記録11 開戦の瞬間に立ち会って
今や、あたしがゲームの世界に転生したと言う事実から目を背ける気は起きなかった。
他の“信じたくない事”が、入れ替わりのように、あたしの思考に居座り出した。
全ての出来事が、あのゲームの本筋を踏襲している事だ。
教国は、それは順調に、あのゲームの“正史”をトレースしていた。
まず、“神”を騙るサタンの啓示が下された。
《人の子らよ。此度を以て、そなた達の生まれ、死にゆく輪廻の摂理を廃する事とする。
“エーテル”ある限り、教国の民が死ぬ事は無い。
但し、新たな命が生まれ来る事も無い。
選ばれし者達よ。“聖女”を見出だせ。
理想郷を創り、悠久を生きる資格を示せ》
そして、都合のいいスピーカー扱いされてるとは夢にも思っていない、由緒あるアホな教皇がもっともらしくぶちあげる。
神選の時は来たり。
“聖女”達よ、闇に生きる不浄のノワール・ブーケを裁きたまえ。
エーヴェルハルトは、何を考えているのか。
ノワール・ブーケの四幹部を交えた会議に、あたしも同席させていた。
あたしを敵視するマイルズの視線が、何となく痛い。
これでエーヴェルハルトへの忠誠がぐらついてないか、そっちの方が心配だよ。
もう、何であたしなんかを、こんな場に呼んだの。
「単刀直入に言うと、考え得る最悪の状況だよ」
レモリアが、穏やかに容赦なく言った。
「限定的な条件があるとは言え、教国の民の全てが不死となった」
彼の言う“限定的な条件”と言うのは、復活にエーテルを必要とする事、かな? やっぱ。
あたしも、元の世界では軍事とか詳しかったわけじゃないけど……多分、この世界は地球に比べて“兵力全体に対する、いち個人の比重がとても大きい”と思われる。
つまり、めっちゃ強いのが一人いたら、それだけで“戦略”がぐらつく。
一騎当千だとか無双だとか、ネットで冗談のように持てはやされていた要素が、この世界では誇張でも何でもなく、モロに影響する。
蘇生用エーテルの安全マージンにさえ気を付ければ、そんな“勇者”が何度でも攻めてくる。
マイルズ、レモリア、ソル・デ、シュニィ。
こちらの幹部は、それこそ一人で千の兵士を屠る超越者ばかりだ。
特に、シュニィ一人いれば、何人の“勇者”が生まれようと、虫ケラのように踏み潰されて終わるだけだった。
よしんば、それらを乗り越えても、総大将のエーヴェルハルト自身が永き年月を生きた不死者王だ。
だからこそ、先日までの均衡が保たれていたのだ。
どんな歴史的英傑が生まれようと、踏み潰されてしまえば無に帰っていたからこそ。
手始めに、大聖堂の司教が使者として遣わされた。
城主エーヴェルハルト御自らが、正門で出迎えた。
迎え入れる準備はおろか、ついさっきまで、シャツ一枚で屋根の補修をしていた事はおくびにも出さない正装姿で。
「これはノワール・ブーケ城主、エーヴェルハルト卿。先の、神による啓示は聞き及んでおられるかと。非効率的な事はこの際ーー」
目にも止まらぬ速度で抜刀されたエーヴェルハルトの宝剣が、司教を縦一文字に両断した。
…………。
……ぇ?
司教の身体に押し込まれていたモノが、躍り出るように地べたへぶちまけられて。
司教を護衛していた神殿騎士だとか、補佐役の高級聖職者達が面白いようにテンパって。
「何を騒ぐ事があろう? 貴公等は、どうせ死なぬのであろう」
エーヴェルハルトの、重く支配的な声が、あたしの耳には遠く聴こえる。
「如何様に惨殺されようとも、な」
「貴様! 使者を斬ると言う事が何を意味するかーー」
「問われる迄も無い。矮小なる愚民共よ」
あたし、レキジョとか、そう言うのじゃなかったけど。このくらいの常識は、さすがにわかる。
古今東西、使者を斬る君主と言うものはそう多くは無い。
何故って?
それをやってしまった国に“和睦”と言う選択肢は消えるから。
それ以降、どれだけ戦況が、立場が悪くなろうとも殺るか殺られるかの二択しか選べなくなる。
「去れ。貴国との外交の余地は欠片も無い」
無感情に宣告すると、同時に、神殿騎士達の持つ武器が全部壊れた。
あのゲームと同じだ。エーヴェルハルトの周囲では、味方でさえも一切の帯刀を許されない。
「帰還の手間を省いて進ぜよう」
エーヴェルハルトは目視不能な速さで使者の一団に襲い掛かった。
神殿騎士だって、地球のトップアスリートとかってレベルじゃない超人だろうし、お付きの司祭だって凄腕の魔術師・神官揃いだろうけど。
次々に首をはねられ、胴体を輪切りにされ、顎から脳天を刺し貫かれた。
これでわかった。
このエーヴェルハルト、普段の性格こそあのゲームとは180度違うけれど……強さはそのまんまだよ。
使者達はあっという間に壊滅し、空に浮かぶ大エーテルと同じ色の光となって中空に消えた。
あたしは。
もう、限界だった。
「ぅ、く……ぇぇぇっ……けほっ、けほっ」
今朝食べた、エーヴェルハルト手作りのご飯だとか、黒塗り茶葉の紅茶だとか、そんな有象無象が中途半端に消化された流動物を、その場に吐き散らした。
「セレス!」
何がセレス! だよ。今さら。
こっちは、グロ耐性、全く無いんだよ。
死体なんて、実家のおじいちゃんが亡くなった時、綺麗にされて棺に入ってたのしか、見た事無かったんだよ。
それか、犬のミツルが老衰で健全に亡くなった時か。
「すまん、セレス」
謝られたって、どうなるよ。
「こうするしかない。降伏は、この領地全ての民を殺すのと同義だ」
わかってるよ。そんな事くらい。
大体、何?
今、殺された人達、この後、教国で生き返るの?
何事も無かったように?
何それ。気持ち悪い。
……もう嫌だ。
転生して、この城でどう立ち振る舞うかってだけでとっくにキャパオーバーだったのに。
「レモリア! セレスを寝室へ! お前が付き添ってやれ!」




