記録08 元のセレスティーナについてと、その能力
あっという間に日が落ちて。
この世界にも夜が来た。
窓の外は夜闇に閉ざされ、黒い草木の陰影が僅かに見えるだけだった。
「バトラー。こっち来れます?」
窓を眺めながら、無造作に呟いてみた。
確信があるわけではない。
ダメ元で、独り言のつもりで言ってみたら。
窓に反射する室内の景色に、人影が増えた。
「お呼びでしょうか」
ホントに現れたよ。
「元々のセレスティーナについて、教えてくれますか」
単刀直入に訊いた。
城主らには、もう中身が違うって事はバレてるので、なりすます意味もないけど……やっぱり、この身体の本来の持ち主だ。知っておくに越した事はない。
それに、状況全てを俯瞰して、客観的に評価できる立場にあるのは、このサタンだけだし。
「そうですね……一口では、不明な点が多い方、と言いますか」
えっ。予想外に使えない答えが返ってきたよ。
「より正確には“存在が穴だらけすぎて、定義が難しい程の空虚”と言いますか」
エーヴェルハルトの言ってたセレスティーナ評が、また思い起こされた。
空っぽって、言ってたっけ。
「知的生命体の思考した数だけ世界がある。思考が及ばなかった部分は、世界そのものが欠落を補完しようとする。
この事は、以前お話ししました。
端的に言えば、セレスティーナお嬢様の存在とは“最後の敵”としてしか“想像主”に定義されていなかったのです」
そう言えば、ネットでセレスティーナと言う“キャラクター”の生まれた経緯を読んだ事がある。
開発当初、ラスボスは普通にエーヴェルハルトだった。
けど、そのエーヴェルハルトを倒してしまえば、その周回のゲームは終了してしまう。
そうなると、エーヴェルハルトに惚れ込んだユーザーから反発が出るのは間違いない。実際、あたしが嫌いだっただけで、彼の世間での人気はトップクラスだった。
トロル鍛冶屋のエリオットとかの、ちょっとしたNPCが攻略不可能だっただけで、結構な炎上騒ぎになったくらいだ。
エーヴェルハルトを倒した後でも恋愛AVGパートはプレイし続けられるようにすれば良かったのかも知れないが……その辺りはまた、開発側の事情が何かあったのかどうなのか。
とにかく、大多数の乙女プレイヤーが“ラスボス”として納得できる“落とし所”を模索した結果が、セレスティーナであったらしい。
プレイヤーのヘイトを受ける役回りとしても、同性の方が適任だと思われたのだろう。
「つまり、メーカーがエーヴェルハルトに代わるラスボスを慌てて、ぞんざいに設定したから、この世界でのセレスティーナは空っぽな人格になった?」
あたしの問いに、バトラーは冷然と頭を振った。
「ぞんざいに設定されただけであれば、世界が補完します。この城内一つとっても、使用人達一人一人はちゃんと生きていたでしょう?
何なら、誰かに命じて、その者の一日の様子を観察して頂いても構いません。
また、朝方、お嬢様はエーヴェルハルト閣下にこの城の歴史を質問なさったでしょう?」
やっぱり察知していたのか、下手をすればどこかから見ていたのか。どちらにせよ、助けてっつったのに、シカトしたな~?
もういい、本題を優先しよう。
「……あの人は、このお城が建てられた年代、様式、基礎とか鉄骨の構造まで説明してくれました」
「それらは全て、閣下の出任せではありません。西棟に図書室がありますから、思う存分調べていただいても構いません」
「遠慮しておきます」
「とにかく、想像主が考えなかった細部については、世界が矛盾を生じないように作用し、補完されています」
「それでは、どうしてセレスティーナは“空っぽ”だったのですか?」
老執事の顔が、優しげに微笑んだ。
「お嬢様。“空っぽ”と聞いて、廃人みたいな状態を想像なさっていませんか?」
当たり。
てことは、あたしの想像が的外れなのか。
それを踏まえると、やっぱりムカつく微笑みだな。
「元のセレスティーナ様にも、問題なく世界の補完する作用が働いておりました。
意志疎通は他の方々と変わり無く出来ますし、精神的に何ら不自由はありませんでした。
普通に生きていく分には、外見上、他の方々と変わり無いまま生きて、死ぬべき時に死んだのでしょう」
自分から振っておいて何だけど、この執事との会話は凄くダルい。
いやまあ、世界の仕組みを、あたし程度の脳ミソでも理解できるよう最大限に噛み砕いてくれてはいるのだけど。
セレスティーナは“空っぽ”である。
しかし、精神的には普通の人々と変わらず、コミニュケーションが可能。
矛盾してない?
「セレスティーナお嬢様の言葉や振る舞いには、明確な自我がございました。
しかし……この辺の差異は微細過ぎて、説明するのが本当に難しいのですが。
そう、エーヴェルハルト閣下やマイルズの坊ちゃまがセレスティーナお嬢様を評したお言葉に、しっくりくるものがございます。すなわち、」
「自我はあるが、魂がない」
ホント、わけわかんない。
魂って言えば、スピリチュアルな事が何でも解決するとお思い?
「恐らく、セレスティーナお嬢様の場合、“強烈な指向性を持つ設定”をぞんざいに付与された事が、災いしたのかもしれません。
聖女にとっての最後の敵。
父は、太陽の不死者、“日蝕公”メルヒオール。
母は、月の半神。
これだけを見て、お嬢様はどうお感じになられましたか?」
うーん。
「なんか、凄そう?」
また語彙が貧弱で悪かったね。
でも。
ああ、何となくバトラーの言わんとした事がわかったような。
太陽の不死者って、何? 日蝕公って?
月の半神? えらいスケール大きいけど、具体的にはどんなの?
「私も後学のために、死にゲーのパイオニアたる、ソウルシリーズは何作かプレイ致しました」
マジっすか。
サタン御自らゲーム機とテレビの前に正座して?
「始めたての頃、チュートリアルのボスに何十回ゲームオーバーにされたか……そこは思い返したくもありませんが」
ゲームの巧拙にサタンの力とか関係ないのか、元祖死にゲーがそれ程までに理不尽なのか。
どちらにせよ、この老執事は死にゲーについてある程度の造詣は身に付けたらしい。
「私の個人的なトラウマはさておき、死にゲーと言うのは伝統的に“プレイヤーに最低限度の情報や痕跡のみを与え、全てを饒舌には語らない”傾向にあるようですね」
そうそう。
他のRPGみたいに、主人公や敵が懇切丁寧に全部の状況を説明してくれるわけではない。
例えば祭壇で魔剣を刺されて死んでいる遺体があったとして、アイテムとしての魔剣の解説文だとかから、何となく推理するしかないのだ。
「ソウルシリーズのFソフトウェア社によって生み出された世界線は、思いのほか安定した世界でした。
これは、ゲームと言う媒体で多くを語らなかっただけであり、シナリオライターの中では確固たる論理が構築されていたからなのでしょう」
確かに。
考えを伏せておく事と、何も考えていない事とは全く別だ。
そして、闇と光のキセキの場合、少なくともセレスティーナに関してはーー。
「セレスティーナお嬢様にまつわる“設定”は、あまりにも大スケール、かつ、曖昧。
さしもの“世界による補完作用”も追い付かなかったのでしょう。
お嬢様の住んでいた地球ーーひいては太陽系とて、同じです。
完全無欠なようでも、時々、納得の行かない事象はあったでしょう?
細部までつぶさに見ると、思いのほかバグだらけなのですよ」
だからか。
“あたし”の容れものとして、このセレスティーナの身体が使われたのは。
「それがある日、夏蓮お嬢様のような情感豊かな人格に擦り変わっていたら……閣下には一目で看破されるのも道理でしょうな」
笑えない冗談。
いや、冗談のつもりは更々無いのか。
「ただ一つ、確かな事がございます。
ゲームとしてプレイしていた際、何度かセレスティーナお嬢様とは遭遇しているはずです」
そう言われて、直近の悪役令嬢プレイを軽く思い返す。
「……ほとんど、幽体って言うか、幻の姿と声を一方的に送ってきただけだったけどね」
「左様でございます。
すなわち、セレスティーナお嬢様の持つ“遠見”の能力は、明確に描写されていたものです」
つまり。
それを、今のあたしが使えると言うこと?
でも、何のために?




