記録09 遠見と、マイルズの一面について
念じて、遠くを見る。
火の魔法の時と同じだ。
やれと言われてみれば、やれる確信があった。
あたしはまた、窓の前に立って、目を閉じた。
ーー自分の目と意識が、外へ飛んでいくイメージ。
視界が、窓の外へ飛び出した。
まさしく、幽霊になって身体を抜け出して、空を浮遊しているような感覚だ。
空に浮かぶ真っ白な月以外、ろくな光源の無い夜。
それだけに、まだ活動している数少ない人の出す光だとか音がわかりやすかった。
やっぱ、リーダーとか中間管理職が遅くまで働かされるのは、どこの世界も同じなのかな。
「試しに、気になる所をご覧になってはいかがでしょう?」
肉体の方の耳に、バトラーの声が聴こえた。
「なんか、盗撮っぽくないですか? それ」
あたしも、肉体の方の口で応えた。
「ええ。ですから、霊体は不可視にする事をおすすめします」
あー、ゲームでのセレスティーナの霊体は肉眼で見えてたね。
見えるか消えるかを、切り替えられるのか……、
「……じゃなくて!」
「目下、お嬢様にとっては数少ない特殊能力にございます。
ここでの日々は、平穏ながらも、着実にお嬢様の命運を左右する出来事の連続。
命懸けの戦いは、始まっております。
手段を選んではいられません」
そんなヤバい世界にあたしを持ってきたのは誰だよ。
とは言え、城内にはあたしの存在を面白く思わない人も居るのも確かだろう。
バトラーの言う通り、背に腹は代えられない。
とにかく試運転だ。
自分にそう言い聞かせて、あたしは霊体で飛び出した。
とりあえず、覗き見てもやましくなさそうな、馬の厩舎を見学する事にした。
庭でのデートとかを覗くのはまずいけど、馬の世話くらいなら覗かれて困るものもないでしょ。
さて、何人かの調教師っぽい人達が馬を世話してるけど……、
《げっ、マイルズ》
思わず呟いてしまった。
「ん?」
黒い馬を世話していたマイルズが聞き咎めたらしく、辺りをキョロキョロ見回している。
まずいまずい! 霊体での声って、思った以上に思考とダイレクトに連動してるのね。
そして物理的な音では無いから、例え滝の側みたいな爆音まみれの所でも、しっかり届いてしまうのだろう。
「……ああ、済まないルッツェルン。俺の気の所為だ」
ほっ。
気のせいだと思ってくれたみたい。
不安そうに耳を動かす馬に、マイルズが優しく語りかけた。馬の方にも、あたしの声が届いてしまったのだろう。
それにしても、あの馬は“ルッツェルン”と言うのか。
真っ黒な毛並みと筋骨隆々の体つき、そして180センチはあろうかと言う体高。
そんなメチャクチャ強そうな馬が、マイルズになだめ、撫でられてようやく落ち着きを取り戻したらしい。
性格は、意外と臆病なのかもしれない。
さて、馬を落ち着けたマイルズは、彼の部屋の掃除に取り掛かった。
おが屑の寝床を一度箒で掃き、露出した床を丁寧に拭き掃除。
そして、指輪をした中指を立てると、部屋中の水分と思われるものが集結。それは、汚れた水球となってマイルズの指先に浮かんだ。
マイルズが、外へ放り投げるような手振りをすると、水球は本当に放物線を描いて飛び、地面に落ちて砕けた。
脱水の聖水魔術ってとこだろうか。
それを何度も繰り返して、地道に除湿している。
……扇風機でもあれば楽なのにね。
掃除が終わると、古いおが屑は堆肥にでもするのか、大きなゴミ箱みたいなものへ。
入れ替わりに、新しいおが屑を敷き詰めて、寝床を再度作ってやった。
そして、馬自身もお湯で丁寧に洗ってあげている。
湯冷めしないよう、タオル? のようなものでしっかり水気を拭い去る事も忘れていない。
その後、ブラッシング。
至れり尽くせりだな、と思ったけど、馬は毛並みが汚いと皮膚病になってしまうって、どこかで聞いた事がある。
そしてもっと大事であろう、蹄のケア。
チクチクの、針みたいな器具で蹄の裏についた泥や小石を除去している。
そして、ご飯の時間だろうか。
大きな桶に、乾燥した牧草を山盛りにして置いてあげると、ルッツェルンは嬉しそうに飛び付いて、貪り出した。
……こう言う時は、どの世界のどの生き物も同じだな、と思う。
また、マイルズは部屋の中に吊るしてあった何かを取り替えた。
白い、石のような塊だ。
これは……ルッツェルンが牧草の合間に舐めている所を見ると塩……岩塩だろうか。
確かに、草だけだと塩分が不足してしまうだろう。
「明日も、宜しく頼む」
ルッツェルンを愛おしそうに撫でると、あたしに対しては勿論、ゲームのボイスでも聞いた事の無い、とても優しい声で言った。
あたしは、その場から霊体を離れさせる事にした。
「もうよろしいのですか」
バトラー的には早い帰りだったのだろうけど。
「ええ、今日はもう充分です」
何か、色々疲れた。
遠見の能力については、大体わかった。
あのゲームみたいに射程距離無限だとするなら、ノーリスクでこの世界の見たい所を見に行ける能力。
つい先日まで、平穏な現代日本で生きていたあたしには手に余る能力だけど、だからこそ、これから駆使しないといけないのだろう。
それで。
副次的、付帯的にわかってしまった事の方が、今のあたしの気を重くしている主な理由である。
馬に関してズブの素人のあたしには、あの飼育法が現実的に正しいのかはわからない。
けれど、ルッツェルンは確かにああして日々、マイルズによって健康を維持され、生かされている。
少なくとも、ゲーム内であそこまで馬のために描写されていたのを見た事はないし、Night&Knight社がそこに力を入れていたとは、とても考えにくい。
……世界による補完作用。
愛馬を駆って戦うマイルズ、と言う“ゲーム内のシーン”があり、それは形而上の実体として存在していた。
その実体へと収束するために、マイルズとルッツェルンはこの世に生を受けて、出会い、世界では馬の飼育法が確立されて、あの関係が築かれた。
そして何より。
マイルズは、本当にルッツェルンを愛しているのだな、と気付かされてしまった。
確かに、戦闘時の信頼関係を作るには自ら世話をする必要はあろうけど……ある程度は使用人に任せてもいい仕事のはずだ。
あそこまで、全部自分でやっているとなると、どれだけルッツェルンを大切にしているのかが嫌でも伝わってくる。
あたし。
あのゲームで、毎回、ルッツェルンを狙っていた。
“落馬した敵は一定時間ダウンし、致命の一撃を仕掛けるチャンスである”と言う“攻略”のためだけに。
馬なんて、オマケにしか思ってなかったよ。
……こんな世界が実在するなんて、知らなかった。
ルッツェルンに、何事も起きないで欲しい。
この世界の住人になった今、それを強く願う。
あたしがゲームとしてプレイした世界線にも実体があって、“カレン”と言う無感情の殺人マシーンによって、その世界のルッツェルンは殺されていったのだろう。
あたしは、いつだって身勝手だ。
自分の立つ世界線での都合でしか考えられない。




