記録17 カレンの侵攻、ソル・デの交戦
カレンはやはり、レモリアのいる燐光の沼地から攻めてきた。
“首尾よく”燐光毒の聖書も手に入れてくれたようだ。
その遺体の役目を担ってくれたのは、教国軍の神殿騎士と刺し違えた、レモリア麾下の上位魔術師だった。
そう言えばゲームで見た時は気付かなかったけど、あの場には確かに敵のものと思われる遺体もあったか。
乙女ゲームの部分は甘く華やかだったけど、死にゲーの部分は、何だかんだで陰鬱なダークファンタジーだった。
戦場では、自分が殺したもの以外でも、遺体があちこちに横たわっていた。長時間プレイしてたら、その一人一人の素性を気にしてられないほど感覚が麻痺していた。
しかし。
カレンはここで、あたしが“予見”していなかった行動に出た。
燐光毒の聖書を手に入れると、さっさと大聖堂へ引き返してしまったのだ。
真っ先にターゲットとしていたはずのレモリアには、目もくれずに。
“前回”と、あの女の行動が変わっている。
どういう事だろう?
前回と今回の違い……やっぱり、セレスティーナの中身があたしであるか否か、だろうか?
これってタイムスリップみたいなものでもあるんだろうけど、あたしの入れ知恵によって、エーヴェルハルト側の方針……もっと言えば“正史”の隅っこの、ほんの些細な事が変化してしまっている。
例えば、転生して直後、ベッドから降りたあの瞬間。
仮に本来のセレスティーナが左足から降りたとして、あたしの時は右足から降りていたなら。
それ自体は、どうでもいい差であっても、その皺寄せが最終的には大きく歴史を変えてしまうと言う仮説を聞いた事がある。
バタフライエフェクト。
あるいは、風が吹けば桶屋が儲かる。
そう考えると、怖くて心が折れそうになる。
この先は、あたしにとって未知の未来になっているからだ。
でも同時に、それは“最悪の前回”とは違う世界線になったと言う事でもある。
悪い事ではない、はずだ。
大事な情報は全て渡した。
あとは、ソル・デとレモリアを信じるしかない。
遠見であの女を監視する。
聖書を手に入れて帰還したカレンは、前回と同じくイヤリングを買い揃え、トリシアに接触。
彼女に燐光毒を使わせる方針は、変わり無いようだ。
そして、あの女がソル・デの居る白骨山道を攻めると口にしたのを見届けると、監視の目を切った。
これ以上は無駄だ。
存在自体が気持ち悪くて、必要以上に視たいとも思えない。
ここからが、恐らく正念場だ。
と言っても、あたしには結果を見届ける事しか出来ないのだけど……。
それが、本当にキツい。
あたしが一緒に行って戦えたなら、どんなに良いだろう。
…………そこまで考えて、今さら、ひとつの案を思い付いた。
けれど、それにしたって……あたしを嫌っているマイルズの協力が不可欠だった。
とにかく、今は現在に集中しよう。
カレンは、順当に殺し、殺されを繰り返しながら戦線を押し上げて行く。
ただ、“前回”に比べて殺される回数が少ない気がするのは、立場の違いからくる錯覚だろうか?
殺す手際が良すぎて、冷酷な殺人マシーンに感じられるのは、あたしの目にバイアスがかかっているから?
戦場ひとつ分の時間だ。かなり長時間のモニタリングにはなったけれど、思った以上に早く、強化結晶の坑道まで侵攻された気がする。
ノワールの鉱夫達も派遣されていた。
この土地が毒に汚染される前に、こちらの資源を少しでも確保する為だ。
彼らとて、腕っぷしは充分に強いとは言え、本来は非戦闘員である。
マイルズやエーヴェルハルトの配下である重装歩兵の騎士を要所要所に配置し、護衛させていたが、結局は彼らもカレンの奇襲を受けて壊滅させられた。
あのゲームの聖女とは……そもそも“勇者”と言ったものは、言うなれば暗殺者なのだと思わされる。
あたしらが今までヒロイックだと持て囃してきたそれらは、ラスボスと言う“要人”を暗殺する為に派遣された、アサシンだった。
それが悪いとは言わない。
けれど、性根が汚い暗殺者なら、キレイぶったヒーロー・ヒロインの顔してんなよ。虫酸が走る。そんな事も思う。
この世界に転生しなかったら、一生抱かなかった感情だろう。
そして。
とうとう、カレンがソル・デの居る屋外に辿り着いてしまった。
周囲には、彼があらかじめ突き立てた無数の巨大レイピア。
あたしの心臓が、バクバク乱打しはじめた。
息が浅くて、苦しい。
カレンは、白金色に刻まれた召喚サインに触れると、トリシアを喚び出した。
二人連れだって、坑道から出た。
これ見よがしに、宝箱が置いてある。
躊躇うトリシアをあしらいながら、あの女はそれを平然と開け放つ。
気化したソル・デが宝箱から飛び出すと、即時、固体化してカレンの居る位置を踏み潰した。
白々しくも、それを回避するカレン。
ソル・デは、表向き定石の行動を取る。
その体格差でカレンを圧倒しつつ、変幻自在に煙と化してレイピアを手にする。
トリシアの事は相手にしていない風で、カレンに斬り付ける。
トリシアは、後方からひたすら燐光毒を放水し続ける。
自分が、この土地の鉱脈を汚染していると夢にも思わず。
目先の脅威に“魔法攻撃”を当てる。
その程度の、現実とゲームの区別もつけられないバカさ加減で。
これ、あたしが言えた義理ではないよ。
でも。
無知は罪だよ、トリシア。
燐光毒の放水が、ソル・デの横っ面を打ちのめした。
彼は衝撃で軽く唇を切ったけど、それだけだ。
重戦車みたいな頑強さが頼もしい。
そして。
《そろそろ、毒が回った頃合いですかね》
ソル・デが、あたしにだけ聴こえるように呟くと、
さっさと気化、トリシアの側まで移動して固体に戻ると、近くのレイピアを引き抜いた。
《ぇ……?》
後衛から狙う。
各個撃破。
当たり前のことでしょ。
慌てて身を翻し、逃げるトリシア。
ソル・デが、雷速で踏み込む。
歩幅が違う。筋肉のバネが違う。リーチが違う。
レイピアはトリシアの胴体の広範囲を穿ち、串刺しにされた彼女は首級のように掲げられた。
そしてレイピアごと叩き付けると、トリシアの絶命を見届ける間もなく気化。
ソル・デを仕留める秘策が破綻したカレンが何を思ったのか。
その顔からは知れないし、知りたくもない。
あの女も、トリシアよりは粘ったけど、最後にはステップ直後の僅かな隙を突かれて串刺しにされた。
そのまま、トリシアの末路を踏襲するように地面へ叩き付けられて、あの女は死んだ。
もうすでに、あたしにも、結構なグロ耐性がついていたみたい。
まして、人形がボロクズにされたくらいで騒ぐほど、元々ピュアな女でもない。
……トリシアの事は、なるべく視ないようにはしたけど。
とにかく、ソル・デの勝ちだ。
未来は、変えられたんだ。




