記録19 名称未設定
城にある実体の肩を、誰かに掴まれた。
遠見を切ったあたしは、すぐにその人へ向き直った。
それがエーヴェルハルトであると気付くや、あたしは彼の胸に顔を突っ伏した。
「ソル・デが、ソル・デが!」
「やられたか」
エーヴェルハルトは、あたしを更に抱き寄せる。何かから守るように。そして、あたしの頭を撫でるように手を置いた。
やられた。この場合、かなりファジーな表現だ。
殺されたか教化されたか、どちらかは訊かれなかった。
「もういい、お前は遠見を止めて部屋で寝ろ」
有無を言わさず、城主はあたしに命じた。
あたしは。
部屋で、城主の言い付けを破っていた。
漫然と耳にしていた、マイルズが行方不明になったと言う話を、どうにか消化できた頃だった。
ソル・デとレモリアの事で頭が一杯だったから二の次になっていたけど……思い返せば、彼らの出陣のほとんど直後から聞こえていた噂ではあった。
彼の事がどうでもよかった、わけではない。
エーヴェルハルトが、心配しなくて良いと言っていたのもある。
けれど、何よりも。
あたしは既に知っていたからだ。
マイルズが、何をしに行ったのかを。
結果、どうなるかも。
ソル・デを解放しろ。
超長槍を両手に、カレンを待ち伏せていたマイルズが要求する。
けれど、あの女がそれを聞き入れるはずはない。
マイルズは、実力行使に出た。
万が一、ここも歴史が変わったら……そんな一抹の不安も無くはなかったけど、この時点のカレンが逆立ちしても勝てる相手ではない。
ソル・デの事だって、卑怯なやり方でしか倒せなかったクズなのだから。
マイルズのパイクが、滞りなくあの女を串刺しにして、高らかに晒し者にした。
《もう一度言う。ソル・デを解放しろ》
生殺与奪を圧倒的に支配しているのは、マイルズの方。
けれど彼の表情にあるのは、怒りと焦燥。
対するカレンの顔には表情筋にエミュレートされた“嘲笑”というフェイスパターンのみ。
内臓を破られ、血液を滝のように失いながら、あの女は余裕然と要求を突っぱねた。
当然だ。
あの女からすれば、失うものは若干のエーテルだけなのだから。
マイルズも、もはや色んな意味で限界を迎えた。
この期に及んであれこれ喋る女の顔面にパイクを貫通させてやると、タンパク質ゴミとなった粗大なそれを地面に抛擲。
追い討ちに遺骸を何度も何度も何度も切り刻んでやったけど、そのうちエーテルに分離した肉塊が幻のように消え失せた。
誰一人、心は晴れなかった。
視ない方がいい。
そんなこと、わかってる。
それでもあたしは。
目をそらす事が出来ない。
大聖堂の庭にいる、カレンとソル・デ。
《失礼。貴方の肩をお借りしても?》
やめろ。
あんたが、あんたみたいな汚ならしい女が、座っていいとこじゃない。
《喜んで》
ソル・デに、あたしの心が届くはずもなく。
彼は軽々とカレンを手に取ると、スムーズに肩まで案内してやった。
本当に“喜んで”なの?
違うでしょ。
《もう少し乱暴に扱って下さっても構いません事よ》
黙れ。
《貴女を、粗雑には扱いたくない》
気持ち悪い。
《あら。素直に喜べば良いのでしょうか》
喋るな気持ち悪い。
《半ば本気です。ようやく、真にお仕えすべき方と巡り会えた。絶対に失いたくは無いのです》
気持ち悪い。気持ち悪い。きもちわるい。
寒いんだよ!
よくそんな寒い会話ができるね!? 神経、疑うよ!
どっちの声にも、自我はあるけど魂がない。
できの悪い人形劇。
誰も見ちゃいない、誰からも望まれていない人形劇を、真剣にやってる。
《私は、あの男とは何もかも違いますわ》
《今や、信じております》
何て皮肉だろう。
そこは、そこだけは同意できるよ。
ソル・デはきっと、強いられているわけではない。
今や、心からあの女を慕っている。
けれど。
敵味方を雑に反転させたって、本当に心変わりするなんて都合いいこと、あるわけないじゃん。
どれだけ完璧に“洗脳”したって、その無理は、綻びは必ず現れる。
こんなので満足できるなんて。
何て下等で、哀れなのだろう。
心はあっても魂のないあの出来損ないには、その真実は永遠にわからない。
だからこそ、タチが悪い。
都合の悪いものを認知できないまま、あの女は一片の曇りもなく先へ先へと進むんだ。
暴力で制圧し、殺しても止まらない。
こっちは命懸けなのに、あっちはぬくぬくとテレビゲームをしているだけ。
こんなの、どう排除しろって言うのか。




