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記録02 あたしを召喚した犯人について

 あたしがこの、ネットも何もない環境に放り込まれて、どうやって転生と言う超レアケースを自覚出来たのか。

 全てを知る人がいて、始めに教えてくれたからだ。

 

 

 

 何も状況がわからなかった。

 見た目こそ、磨き上げた大理石の風情ある西洋の建物だけど、実際には未開のジャングルに放り出されたのと何も変わらない。

 このお城の一室から、迂闊に出ていいものなのかどうか。

 一方で、留まっていても安全とは言えない。毒蛇が這いずり寄って来ているかも知れない。

 ああでもない、こうでもないと悩んでいると。

 あたしの目の前に、突然白金色をした光が浮かび、その場にわだかまり出した。

 今にして思えば、とてもナイスなタイミングで助けに来たと言うのが腹立たしい。

 光が消えると、入れ替わるように忽然と人が現れていた。

 手品のように、一瞬にして。

「……ひっ!?」

 反射的に後退り、足がもつれるまま、ベッドに尻餅をついた。

 その人物は、燕尾服を着た初老の男だった。

 片腕が無いのか、袖がぶらりと垂れ下がっている。

 隻腕の、一見して身綺麗な、初老の男。

 あまりに唐突な要素が多すぎて、あたしの頭が余計ぐしゃぐしゃに混乱した。

「おはようございます」

 見た目に違わない、穏やかで上品な声で、悠長な事言ってくれる。

「あ、あな、あなた、何ですか!?」

 男はあくまでも呑気に、恭しい所作で一礼し、

 

「お目覚めの時間でございます。夏蓮お嬢様」

 

 何故だろう。

 この見知らぬ男に名前を呼ばれた瞬間、全ての狼狽が鳴りを潜めて。

 代わりに、背筋がぞくりと冷えた。

「どうして、あたしの名前を……?」

 少なくとも、あたしからすれば初対面の相手だ。

 それがこちらの本名を知っているのだから、気持ち悪くてそれを訊きたくなるのも当然だろう。

 けど、この悪寒の正体はそれだけなのだろうか?

 

 この辺りの、あたしが現実を受け入れるまで四苦八苦したり、この男が根気強く説明する風景だとかを延々並べても話が進まないので、省略させてもらう。

 とにかくあたしは、最終的にはゲームの世界にセレスティーナとして転生した事実を理解した。

 当然、この時点ではまだドッキリだとかモニタリングだとかを疑っていたけれど。

 この老執事はバトラーと名乗った。

 あのゲーム、闇と光のキセキでプレイヤーのレベルアップや魔法のセットをしてくれたNPCだ。

 もうお察し頂けていると思うけど、この建物はエーヴェルハルトの居城だろう。

 聖女の執事である彼にとっては、敵地である筈だった。

「私は聖女の執事ではございません」

 何? 早速、設定が矛盾してきてない?

 やっぱりドッキリでしょ、と一抹の希望が湧いてくるけど、

「私がお仕えするのは、ただ一人。貴女様にございます、夏蓮(カレン)お嬢様」

 まただ。

 何か、この男に名前を呼ばれると、言いようの無い不安を感じる。

 身の危険だとか、そんな即物的なものじゃなくて、もっと。

 そう、ずっと“当たり前”だと思ってきたものを、脅かされるような。

「例え世界線が変わろうと、私は貴女だけのバトラー。そう、“あの時”にお誓いしました」

 その台詞は……。

 バカな。

 あのゲームを初めてクリアした時。

 令嬢の取り巻きとしてスタートした技量戦士“カレン”に対し、バトラーが最後に誓った言葉だった。

 バトラーは、殊更背筋を正して、未だ腰砕けになっているあたしを真っ直ぐに見据えた。

「貴女にも関係のある事ゆえ、個人的な昔話をお許しください」

 その優しげな瞳は、つい先日の事を思い出すように、一度だけ空をなぞった。

「私の正体が“サタン”である事は、“以前”お伝えしたかと思われます」

 それは、一週目の技量戦士カレンが迎えたエンドで判明した事実だった。

「サタンと聞いて、お嬢様は何を連想なさいますか?」

 それは……。

「魔王。悪魔の長。聖書での、神の敵対者。イヴをそそのかして知恵の実を食べさせた黒い蛇」

「素晴らしい。この後の私の出番を損なわない、模範的な回答です」

 バトラーは、嬉しそうな笑みでそう言った。

 我が子の成長を見守るような、そんな、圧倒的上から目線で。

 あたしは、実のところ高校がカトリック系だった関係で、聖書についてはそれなりに勉強させられてきた。

 ただ、あの時期は若気の至りと言うか、大人の言う事にいちいち逆張りしたくなる、しょうもない反骨心を抱えていた。

 だから、

 ーーそれってつまり、サタンのお陰で今のあたし達があるってことじゃない。

 そんな事を考えて、大人より賢くなったつもりで自分に酔っていた。

「私は、魔王だとかそんな御大層な身分ではありませんが……貴女が言うところの“イヴお嬢様をそそのかしたサタン”になるのでしょうか」

「同じじゃないんですか」

「元々“サタン”と言うのは、単一の存在では無かったのですよ。

 本来は、神に対して諫言を行う者の総称でした。

 えー、お嬢様の身近な例で言えば政権の与党と野党みたいなものでしょうか。

 そう、民主党と共和党のような。

 もっとも、神に政権交代は絶対にありませんが」

「あたしにとって身近と言うには、地理がズレすぎてます……」

「おっと、これは失礼。なかなか、数勘定は苦手なほうでして」

 あたし達人類が、近所の野良猫のテリトリーをいちいち把握してられないようなものだろうか。

「とにかく、主も私どもも、この世界をより良くしようという目的は同じでした。

 別に、私どもの意見など、本来は不要だったでしょうに。主のお心はわかりませんが……多角的に意見を出し合うためにサタンと言う“役割”があったのは確かです。

 その模様は伝言ゲームのような紆余曲折のすえ、書物に記録される形で伝えられるようになりました。

 それで、誰かがうっかり間違えてしまったのでしょうな。そうしたやり取りの事を“神に敵対している”と誤訳されてしまったのを始まりとして、本来、ケチな役人でしかなかった“サタン”像に、見る見る大袈裟な脚色がされてゆきました」

「……事実、サタンってヨブに相当酷いことをしてませんでしたっけ。あれは、あなたとは違うんですか」

「ああ、“結構前”のあの事ですね。

 何と言いますか……あれは私も心配性が過ぎました。

 ヨブ坊っちゃまは……ヒトは、私が思っていた以上に大きくおなりでした」

 月並みな物言いになるけど、頭がクラクラしてきた。

 文字通り、お互いの認識している尺度(スケール)があまりに違いすぎる。

 そして、転生と、サタンの実在をある程度は受け入れつつあったこの時。

 嫌な予感がひしひしと感じられてきた。

「あの話が本当だとしたら……人がたくさん亡くなったんですよ? 最後には救われたと言っても」

 あたしの、いくらか非難のこもった言葉に、しかし、この理知的そのものの老執事は要領を得ていない様子だ。

 子供の、突拍子もない言葉に困らされるような。

「そうですね。私は“ヒト”を愛しております」

 ああ、と、ようやく彼は、あたしとの間にある齟齬をある程度は認知したらしい。

「その柔らかで艶やかな髪までもが愛おしい」

 けれど、毛の一本が抜けたくらいの事まで気にしてはいられない、と言った所だろう。

 彼が愛するのは“人類”全体だと言う事だ。

 そんな中でも、綺麗な瞳だとかは、いくらか印象に残るだろう。

 そして。

「私は貴女に新たな可能性を見出だしました。故に、この次元へご足労いただいたこと、ご容赦下さい」

 

 あたしをセレスティーナにして、この世界に召喚したのはこの男だった。

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