれを、マイルズはカレンに向けて撃った。
カレンはそれを、小盾であっさりガード。
マイルズは次のボルトをセットし、撃つ。
カレンはそれを、やっぱり盾で受ける。
何度繰り返しても同じだ。
やっぱ、大弓とかバリスタなら、今の盾も貫通できたんじゃないの?
逆棘にしろ、毒にしろ、裏を返せば矢の純粋な破壊力が弱いからこそ仕込むものだ。
射線に盾を合わせれば、矢は1ミクロンも刺さらないのだから、カレンは順調にマイルズとの間合いを詰めて来ている。
彼が何をしたいのかわからないけどーー次のボルトが、逆棘のない、一見して普通のものに変わったのを、あたしは見逃さなかった。
それが放たれ、カレンの小盾に着弾。
矢に仕込まれた炸薬が爆ぜた。
網膜を刺す光爆。
そうか、爆発ボルトか。
確かに、このフェイントを喰らわすなら、ボウガン本体が弱いものじゃなきゃ成立しない。
バリスタとか、いかにも破壊力のあるやつを持ち出せば、ソル・デが身体を張ってカレンを庇いに行くだろうから。
マイルズの目的は、まず、カレンを確実かつ速やかに黙らせる事だった。
発破を受けたカレンの左腕があらぬ方向にねじれ、その細身が雪原と化した大地に抛擲された。
更に、油でも仕込まれていたのか、その全身に粘りつくような火炎が纏わり付いた。
カレンは転がり、身体を焼くそれを鎮火しにかかる。
焼死までは望めないだろうけど、隙としては充分。
マイルズは、背中に備えた特大レイピアの留め具を外すと、それを槍のように構えてカレンへ肉迫する。
実際、人間が握るにはあまりに太いそれは、グリップを追加してランスとして使うしかなかった。
なら素直に普通のランスを使いなよ、と言いたくなるけど……彼なりの想いがあるのだろう。
その切っ先がカレンに風穴を穿つーーよりも迅く、本家であるソル・デのレイピアが差し挟まれた。
同じ大レイピア同士がぶつかり、同じように刀身を脈打たせ、弾き合った。
ぶつかり合った反動から先に立ち直ったのは、意外にもマイルズの方。
大レイピアを腰だめに構え、全霊の脚力での突撃を敢行。
ソル・デの脛を軽く刺したけど、刃が芯に届くよりも、巨人が跳び退く方が速い。
あたし。
マイルズから習う武器の候補に槍も入れていたので、ランスについても軽く勉強していた。
ソル・デとの体格差を思えば、間合いの格差を埋める意味では悪くない選定だろう。
けれどランスと言うのは本来、腕で振り回したり突き出したりする物ではないらしい。
馬上で構え、馬が走る勢いを利用して刺し貫く。
これだけを言えば、騎士本人は槍を持ってるだけで馬任せにしてるようにも聞こえるけど……実際はガタガタに揺れる馬上で正確に照準を合わせる技量と、そもそも4メートルを超す鉄棒を支持する筋力の両方が要求される。
とにかく。
馬が……ルッツェルンがいたなら、それができたのだろう。
それでもあえて、ソル・デのレイピアと言う名のランスを選んでしまったのは、愛馬への弔いもあったのだろうか。
よりにもよって、この大事な戦いで。
……だとしたら、甘ったれてるね。
わかるよ。
あたしにはわからない、もっと特別な想いがあるんだろうって。
けどそんなの、読んで字のごとく“知ったことか”。
実際、ソル・デが本気を出して攻めに転じると、マイルズはそれを受け流すのでいっぱいいっぱい。ジリ貧に追い込まれつつあった。
まるで、マイルズにしごかれている、あたしを見ているようだよ。
そして、カレンの全身に纏わり付いていた炎が鎮火され、あの女はゆらりと立ち上がった。
元の木阿弥。
2対1の戦況に戻りつつある。
何となく、マイルズは更なる隠し球を持っている可能性をあたしは感じていた。
けれどもう、潮時だ。
あたしは、霊体を肉眼で見えるモードに切り替えて、あいつらの前に姿を晒してやった。
《退却してください、マイルズ様》
そっけなく宣告してやるけど、やっぱり一度で素直に聞き入れる気配はない。
《もう一度言います。撤退を、マイルズ様》
「しかし、このままではシュニィまでもが敵の手に……!」
マイルズの、甲冑によろわれた爪先は、未だ油断なく間合いを測り続けていたが、
《エーヴェルハルト閣下の命でもあります》
そう、あたしは城主から伝言を託されて、これを言ってる。
ここでのあたしは、単なるエーヴェルハルトのスピーカーでしかない。
「……」
そのあたしの声を無視するのは、エーヴェルハルトの君命を無視すること。
大体にして、上司への“報連相”なく勝手に動くって、その時点で懲戒処分モノだからね?
少しは社会常識を身に付けてよ、頼むから。
《今回の事はシュニィ様の独断専行であり、この場に赴いた貴方の行動もまた、閣下の本意ではない独断専行です》
マイルズの、大レイピアの柄を握る力も増した。
手甲の軋む音が、あたしのトコにまで届くようだった。
《貴方が護るべきは、エーヴェルハルト閣下である筈です》
ソル・デが、忖度もなにもなく剣を構え直し、今にも踏み込んで来そうだった。
彼の実体化時間にも限りがある。このまま、一対二で畳み掛けなければ、カレンに勝ち目はない。
先方の揉め事など、律儀に傍聴する義理も、奴らには無い。
そして。
「…………承知、致しました……」
断腸の思いと言った調子で、マイルズは君命に従った。




