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記録07 ソル・デとの質疑応答

 途方もない筋肉がぎっしり詰まった超質量の巨人が、突然ふわっと消え去った。

 いや、正確には煙みたいな、微粒子混じりの気体が漂っている。

 ああ、ソル・デってランプの魔人みたいに自在に気化出来るんだっけ。

 そろそろ、非常識に対する感覚が麻痺してきたよ。

 人間の心って強靭に出来ているんだと、改めて思う。

 けど、そう言えば、この人、どうやってこの食堂に入れたのかは少し疑問ではあった。

 それで、城主はバトラーにも先導を命じて、あたしがソル・デの煙を見失わないように配慮してくれた。

 

 黒い草木に彩られた、モノクロ調の庭に出た。

 庭師や使用人達、そして、あたし達のもつ色だけが、ひときわ浮き彫りになっていた。

 さっきより、少し日が高くなってきたみたいで、徐々に明るくなってきた。

「それでは、私めはここで」

 何食わぬ顔のバトラーがさっさと去ると、煙になっていたソル・デが元の姿に実体化した。

 そして、深々としゃがみこむと、なるべくあたしの目線に近付こうとしてくれて。

「外をご案内致します。私の肩にお乗りになりますか?」

「ぇ、あ、は、はい」

 何かを勧められると焦って、YESを即答してしまうのが、あたしの悪い癖だった。

 遅れて、ソル・デの言った意味が腑に落ちた。

 あの、高い、吹き曝しの上に乗るって事だよね?

 もし落ちたら。良くて大怪我、打ち所が悪ければ転落死だよね?

 闇と光のキセキをはじめとして、死にゲーで転落死って言うのも珍しくはない。

 ゲームをプレイしていて、時には敵に襲われたわけでもない、何でもない所から落ちて死んだ事もある。なんともシュールと言うか情けない死因である。

 死体を発見した門番や巡回兵達は、何を思う事やら。

 けど、リアルでその末路は嫌すぎる。

「では、私の手へお乗りください」

 上向けた掌を差し出された。

 今更、やっぱ無し、とか断りづらい。

 日本人の……と言うか、あたしのダメな所だ。

 大体、本人にそうしろと促されたとは言え、人の手を足蹴にするってどうなの?

 とは言え、ソル・デが不平一つ顔に出さず、根気よく待ってくれているのが逆にいたたまれないので、意を決して乗り込んだ。

 ふわりと、柵も壁も無いデンジャーなエレベーターのように、彼の手が上昇をはじめて、

「ちょ、怖い、怖い、怖い! ストップ!」

 あたしは、なるべく掌の中心に来るようにして、縮こまった。

 こんなビビりで本当に申し訳ない。

 ソル・デにも、この冗長なやり取りを読んで下さっている皆様にも。

 するとソル・デは、もう一方の手をゆっくりと添えて、あたしを保護してくれた。

 慎重に慎重に上昇させられた掌が、彼自身の肩につけられた。

「鎖骨の所が足場として安定しております。そこへお座り下さい」

 それすらも怖いけど、これ以上ウダウダ言うのは本当に良くない。

 大きく息を吸い込んでから、映画のように、大ジャンプ。

 無事、着地。そそくさと、彼の言う通り、この身体の収まりが良い位置に座り込んだ。

 なるべく下を見ないように、視線を真っ直ぐにすると。

「わー……凄い」

 遠く、モノクロ調の長城や山肌を一望出来た。

 白黒の世界だからと言ってのっぺりしている訳ではなく、石畳の亀裂や凹凸、木々のゴツゴツした質感とか、朝日を浴びたそれらがくっきりと見えた。

 遥か遠く、牧場や養鶏場、色んな形の畑が見える。

 ゲームで通過した風景と全然違う。

 領土と言うだけあって、人の営みが循環していた。

 肩がほとんど上下しないよう気遣いながら、ソル・デが歩きだした。

 一度座ってしまえば、落ちる心配は失せていた。

 それに。

 仮にあたしが滑落したとしても、この人なら受け止めてくれる。そう信じられるようになっていた。

 

 そうして連れてこられたのは、正門から見て丁度裏手にある……黒い花と青いネモフィラの花が入り交じった、花畑だった。

 と言うよりは、人が手を加えたのではなく、自然に群生したみたい。伸びっぱなしで不揃いだから。

 そして。

 ここって、あそこだよね。

 ゲームではラストバトルしたとこ。

「私の口から勝手に申す事は出来ませんが……マイルズにも色々と事情があるのです」

 唐突に、ソル・デが言った。

 えっ? 何の話? と思って、壁のような彼の頬を見返す。

「我らは皆、行き場を失い、エーヴェルハルト閣下に見出だされた者達」

 そうか。

 暗黒騎士、暗黒司祭、古竜の末裔、見上げる体躯の巨人、不死者王。……ついでにサタンが化けた執事も。

 そう言うはみ出し者を“攻略”すると言うのが、あのゲームのキャッチコピーだった。

「我ら四人だけではありません。この領地で日々生きる、全ての人々がそうなのです」

 あたしは、遠くで忙しく行き来する農夫や庭師、執事やメイドを今一度眺めた。

 みんな、大変そうではあるけど、生き生きとした大変さに見えた。

 現代日本の会社員目線で「いいなぁ」って羨望を抱いてしまった。

 けれど多分、彼ら彼女らから見た日本も、楽園のように映るのだろう。

「ノワール・ブーケ。我らは黒い花束のようなもの。私を拾った際、閣下はそう仰いました。

 “セレスティーナ”様。貴女の事も、閣下は直ちに見捨てはしない筈。

 だから、私に領内の案内を命じたのでしょう。

 一度、貴女とマイルズを引き離して、時間を与える為に」

 そう言う事か。

 ソル・デがどうして、こんな人気の無い所に、あたしを運んだのか。

 彼の立場上、ここでしか言えない事もある。

 あたしに乗っ取られたセレスティーナが消滅したらしい事は、事実であり真実だ。

 立場上、エーヴェルハルトはあたしを警戒しなければならない。

 マイルズが、あたしを危険視するのも正しい事だ。

 あたしは、いつ処断されても不思議ではない。

 だから。

 それでもエーヴェルハルトは、簡単にそんな事はしないよって、安心させようとしてくれているのだろう。

「……ソル・デ、様。あなたは、ここでの扱われ方に不満はないのですか」

「欠片もございません」

 迷いの無い、本当の即答だった。

 エーヴェルハルトのキャラと言い、色々と、あのゲームとはズレがあるのだろうか?

 ゲームでは、主人公カレンが居合わせていない場面も描写されていた。一方、そのころ……と言うやつだ。

 そこでソル・デは、エーヴェルハルトから酷い扱いを受けていた。

 戦では常に最前線に追いやられているのに、城内では野ざらしで扱われていた。

「失礼ですが、外で寝起きさせられているのでは?」

 私の問いに、巨人が「あぁ」と得心した様子で、

「それはそうです。巨人とは外で寝起きするものですから」

「種族としての、習慣だと?」

「考えても見てください。先代城主が建てられたあの城の中で、私の身体がゆったりと休める空間があるのかどうか」

 あっ。

 言われなくても、当たり前か。

 あたしだって、犬小屋と野宿、どちらかしか無かったら後者を選ぶだろう。

 ゲームで見た“事実”が先行して、バイアスが掛かっていたのか。

 聖女視点でのあのゲームでは、教化前のエーヴェルハルトは冷酷な“悪”でなければならない。

 巨人だけ屋外で寝起きさせられている、と言う事実だとか、戦の成果が芳しくない事への叱責だけを切り貼りすれば、冷遇されているようにも見えるだろう。

 実際、ソル・デを常に最前線に置くのは、強大な力を持つ彼への信頼とも解釈出来るのに。

 ……と言う論法もパワハラとかの口実に使われがちではあるんだけどね。

 そして、同じ建物でも、テレビの中の自キャラを動かすのと、こうして生身で入るのとでは、やっぱりサイズ感だとか当事者意識がまるで違う。

 広い所はテレビで見るよりずっと広く、細部の狭い所は、思った以上に圧迫感がある。

 朝食の時は観察する余裕が無かったけど、よくよく思い返して見れば、ソル・デの分の食器やテーブルは巨人サイズのオーダーメイドだったし、盛り付けられた料理の量も……成人男性何人分を賄えるのやらと言う山盛りだった。

「巨人族が人と共存すると言うのは、そう言う事です。実際、歴史上、住居なんてとても作っていられなかった我々の種族は、寒さや雨風に強く進化した。

 相手に合わせるべきは、より肉体の強靭な我らの方です。

 それが、共生と言うものでございましょう」

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