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また数日が過ぎて……
俺の生活は特に変わることなく……
ラークに稽古をつけてもらい、
シーナに世話をされる……
あの日から、もともと壁のあった二人……
そこにさらに大きな溝ができてしまった気がしていた。
元々、勝ち気な性格なシーナねぇちゃんだ。
あんな事を言われたの初めてだっただろう……
ぼんやりと考え込むようにどこか一点を見つめていて……
もしかしたら、あの日のあの言葉を今も気にしているのだろうか。
母と俺とシーナの3名で俺の家で食事をしていた時だ……
食後、ぼんやりと飲み物を口にしていたシーナ。
俺は何となくかける言葉を捜していて……
でも、そんな沈黙を破ったのは……
「ねぇ、エミル……今度、あの人……ここに呼んでいいよ」
そうぼそりと俺に告げた。
「えっ……?」
俺は喜ぶ反面、驚きを隠せず声をあげる。
「……とりあえず、4人なら……食事……くらいなら……」
そうシーナが言う。
「う……うん」
これがデート1回にカウントされるかは微妙ではあったが……
その進展は自分のことのように嬉しかった。
・・・
「ほ、ほんとか!?」
完全に嫌われたと思っていただろうラークは胸を撫で下ろすように喜んだ。
その日の夕時に再びいつもの場所で会う事を約束して、
ヴァニは一足先に家に戻る。
「よしっ!」
一人になったラークは小さくガッツポーズすると……
そして、夕暮れに備え、すぐに何処かへと足を運ぶ。
「リエン、リエン居るか!?」
近くの詰め所に足を運びその名を叫ぶ。
「どうした……」
そう英雄はラークを見る。
「少し付き合え……癪だが今日だけはてめぇを俺以上の色男と認めたうえでのお願いだ……俺に服と女性に渡す花束を見繕えっ」
そう偉そうにリエンに告げる。
・・・
嫌な顔をしながらもそんなラークに付き合うリエン。
そして、着慣れない服と似合わない真赤な花束を持って外に出る。
外に出ると、何やら揉めていた二人組みの一人が瘴気に塗れ黒い影に姿が変わる。
こんな時に……そうラークが構えようとするが……
「いけ……あの程度、自分ひとりで大丈夫だ」
そうリエンはラークに言い、
「せいぜいうまくやれっ」
そうリエンは珍しく笑いながらグーの手の親指を突き上げてらしくないエールを送る。
時期にマナトが作る学園や魔術に対する技術や知識が発展するまで……
この世界で障落ちという現象は……本当に些細な出来事であった。
まれに本当に危険な化け物が産まれることはあったが……
障落ちは産まれ持った自分の能力を何かしらの理由で制御ができないものが落ちる現象……
対して力の無いものが争いなどで、感情的に能力を開放したりすると……
自分の器で扱えない能力を開放しその能力に身体ごと乗っ取られる。
相手の強い魔力や瘴気にあてられて、その自分の魔力が高ぶり制御不能する……
そして、この世界に置いて力が全て、力なきものに正義は無い。
それに納得のいかなかったマナトはこの世界で安心して皆が暮らせる、
平等な魔力が出来るようにと長い研究をしていた。
「あぁ……行ってくる」
そんなちょっとした過去を振り返りつつ……
ラークはリエンにその場を任せる。
そして、ヴァニが待つ場所に……
・・・
「何のつもり……」
俺とシーナと母の前に……
前の貴族と数名の付き添いが家の中に侵入してきていた。
子は基本的に父か母のどちらかの能力を引き継ぐ。
俺は物心つく頃には居なかった父の能力を引き継いだ。
母はそんな父には遠く及ばない能力で……
俺とシーナをかばうように立っているが……
その無茶な戦いに……
「かぁ……さん?」
黒い瘴気が母の周りを包んで……
障りに落ちた……母の姿に……
「叔母様……」
シーナが俺の前に立ち……
「……エミル……あの人を」
そう……シーナがラークにすがるように……
「……ここは、私が時間を稼いでおくから」
そうシーナの右手には何処からか召喚された鳥が右手にとまっている。
障り落ちした相手とはいえ、さすがに俺の母と俺を戦わせる訳にはいかないとシーナがそう俺に言う。
俺は理解すると懸命にラークとの待ち合わせの場所に走った。
・・・
落ち着かない様子で、そわそわと待ち合わせ場所に居るラークに……
「親父っ助けてっ!!俺のかーちゃんがっ!!」
そう息切れする身体の呼吸を整える時間を与えることなく叫ぶ。
その言葉に事の重大さを察するように……
・・・
家の近くにいくと、母の瘴気にあてられたのだろう……
家に押し寄せてきていた貴族とその仲間も障り落ちしていて……
ラークはその相手に勤める。
俺は一足先にシーナの安否を確かめようと部屋に入る。
目の前には化物の影が転がっていて……
シーナがガタガタと身体を震わせながら……
「……ねぇちゃん」
母のその姿を見ながらも……無事で良かったと……
「エミル……わたし……わたし……叔母様を……」
能力で誰かを殺めてしまったのがはじめてだったのだろう……
そう震えるように……
そして、瘴気に満ちたその部屋と、その負の感情は……
「ねぇ……ちゃん?」
そんな最悪は……
黒い瘴気がシーナを包んで……
黒い影に姿を代える。
「……そんな……」
たった1日の……たった数時間で……そんな全ては……
そんな化物の使い魔の鳥も真っ黒な姿で、
先ほど見たものとは比較にならないくらいに巨大で……
母の亡骸をバクリと食べるように吸収するとさらに巨大さを増す。
迫るその化物に動くことすらできず……
同時に何者かが部屋の扉を蹴破るように入ってくる。
「……間に合ったか」
事情をしらないラークが入ってくる。
その化物の姿にすぐに炎を両腕に宿し臨戦態勢に入る。
「ヴァニ……お前には悪いが……」
お前の母を手にかけると……拳に力を込める。
「だめだ……だめなんだっ……親父……それ……それはっ」
必死に言葉を告げようと、言葉にしようと……
「悪いが……お前と彼女を守るのが優先だ」
そうラークが冷たく返す。
「だめだ、違うんだよ……ねぇ……親父……」
地を蹴るラークにはその声は届かなくて……
身体を反り大きく振りかぶる拳を巨大な黒い鳥を殴り飛ばす。
消滅する鳥に……召喚者は戸惑いながらも……
理性のない化物は俺たちに襲いかかるように……
あの日の約束はずっとすれ違いだらけで……
「炎舞……」
どうして……どうして……こんなことに……
やっと動いた足で懸命に地面を蹴り間に合わないとわかっていながらも、
その間に割って入ろうと……
「やめてよ、親父……彼女はっ!!」
そう叫びながら走る。
まるでスローモーションのように……
世界が動いていて……
それは……恐怖なのかもしれない……
初めてシーナがラークに助けを求めて……
そんな黒い影が必死に……何かをラークに告げようとしているように見えて……
「……火葬っ」
燃えて塵なるその姿に……
「あ……あぁ……う……」
俺は訳もわからず、塵となった地面に塵ばった墨のような残骸を必死に両腕でかき集めながら……
必死に言葉を探しながら……ただ涙を流すことしかできなかった。
「……腐敗した世界か……マナトの言ってる話も強ち間違いじゃないのかもしれないな」
そうラークはぼそりと言い、部屋の入り口に戻ると地面に置いていた花束を手に持ち……
「さすがに美味しい飯と楽しい時間ってな訳にはいかないよな……」
そうラークは花を眺めながら……
「……彼女は?」
せめて、せっかくの花くらいはプレゼントしたかったのかそうシーナを探すように部屋を見渡すが……
俺はただ……それで彼女の身体が戻るわけじゃないのに必死で墨をかき集める作業を繰り返している。
言葉が見つからない……彼はその俺の行動をどう解釈しただろうか……
彼女を殺したのはお前だと言う事を告げられない……それとも、母を殺したお前とは口を聞きたくない……だろうか……
たぶん……後者だろうか……
「だよな……」
少しさびしそうにラークは呟き……
その手にした花束を俺のかき集めた墨の上に添える。
「ヴァニ……その名前は返してもらう……」
そうラークは俺に告げる。
俺は必死で否定したいのに……言葉が何一つ出てこなくて……
「エミル……この数日、楽しかったぜ……シーナに宜しくな」
そう……後腐れなく立ち去るラークに……
「違う……違うよ……いか……ない……でよ」
やっと言葉が出た時にはその姿は無くて……
「言える……わけ……ないじゃないか……言えない……よ……」
そう墨と花束に俺の涙が落ちる。
「俺が……親父に助けを求めたせいで……親父が俺を助けるために……手をかけた化物が……その人だった……なんて……言える訳ないじゃないか……」
そんな背負う必要の無い罪を……親父に……背負わせる訳にいかないじゃないか……
その約束は最初から違えていて……
祖父と祖母の家に引き取られ……
その後も、何度か二人の出会った場所、稽古をつけてもらった場所に足を運んだが、彼に会うことは適わず……
腐敗した世界と共に、腐敗する俺の心も……
何処にも居場所は無くて……
ただ……誰にも負けない強さだけを求めて……
レスに会うまでの俺は……
ただ周りに恐怖を植えつけることで負けていないと思っていた。
それが……俺がその名前を名乗る理由なのだと……
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