記録12 離宮襲撃作戦の会議
大エーテルを出して、“神”に成りすまして大演説をぶちあげて。
そろそろ、一仕事終えた頃だろう。
自室に戻ったあたしは、どこにいるともわからないバトラーを呼びつけた。
執事は、全く気後れした様子もなく、さっさとあたしの前に実体化した。
「どうして、こんな事をするの」
色々と押し殺しながら、あたしは彼に詰め寄る。
彼は一歩たりとも動かないので、結局あたしが、そこそこの所で足を止めなければならなかった。
「……そうしなければ、ならないからです」
勿体ぶってるのか何なのか、バトラーはようやく弁明らしきものを発した。
「どうして」
「私は“それを行ったサタン”の座に着いた、サタンだからです」
「別にやる必要を感じていないって言うの」
「左様でございます」
「じゃあ、やめとけばよかったでしょ!」
「不可能なのです。……あえて“出来ない”と言う言い方を避けて“不可能”と言う言葉を選んだ意味を、汲んでいただけると幸いにございます。
何と言いますか、意思に反してやらされたと言うよりは……“やった後に、そこまで必要ではなかったと気付いた”」
あれか。
このサタンは限りなく原典に近いサタンであるけど「あたしが一週目をプレイした時のカレンに選ばれたサタン」でもある。
本来なら、そんな小娘は相手にもーー認知すらされなかっただろう。
けれど、ゲームの中で「聖女カレンがサタンエンドを迎えた」事実へと収束するために、サタンは与えられた役割を遂行するしかなかった。
因果ならぬ“果因”。
“因”の後に“果”があるのではない。
“果”が先にあって“因”は後からついてくる。
あのサタンでさえも、確定した運命には抗えない。
大エーテルを教国に降臨させたのも、一週目のエンド、そして“あたし”を認識した事と同じ理由なのだろう。
……これ以上、このヒトを問い詰めるだけ無駄みたいだ。
このヒトが、ゲームの中のサタンとして振る舞わないといけない制約に縛られているのは分かった。
けれど、その範囲外で何かを企んでいる事とは別問題。
今は……それを詮索している時では無かった。
遠見の能力で、あたしは“目”を飛ばした。
どこへか? ショーメア教国だ。
大エーテルと言う、丁度いい目印もある。
この能力、依然、あたしにとっては、わけわかんないものだ。
霊体とは言っても、万が一捕まる事はないのか。頭の片隅で不安が浮かびかけたけど、それ以上の焦燥が勝った。
造作もなく、“聖女”候補者の集められた礼拝堂にたどり着いた。
身なりのまるで違う6人の女が、教皇から小難しい話を受けている。
その中に……いた。
紫の、仰々しいドレスを着た……悪役令嬢カレン。あたしが、あのゲームで作ったキャラクターの、実写版が。
アレを操作していたあたしは、ここにいる。
けれど、アレには確かに自我があるらしい。
他の聖女候補者ともども、確かに生きているようだ。
けれど。
その、順当に傲慢そうな性格の滲み出ている顔からは、人間味があるのに……何かが足りない気がした。
ーー自我はあるが、魂がない。
どこかで、誰かがそう言われていたのを、聞いた覚えがある。
エーヴェルハルトが、幹部を召集した。
「先手を打って、ショーメア教国を攻める」
さらりと、簡単に言う。
「暗殺、か」
レモリアが、主君の言葉足らずを補った。
「そうだ。聖女候補者の集められた離宮を奇襲し、徹底的に殺す。何度蘇ろうと、な。
不死を得たとは言え、奴らは所詮、付け焼き刃」
本物の不死者は、言うことが違う。
「この前、閣下が殺った司教とか、完全にPTSDになったらしいね。今のところ、トラウマに苛まれてまともに生活が出来ないようだよ」
昨日まで“死ねば終わり”だった生き物が、惨殺されて生き返れば、その精神はどうなるのか。
あたしだって、きっとそうなるだろう。
「そうだ。奴らのうちの誰かが正式に聖女となれば、いよいよオレ達は危なくなる。
そうなる前に、奴らの心を徹底的に折る。
その後は教皇ら、上位の坊主どもだ」
聖女達の初陣となる、離宮襲撃。
ノワール側の作戦の立案は、こうして行われていたのか。
「シュニィ……と言いたいが、お前は戦力としては最強だが、細々とした事が苦手だっけな。
マイルズ、頼めるか?」
心臓が、止まったかと思った。
遅れた鼓動を取り返すかのように、バクバクとあたしの胸中が乱打される。
「はっ。仰せのままに」
「ダメ!」
考えるより先に、あたしは鋭く叫んでいた。
あの場に居たのは“悪役令嬢”のカレンだ。
それはつまり、アレは“二週目”のあたしである事を意味する。
「……どう言うことだ、セレス」
エーヴェルハルトが、静かに返した。
「そのっ、聖女候補者の中に、とても強いのがいます! カレン、カレン・クレイっていう!」
しどろもどろの中で、必要な情報を必死に押し出していく。
「カレン・クレイ……」
エーヴェルハルトが、吟味するように繰り返した。
今にして気付いた。
あたし、一度、日本人としての本名を彼に名乗っている。
暮井夏蓮と。
さっと、血の気が引いた。
これでは、教国とあたしが繋がっていると言ったようなものだ。
エーヴェルハルトは、
「……クレイ大司教の娘だったか。スパイに調べさせた中にもその名前はあったが、武才も魔力も候補者の中で一番ショボいと聞いたぞ」
別の意味で、あたしの意見に異を唱えた。
「いいえ! このままでは、あの女は、貴方たち皆を“教化”して、この領地を奪ってしまう!」
「そうならない為に、私が教国へ赴くのです」
慇懃ながら、刺のある声でマイルズが言ったけど、
「マイルズ様一人ではダメです! あの、カレンには全員でかからないと、確実には勝てない!」
「なるほど、この城の主力を全て出払わせて、閣下の身辺を無防備にしようと言う魂胆ですか」
マイルズの目に、敵意が増幅していくのがわかった。
「まあ、そう考えるのが普通だね」
レモリアまで、無感情に言った。
「違う!」
そう叫んだ所で……確かに、誰も信じやしないだろう。
けど、このままでは、マイルズが負けて捕らえられるか……モノにならないと思われたら、最悪、殺されてしまう。
今、あの“カレン”を消さないとーー。
「わかった。セレスの案を採用しよう」
意外な所から、意外な言葉が軽々飛んできた。
「閣下!」
「マイルズ、レモリア、ソル・デ、シュニィ。お前ら全員で、聖女候補者どもを叩き潰してこい」
「それでは、閣下の御身がーー」
「オレを誰だと思っている」
うっ、とマイルズが息を詰まらせた。
第一、エーヴェルハルトの側にいると一番戦力のダウンするマイルズには、それ以上の反論もできないみたい。
「かしこまりました。我ら四人で、必ずや戦果を挙げて参ります」
ソル・デが言った。
マイルズの反発が、これ以上差し挟まれる余地を無くすように。
シュニィも、無垢な笑顔で頷いた。
この子を見ていると、これから人殺しをしに行くとは、とても思えない。
「承知、致しました」
マイルズも、渋々と言った面持ちで、ようやく了承した。
……けど、全員で行ってくれと言うあたしの意見が聞き入れられて、いくらか安心した上で彼の事をじっと見てたら……もうひとつ、思い出した!
「マイルズ様! 馬のルッツェルンは置いていってください!」
「……何?」
ただでさえ疑念に満ちた彼の顔に、ますます怪訝そうな陰がさした。
「その名を、何故、貴女が存じて居られるのです。私は、教えた覚えは無い」
うっ、そうなの、セレスティーナ!?
あなたも大概、この男に信用されてなかったのね!
って、自分の身体に訊いたって答えが返ってくるはずもない。
「…………そうか、あの夜に感じた気配は気の所為では無かったのか」
まずい、遠見で覗いていた事が、ほぼほぼバレた。
「愛馬を伴わねば、私の戦力は落ちる。聞き入れる道理が御座いません」
暗に、あたしがマイルズを弱くして、謀殺しようとしているとでも言いたげだ。
ホント、嫌な男!
馬から先に狙われるんだよ!
何でそれくらい、想像できないの!?
馬なんてあんたより遥かに弱いし、背中に乗せているあんたごと転倒させれば、簡単にトドメを刺せるから!
…………けど、それをどう説明する?
あたしは遠見の能力者だけど、予知能力者では無い。
たまたま、先の事を知っているだけだ。
それでは、今現在、この世界線に生きる人達を納得させる事はできない。
さすがに、エーヴェルハルトもそこまであたしの言葉を鵜呑みにする気はないらしい。
今度は、何のフォローもなかった。
本来、それが当たり前か。
そして、史実通りに。
“最初の戦い”へと赴く四人を、あたしは何もできずに見送るしかなかった。




