第16話 毒が持つ真の意味
ノワール・ブーケの幹部一人を“倒した”事で、カレンは改めて、ビーン枢機卿から賞賛の言葉を賜っていた。ーーどうでもいい蛇足だけれど。テンポが悪いし。
「この度のソル・デ討伐、お見事でした」
「恐縮ですわ」
しかし。
枢機卿はどこか、歯切れが悪い様子だ。
喉元で淀んでいた言葉を、ようやくと言った様子で発し始める。
「……ただ、何とも言いにくい事なのですが、現場の状況が、その、あまり芳しくなく……その、ソル・デと言うあれだけの脅威を退ける為に手段を問うのは教国としても大変心苦しいのですが」
「あぁ……」
カレンは、予定調和のように応えた。
「私もまさか、トリシアがあんな手段に出るとは夢にも思わず……」
「いえいえいえ! 貴女に非はございませんとも!」
要するに、枢機卿が言いたいのは「ソル・デを倒すのに用いた手段がまずかった」と言うこと。
……レモリアの燐光聖杯で、鉱脈を汚染した事だ。
さて、ゲームにおける当該魔術の解説文に書いてあった記述を思い出してみよう。
パウエル派を冒涜した、異端の偽聖書。
撒かれた毒は、永きに渡ってその場を汚染し続ける。
それなりの心得があれば、凡人にでも使えるレモリアの秘術。
それには一つ、致命的な構造欠陥があった。
使う事自体が政治的にまずい、と言う、致命的な欠陥が。
現実における核兵器のようなものだ。
まず、教国内でも一大勢力を誇るパウエル学派を踏み台にした邪教の術で、ソル・デ討伐と言う教国の悲願が果たされてしまった事。
次に、物質的な問題。
ただでさえ残留魔法毒が問題視されるのに、撒かれた場所が最悪だった。
教国の財源でもあった、強化結晶の鉱脈。
強化結晶は、その土地の“あらゆるエネルギー”を貪欲に吸って育つもの。
……今ごろは、エメラルドのごとき翠の輝きが、サファイアじみた蒼に変質している事だろう。
既に、あの鉱山で得られる+6の強化を済ませたカレン個人には、さほどの損も無いが。
トリシアがした事は、それ程の大罪だったのだ。
枢機卿が言葉を濁した通り、あくまでもソル・デ討伐のためのやむを得ない処置とみなされるだろう。
トリシアが罪に問われる心配はない。
ただ。
それでは方々の勢力が納得しないのも事実。
具体的には、トリシアの聖女認定が絶望的になったであろう事だ。
そして、誰もトリシアに、その事実をはっきりと告げる事は無いだろう。
頑張っても頑張っても一向に評価されない。
その不毛な扱いこそが、今後、彼女に課せられた静かな罰。
知らず知らずのうちに命を蝕む、レモリアの燐光毒のように。
会社員・夏蓮からすれば、そんな事は珍しくも何とも無い。
それこそフィクションの悪役令嬢のように、直接頬を叩いて罵倒を浴びせてくるような相手は、まだ対処の余地もあった。
本当に恐ろしいのは、一言もくれず、心のうちだけで見限られる事だ。こればかりは、弁明も挽回も……改善すらも許されない絶対的な拒絶だった。
カレンからすれば何の得も無いし、別段、トリシアに対しては欠片も憎悪は無い。
ただ。
もしもトリシアが正式に聖女と認定され、教化のロザリオを賜ったなら。
マイルズ様を取られる可能性が大いに出てくる。
だから蹴落とした。
それに、カレンの能力でソル・デを下すには、あれくらいしなければ難しかった。
使えるモノは総動員しないと。
ノワール・ブーケとは、そんなに甘い相手では無いのだ。
ちなみに。
死にゲーにおいて、武器強化には“属性派生”と言うものがある。
読んで字のごとく、特定の属性を帯びた素材があって、武器に付与出来るものだ。
レモリアの燐光毒に汚染された結晶もまた、全く使いでが無いわけではなかった。
カレンはトロルの鍛冶屋・エリオットに頼んで、坑道で拾ったトーチにレモリアの燐光毒を付与してもらった。
「松明から毒水を出せるようにしてくれ、だなんて。アタマのおかしいこった」
更に蛇足ではあるが。
ソル・デがあの場に突き立てたレイピアは、好きなだけ拾う事も出来る。
もっとも、そのままでは柄にトンファーのような、横に伸びた握りを追加しなければ、とても使えたものではない。
つまり、レイピアとしてはおろか、大剣としてもまともに使えない。
強いて言えば、鐘突きのように抱えて使う槍……になるのだろうか。
こう言う「ボスが使っていた装備や能力が自分のものに!」と言うサービス精神には事欠かない世界ではあるが……筋力に乏しいカレンには、今回は恩恵の無い話であった。




