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記録06 ノワール城での初めての朝食

 食堂に入った。

 絵に描いたような、貴族の食卓があった。

 そして。

 入室一番、あたしに残されていた微かな希望“ドッキリ撮影説”を打ち砕くものが目に飛び込んできた。

 見上げる高さの像があると思ったら、

 それは、見上げる高さの、生きた人間だった。

 もはや、悲鳴も出ない。

 下手なリアクションを取れば、殺されるかもしれない。

 まさに、蛇に睨まれたカエルのように、あたしは硬直するしかなかった。

 その“巨人”は……つぶさに見れば、長い髪を縛ってドレスシャツをラフに着こなした、ラテン系イケメンそのものだった。

 ……もしかしなくても、ソル・デなのかなぁ。

 灰色の僧衣を着た黒髪のイケメンと、ぞくりとするほど綺麗なプラチナブロンドを長く伸ばした、お姫様みたいな子も居た。

「こちらへ」

 マイルズが、何の感情の色もない声で着席をすすめてきた。

 眉目秀麗、4パターンの異なるイケメンに囲まれて。

 対する女は、あたし一人だけ。

 けれど。

 実際に放り込まれてみると、当たり前だけど、針のむしろでしか無かった。

 

「あー、一仕事したらハラ減った。さっさと食おうぜ」

 およそ君主の風格もなく、エーヴェルハルトが雑に入室。

 その後を、ぞろぞろと給仕の使用人達が追随してきた。

 その指揮を執っている老執事(バトラー)は……あんの野郎、何食わぬ顔でしれっと、こっちでもバイトしてたのか!?

 エーヴェルハルト閣下! そいつ、サタンです!

 流石に、貴方様ほどのお方なら、何かヘンだって感じてるよね? ね?

「今日は特に、セレスんとこに肉類多めに置いてやってくれ。ハラ減って仕方ないらしいから」

「かしこまりました」

 心の声が全然届いてない!

 ああ、そうですか、それだけの容姿と身分に恵まれた真のイケメンってやつは、女子の心を斟酌する義務も無いってわけですか。

 ……サタンは、忠実に給仕をこなし、あたしへは一瞥だにしない。

 運ばれてきた食べ物は、見るからに“ザ・イギリスの朝食”と言うラインナップだった。

 しっかりと焼かれた目玉焼き、カリカリのベーコン、トマトが甘く薫るベイクドビーンズ、サーモンの燻製、マーマレードを添えたライ麦パン……。

 色んな“香ばしさ”が、熱を伴って香ってくる。これ絶対、美味しいやつだ。

「ライ麦パンはオレの自家製。ベーコンは、うちの領地(ノワール)ブランドの黒豚。玉子も、領内の大手養鶏場から直送だ」

 (ノワール)の黒豚って何だよ。と言うのは、野暮な重箱つつきか。

 こんな処刑前の囚人みたいな状況下でも身体は正直なもので、空腹が限界を迎えてはいた。

 そんなコンディションで、ここまで“ちょうど朝に欲しい食べ物”をことごとく並べられたら、もう我慢できなかった。

 けれど、こう言う格調高い場でのテーブルマナーとか、どうしたものか。

 生存本能よりも、日本人的な見栄が勝ってしまっている。

 けど。

 髪の長い、お姫様みたいに綺麗な子が、いただきますも言わずに手掴みでガツガツやり出したのを目の当たりにして、そんな心配は無用だと知った。

 取り敢えずは、マイルズやエーヴェルハルトのそれを盗み見ながら、倣う事にした。

 コーヒーだろうか。

 湯気の立った真っ黒な飲み物を、最初に口にしてみた。

 ……紅茶だ、これ。

 騙された気分。

 けれど、セレスティーナになる以前に飲んだ、どんなお茶よりも風味が芳醇で、なおかつ爽やかだ。

「その“黒塗り茶葉”も、うちの領地で栽培したやつだ」

 ああ……ノワール領内の草花って基本的に黒色でしたね。

 それで、いよいよエーヴェルハルトの作ったブレックファーストを口に運ぶ。

 城主の君命によって、必要以上に盛られたベーコンから。

 目玉焼き。

 手作りライ麦パン。

 ……。

 …………夢中で食べた。

 目玉焼きとベーコンの、ベストなカリカリ具合。

 絶妙な塩味。

 パンの、豊かな風味と自然な甘さ。

 途中からは、ろくに知りもしないテーブルマナーだとか、中途半端に残った矜持も忘れていた。

 あたしは、自分で思っていた以上に餓えていたみたいだ。

 たちまち空腹が満たされると、手が止まった。

 他の五人はどんな様子で食べているのだろう。

 うっすら、そんな事を心の片隅に思いながら、

「……お母さん……」

 あたしは、何かが切れて、泣き出していた。

 日本人の感覚で言えば、お母さんの味ってお味噌汁とか、アジフライとか、肉じゃがとかだよね。……メーカー品の漬物だとか惣菜弁当ばかりだと何だし、あたしだって、暇と気力があったら、そういうの、自分で作って……けれど、けれど……そんなの食べても虚しいばっかりで……、それを思い出したり、“地元”にはもう帰れないかもしれないとか思ったら、色んな気持ちがごちゃごちゃになって。

「おかあさーん……ぅぅぅ……」

 遠い異国の、イギリスのそれとしか思えない朝食を口にして、涙が、嗚咽が止まらなかった。

「参ったな。泣くほど旨いにしても、オレのメシ食ってお袋さん(※月の半神)連想されると、何か複雑だぞ」

「閣下! やはり、気を許してはなりませんッ!」

 ガタリと、マイルズが乱暴に席を立ったらしい。

「この者、明らかにセレスティーナ様ではありません!」

 そして、映画で見たような、中国拳法じみた構えを取るマイルズ。

「典型的な手口です。泣き落としで、閣下を惑わせようとしている」

「待て待て待て、そんなだからお前はモテないんだよ」

「貴方様を守護すべき使命の為ならば、当然の代償に御座います!」

「いいから、朝メシ時間から殺気立つんじゃない」

 主君の“殺すな”と言う明確な命令を聞く前にあたしを亡き者にせんとする剣幕のマイルズを、エーヴェルハルトはあくまでもなだめすかすように制止するけど、いつまで保つものか。

 あたしの命は相変わらず風前の灯火だけど、でも、泣けてくるのはどうにも制御出来ない。

 そんな時。

 長い髪の、お姫様のような……(シュニィ)のように白い肌の子が、あたしの傍に駆け寄ってきた。

 濁りの無い、毛細血管ひとつ見えない翡翠のような瞳で、じっとあたしの顔を見上げてきて。

 あたしの目から零れた雫を指で拭い、少し張りつめたように、桜色の唇を引き結んだ。

「心配、してくれてるの……」

 シュニィは、大袈裟なほどに大きく頷いた。

 それを目の当たりにして、あたしは余計に泣けてきた。

 心配だか狼狽が臨界に達したらしいシュニィは、あたしを、ひしっと抱き締めて、

 抱き締めて、

 うっ、この子、見た目より、やたら重くない!?

 メリメリメリっと、胴体の肉や骨が悲鳴を上げるほどに、圧が掛かってきた!

「ぐ、苦し……重い……」

「でかしたシュニィ! そのまま、もっと思い切り寄り掛かれ! 全体重を掛けろ!」

 一刻も早くあたしを“亡かった事”にしたいらしいマイルズが、囃し立てる。マジで鬼か、アンタ。

「やめろシュニィッ! マイルズも、いい加減にしろ!」

 エーヴェルハルトの、これまでに無い鋭い怒声に、シュニィは弾かれたようにあたしから離れ、マイルズもまた、身を正した。

 そして、バトラーがステッキに手をかけようとして止めたのを、あたしは確かに見た。

 他の人達は、それに気付いたのかどうか。

「オレとて、何も考えていない訳ではない。

 レモリア」

 名前だけを呼ばれると、灰色のローブを着た彼は君命を理解。

「ああ、わかったよ」

 静かに、あたしへ歩み寄って来た。

 どうでもいいけどこの人、誰に対してもタメ口なのね。

「殊更自己紹介させてもらうと、僕は君の……セレスティーナの主治医みたいなものでもある」

 そう言って彼はしゃがみ、あたしの頬を両手で挟み込んで目線を合わせた。

 ち、近い近い近い。

 こんな綺麗な男の子が、あたしなんかに、そんな、他の人達が見てる!

 なんてうろたえていると、彼は自分のおでこを、あたしのおでこに、いささか強くぶつけてきた。

 これじゃ、頭突きだ。

 いや、額と額をくっつけてだんまり、ってこの状況

やっぱりある意味で心臓に悪いけど。

 ーーなどと考えていると、お互いのおでこに超強烈な静電気みたいなものが弾けて。

 ……それで、レモリアは、用済みと言わんばかりにあたしから身を離した。

「診断結果を簡潔に。

 肉体情報に異常なし。

 ただし、脳を除いては、ね」

 今ので、この身体をスキャンされていたのか。

 そして、いよいよ不穏な予感が強まる。

「彼女は、肉体的にはセレスティーナだけど、人格はまるで別人だ。

 何らかの魔法的措置で、人為的に人格を書き換えられている」

「閣下ッ!」

 それ見たことか、とでも言わんばかりに、マイルズが吠えた。

 シュニィがあたしとマイルズの間に割って入り、その小さな両腕を一杯に広げて、騎士に抗議する。

 実際、ここがあのゲームの世界だとするなら。

 城主エーヴェルハルトにとって、本来のセレスティーナとは、年の差と身分差を超えた盟友・日蝕公、メルヒオールの遺児だ。

 それ程までに重いものを、託されている。

 その人格をあたしのそれに上書きされたと露呈された事は、事実、死刑宣告に等しいのではないか。

 エーヴェルハルトは、レモリアの報告を今一度吟味している様子で。

「ソル・デ」

 ある意味、この場で最も蚊帳の外にあった筈の巨人に呼び掛けた。

「ご令嬢は、あれだけガツガツ食ったのだから、腹一杯のはずだ。

 少し、外を見せて回って来てくれ」

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