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第14話 気体化する、技量タイプ戦士で、ラテン系っぽいイケメンの巨人ソル・デ

 召喚サインに触れ、トリシアの実体化を視認するや、カレンはさっさと坑道から躍り出た。

 オドオドついてくるトリシアの気配を背中に感じるが、黙殺する。

 色の無い、なだらかな丘と谷が果てなく広がっていた。

 大地には、無数の細身剣(レイピア)が突き立てられていた。

 ただ、そのサイズは特大剣とでも称すべきものであり、人間が持つには難儀しそうだ。

 レイピアの軽量さと取り回しを犠牲にしてまで、こんな大きな物を作る必要がどこにあるのか。

 ……例えば、見上げる体躯の巨人が用いるのであれば、ちょうど良いサイズなのだろうか。

 あらかじめ壊して回ろうとするのは……時間の無駄だろう。どうせどの剣も+6以上に強化済みだろうから。

 生き物の姿は全く無い。

 自然動物さえも。

 ただ。

「宝箱、ですわね」

 がっしりとしたブナの木材が、かまぼこ型に成形され、鈍く輝く真鍮(しんちゅう)のフレームで装飾された。

 ザ・宝箱とも言うべきそれが、不自然に鎮座していた。

 カレンは、何の躊躇いもなくツカツカと歩み寄る。

「ワナかもしれません!」

 トリシアが、萎縮しながらも抗議してくるが。

「だから何?」

 一応、上辺だけでも耳を貸すふりはしてやる。

「どうせ引っ掛からないと、何も始まらないのでしょう?」

 それに、何が入っているかは知れている。

 手早く蓋を開け放ってやると、中から大量の煙のようなものが放出された。

 カレンは素早く跳びすさる。

 直後、カレンの居た場所に巨大な柱のようなものが落ちてきて、宝箱ごと粉砕した。

 それは、脚だった。

 間合いから離れるべく、カレンは更に距離を離す。

 見上げる高さの巨人が、忽然と現れていた。

 ソル・デだった。

 白昼に見ると、離宮で相対した時とは随分印象が違った。

 癖のある長い黒髪を後ろで縛った、肌色の濃い、ドレスシャツをラフに着こなした……スペインのバルで店主でもしていそうな風貌だった。

 建物のように大きな体格に目を瞑れば、の話だが。

 宝箱の中に入っているのが敵幹部の大ボスとは、何とも酷い話ではあるが……彼なりの余興のつもりだろう。

 ソル・デは、その身体を自在に気体化出来る。

 コンセプトのもとはアラブの精霊“ジン”、あるいはランプの魔人だろうか。

 その能力を教えついでに、初撃も躱せない落伍者をふるいにかけている、と言った所か。

「ご挨拶ですわね。礼儀知らずなのは、巨人ゆえ? 所詮は蛮族と言った所ですか」

「これは失礼。ここからは、堂々と決闘いたしましょう」

 ソル・デが瞬く間に煙となり、特大レイピアの側で固体化。一振りを引き抜いた。

 半身の構えは、テレビのオリンピックで観たフェンシング選手そのものの流麗さだった。

「いちいち気化する事が、堂々とした闘い方ですか」

「生まれ持ったものですから」

 かなり間合いが離れていたはずだが、ソル・デが雷速の一歩を踏み込み、腕を伸ばしただけで、鉄柱のような巨大レイピアの先端がカレンに届いた。

 カレンは跳び退いて突きを躱すが、もう次の突きが襲って来ていた。これは小盾で辛くも逸らすが、衝撃で大きく脈打った巨大レイピアの細刀身が、なおも執拗に追って来る。

 駄目押しとでも言わんばかりに、ソル・デが更に一歩踏み出しーーその頭部を、カレンの遥か後方から飛んできた、蒼い光に打たれた。

 飛沫が弾ける。正確には、それは光ではなく、魔法毒の水塊……トリシアにあらかじめ持たせていた“レモリアの燐光聖杯”だった。

 彼女に贈ったアメジストのイヤリングは、着用者の魔性を高める物だった。

 レモリアの燐光聖杯の制御には、そこそこの神性と魔性、両方の能力を要求される。

 正ヒロインの高い神性のお陰もあるが、イヤリング一つ付けただけで、あんな若い娘がレモリアの術を使えてしまうのだ。

 その効力を思えば、敷居の低さは破格である。

 レモリアの真の脅威とは、あの沼地を丸ごと毒に変えた大魔力ではなく……力の一部とは言え、並み程度の術者なら“誰にでも使える”ものを作り出すセンスにあるのかも知れない。

 沼地と聖杯、その戦略的価値の差は歴然だ。

 だが。

 顔面に命中して怯みはしたものの、肝心の毒がさほど回っていないようだ。

 ソル・デは、つまらなさそうにトリシアを一瞥するに留まった。

 カレンは即時、ソル・デとの間合いを詰めて、自分へのヘイトを維持する。

 当然ながら、毒の致死量は、その生物の体重と相関している。

 そしてレモリアの魔法毒とは、基本的に経皮吸収により、少しずつ五体を蝕むものである。

 等身大の人間にすら速効性で劣る毒であるから、その何倍も巨大な種族に対する効果は……壮健そのもののソル・デと言う、目の前の現実が物語っていた。

 カレンは、意を決してソル・デの足元へ飛び込んだ。

 エストックで、アキレス腱の辺りを水平に斬り付けた。

 やはり、浅い。

 ごく小さなナイフで肉の表面を切られた、と言えば無意味でも無いが……何度それを繰り返そうと、致命傷には程遠い。

 だが、巨人を相手にする場合、懐に飛び込んだ方が却って反撃を受ける危険は減る。

 普通の人間が蚊を退治する場面を浮かべればわかりやすいだろうか。手で潰すにしろ殺虫スプレーを吹き掛けるにしろ、ある程度の間合いが離れていないとやりづらいものだ。

 先ほど間合いを離したのは、最初の踏みつけから逃れる為と、トリシアに一度、燐光聖杯を撃たせる隙を作りたかったからだ。

 彼女の予測通り、ソル・デは蹴りや踏みつけに切り替えて来た。

 常人であればクレーン車に襲われるような恐怖だが、そんなものを持ち合わせていないカレンは、当たり前のように致死の剛脚の隙間を縫って、その肉を切り刻んでゆく。

 ふっ、と、巨人がまた気化した。

 持ち手を失ったレイピアが落下し、カレンのすぐ側で甲高い音を立てた。

 カレンは、空を流れる白い煙を注視する。

 実体化の瞬間!

 水撃ボールの砲丸が、ソル・デの横っ面を強かに打ちのめした。

 彫りの深い、巨大な美貌が驚愕に染まっていた。

 口を軽く切った程度のダメージはともかく、カレンの、あまりにも動じない様子に、だろう。

 だが、ソル・デは新たにレイピアを拾っていた。

 気化すると持っていた剣を手放さなければならない理由から、無数のそれを、この一帯に突き刺してあるのだろう。

 ならば、ちゃんと持ち主と一緒に移動している服は何なのだ、と思うが。

 恐らくは「脱げるとゲームが発売禁止になる」と言う絶対的な摂理が、この世界に修正力をもたらしているのだろう。

 カレンは、なおも懐に飛び込もうとするが、そうはさせてもらえない。

 カレンが全速力で詰めるよりも、ソル・デがゆったりと跳び退く距離の方が大きい。

 歩幅が違いすぎる。

 筋肉のバネが違いすぎる。

 スタミナが違いすぎる。

 すでに珠のような汗を滲ませているカレンを、レイピアの切っ先で迎え撃つソル・デ。

「トリシア! (わたくし)とこの下郎の間に“霧”を!」

 鋭く命じると、トリシアは即座に応じてくれた。

 蒼く(くら)く輝く霧が、カレンとソル・デの眼前に立ち上る。

 ソル・デは躊躇い、カレンは躊躇無く飛び込んだ。

 その差が、再びカレンをソル・デの懐へと後押しした。

 まともに吸い込んだ毒霧が回るのも意に介さず、カレンはソル・デの脚を切り刻む。

 やはり、浅い。

 そして、ソル・デは余裕然と気化。

 カレンは、ソル・デの煙が目指しているであろうレイピアへと駆け出し、

「トリシア! “私に”霧を、目一杯!」

 トリシアに命じた。

 走るカレンの周囲を、毒霧が容赦なく展開されてゆく。

 体内のあらゆる器官が冒され、ついには食道が引き裂かれて激しく吐血した。

 口許を鮮血に染めながらも、カレンは止まらない。

 そして、ソル・デが実体化。

 彼自身である煙と、レモリア謹製の毒霧が入り雑じった、その状況で。

「うぐっ!?」

 巨体を取り戻して一番、ソル・デは膝をついた。

 気化した自分に毒霧が混ざった状態で実体化した結果……一瞬にして毒が全身に巡った状態となったのだ。

 ならば普段、他の不純物が雑ざらずに実体化出来るのはどういう事なのか? と疑問を持たれるかも知れないが。

 作り込みの甘い世界であっても、そこに住む者達にとっては絶対的な摂理なのだ。

 指輪をはめた親指で自分を指し、カレンは体内リセットの儀を執行。

 自分を瞬時に解毒すると、うずくまるソル・デへ悠々と歩み寄る。

 そして、その喉元へ、容赦なくエストックを突き入れた。

 

 色の無い丘が、野放図に撒かれた燐光毒であちこち蒼く着色されていた。

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