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第1話 死にゲーと乙女ゲームの狭間にあるもの

 20XX年。

 ゲーム市場では、死にゲーが隆盛を極めていた。

 

 死にゲーとは、読んで字のごとく、何度も死ぬ(ゲームオーバーとなる)事を前提とした高難度のアクションRPGである。

 2009年、Fソフトウェア社のソウルシリーズから端を発したこの様式は、近年爆発的に流行して市場を席巻していた。

 この手のミームの常として、後発の作品では様々な差別化・アレンジが模索されて来た。

 パイオニアたるソウルシリーズは、正統派ダークファンタジーの世界観だった。

 そこから、戦国時代の和風死にゲー、学園ものの死にゲー、核戦争後の荒廃世界(オープンワールド)を自由に探索できる死にゲー、海賊の跋扈する大航海時代の死にゲー……。

 もはや、人々が“死にゲー”と言う言葉の意味すらもわからなくなる程に、死にゲーの飽和した頃。

 新興の乙女ゲームメーカーであるNight&Knight(N&K)社が、一本のタイトルを発表した。

 その名も、闇と光のキセキ。

 イケメン暗黒騎士やイケメン邪教司祭と言った、理不尽な強さのボスキャラに勝利する事で、その相手と解り合い、やがて恋仲となってゆく……。

 何を血迷ったのか、N&K社は、死にゲーと乙女ゲームと言う、水と油にも等しいジャンルを躊躇無く合成してしまったのだ。

 

 まるでターゲット層のズレたジャンルを組み合わせたこの作品は、しかし、予想を超えた売り上げを叩き出していた。

 キャラデザインと物語の世界観(シチュエーション)に惹かれた乙女ゲームファンが、躍起になって目当ての美男子に挑み続けた結果、死にゲーに順応していったのだ。

 トライ&エラーが報われ、到底勝ち目が無かった相手に勝利する。それもまた、死にゲーの醍醐味である。

 

 暮井夏蓮(くれい かれん)は、ごく普通の会社員である。

 そして彼女もまた、闇と光のキセキに魅了された乙女ゲームファンの一人であった。

「はい……はい、熱が38.3度ありまして……はい、新型コロナとかでは無いそうですが……はい、すみませんが今日はお休みさせてください。

 ……はい、失礼します」

 鉛のように重い身体とスマホをベッドに投げ出し、大の字になる。

 確かに具合は悪い。

 しかし、熱があるのは嘘だった。

 単純に、昨晩の深酒から来る二日酔いが原因だった。

 いつもであれば、二日酔いくらいで仕事を休む事はない。

 けれど、この数日、あまりにも嫌な事が続きすぎた。

 心が折れていた。

 この上、二日酔いを押してまで出勤する余力は無かった。

 体調不良というファジーな言葉は、全てを覆い隠してくれる。

 ひとまずは、その事に感謝しようと思った。

 しかし。

 何もしないで横になっていると、連日続いた嫌な出来事達がフラッシュバックして、いたたまれなくなる。

 のそのそと身体を起こし、何かする事は無かったか、部屋を見渡す。

 ……、…………。

「ゲームでも、しよっかな……」

 さしあたり、すぐに精算出来そうな“心残り”を一つ思い出した。

 先日、やっとの思いでクリアした、乙女ゲーム・闇と光のキセキである。

 ラスボスは倒したものの、目当ての“涅色(くりいろ)の騎士、マイルズ”とのエンディングを迎えられなかったのだ。

 攻略Wikiを見ながら慎重にフラグを回収した筈だったが、どこかで手順を間違えたのかも知れない。

 また、あのゲームオーバー地獄を辿る事を考えると、それだけで気が重いけれど。

「でも、マイルズ様の笑顔を見るためなら、乗り越えられる」

 それは本心か、現実逃避の為の方便か。

 冷蔵庫に残っていたストロングなチューハイ(度数9パーセント)を数本抱えて、テレビの前に座る。

 迎え酒だ。

 明日も酒が残るようなら、また休んでしまえ。

 どうせみんな、“休んだ事”に目くじらを立てるだけで、戦力が減って苦しんでいるわけではない。

 あたし一人居なくても会社は回る。

 そう、自分に言い聞かせてゲーム機の電源をオン。

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