音
新たに正方形の部屋に辿り着く。
これまで、以上に緊迫した空気……
「エリード……」
フィーリアはその先にいる男の名を呼ぶ。
ライトとセティに毟り取られた漆黒の翼を再び広げている。
周囲には……膝を突く男たちが数人……
それは、エリード、邪神の力によりそんな状況が作られているかと思ったが……
邪神の前に……薄紫色の髪の男の後姿……
耳全体が隠れるヘッドフォンを両手で押さえながら、身体を揺らしている。
「……当たりかなぁ……ここで待ってたら会える気がしたんだよね」
振り返ったその男の目は前髪で隠れていて確認できない。
それでも、その奥にある瞳は俺を見ている。
「武術会……魔王……神……そして邪神ねぇ」
「……どんな楽しい音楽が楽しめるか……期待したんだけどなぁ」
猫背の姿勢で……両手をズボンのポケットに入れながら……
「気持ち悪ぃんだよ……てめぇはっ!!」
「あはっ……傷つく……」
目の前の男はそう楽しそうに笑い……
襲う触手……
その先には男の姿はすでに無くて……
「つまらないなぁ……」
「ねぇ……そう思うだろ……」
薄紫色の髪、ヘッドフォンをした男は、そんなエリードの前ではなく、
俺の目の前に立っている。
「あんたがさ……噂の転入生?」
シャカシャカとそのヘッドフォンの隙間から零れる音……
そんな頭を左に傾け、男は俺に問いかける。
「誰だよ……あんた」
俺のそんな返しの言葉に……
「ソアラ=ノイズ……宜しくねぇ、レス君」
目の見えないその顔で口元でにやりと笑う。
「はい……これ」
キツネの仮面を差し出す。
「久々に再開したセティが……受け取ってくれないんだ……」
そんな、やり取りをする俺たちにエリードが漆黒の触手を向ける。
こちらから確認のできない瞳をエリードへ向ける。
「その音は覚えた……その雑音はもう僕に届かない」
「……調律……しろ」
俺の前に立っていたソアラと名乗った男は……
いつの間にかエリードの前に居る。
「っ!?」
光の線……そんな認識のモノが、
エリードの視界を音速で突き抜けるように襲う。
激しい激痛のダメージ……
エリードは何も理解することできなくその場に膝をついている。
「退屈なんだよ……平凡なんてのはさ……」
「そんな……誰かの決めたような毎日が……さ」
ゆっくりと、エリードを見ていた見えない瞳をこちらに向ける。
「……そんな誰かの決めた運命に逆らえない……そんな力も無いくせにさ……そんなモノに懸命に抗って……孤高に生きている彼女はさ……そんな彼女の悲鳴は最高に気持ちよかった……」
ソアラは身体を震わせながら俺に向かい言う。
「……なのにさ、久々に見た彼女はすっかり変わり果てた様子だった……転入生のせいだ?」
「聞かせてよ……彼女を変えてしまった君の言葉をさ……」
「……それなら、それを先に私が否定する……」
レイムがその右手を前に伸ばす。
「……えっ?」
ソアラは自分の両手の手のひらを頭の横で広げ、惚けたような顔を向ける。
「貴様の魔力を否定にする……」
放たれる衝撃がソアラを襲う。
目を点にして……その衝撃をソアラが受ける……
「あは……ざぁんねん」
そんな驚く表情を崩し、ソアラはその口で笑みを作る。
「……そんな音は僕に届かない……そんな否定は僕の音楽を超えられない」
「な……そんな……」
ソアラはレイムに向けた瞳をすぐに興味なさそうに俺に戻す。
「それでぇ……転入生は僕に……どんな音を聞かせてくれるんだい?」
途端、ソアラの身体が遥か上空に持ち上げられる。
地面から伸びる黒の触手……
エリードの黒き触手がソアラの右足に巻きつき遥か上空へと振り上げる……
「あはっ……まぢしつこいっ……」
「でも……いいね、そう熱くなられるとさぁ……ノッテきたっ」
ソアラは手とうでその黒い触手を切り裂き、地面に落下する。
何事も無かったように、猫背でゆっくりとエリードの方へと足を向ける。
「だからさぁ……気持ち悪ぃって言ってんだろっゴミ虫どもがさぁーっ」
黒い触手が一斉にソアラを襲う。
「あはっ……傷つく」
次々と襲う黒い触手の中に飲み込まれるように姿を消す。
「……丁度いい、口だけのあのくそ雑魚虫を消したところで、この前の復讐相手が二人も揃っているわけだ……」
エリードが消えた触手の視界から見えるようになった俺たちに目を向ける。
「無視するなよ……傷つくじゃん」
エリードの左、真横を取りソアラが立っている。
ゆっくりと、その右手を肩……を通り過ぎ、黒い翼を掴む。
「もーらいっ!」
その左の翼をもぎ取るように……
「あーーーーっ」
エリードがその痛みにもがきながら、黒い触手でソアラを狙う。
地面から突き上げてくる触手の数々を片手でバク転し回避する。
「よっと……」
ソアラが体勢を立て直すと、ポケットからコインのようなものを一枚取り出し、
それを左の手のひらに置くと右の中指と親指をひっかけ、そのコインを中指で強く弾き飛ばす。
カランと誰も居ない場所にカランとコインが転がり……
何の意味があったのかと全員がソアラに目を戻す……
「なっ……どこに……」
エリードが懸命にその姿を探す。
いや、この部屋にいる全員がその姿を探している。
「べーつに、コインである必要は無いんだけどね……」
「な……っ?」
いつの間にかエリードの真横に立っているソアラ。
その右手がそっとエリードの顔に添えられる。
「調律……」
真っ白な光がエリードの額を通り過ぎるように……
その衝撃でエリードの頭が後ろに傾き……そのまま後ろに倒れこむ。
「人間ってのは……騙し騙され生きている……凄く、凄く醜い生き物だよね……そんな言葉の中で……そんな騙し合いを協力、協調と言い聞かせて生きている……」
くるりと猫背の姿勢でこちらに向き直る。
「そんな雑音に騙される人間の脳ってのはいい加減だとは思わないかい」
瞳の見えない顔がこちらを見る。
「だから、今みたいに《《意味の無い音》》に騙される……耳で聞こえる音をデータ化して処理をしているのは脳なんだ……だから……群がる、多数派の意見を僕は嫌悪する……孤高な独自の言葉を評価する……」
この男は……いったい……
「ねぇ……僕ね、セティの事は結構評価していたんだ……ねぇ、どんな言葉で誑かせた、どんな言葉で利用したの?」
そして、ソアラはその場に立ち止まるとパンッと両手を音を出すようにたたき合わす。
だが……その音は目の前の男の方からではなく、俺の右方向から聞こえる。
思わずそちらに目を配らせるが、すぐに目線を元の場所へ戻す。
その姿は無い……
「あは……傷つく、さっきから僕一人でしゃべってるじゃん」
ポンとソアラの左手が俺の右肩に置かれる。
「……くっ……」
把握しきれないその能力に……
ただ、戸惑っている。
「言ったじゃん……余計な音に騙されるなって……だから、群がる中、そんな中のずる賢い誰かに……騙されちゃうんだ人間ってのはさ……そんな騙される側の人間にならない……僕も……そして、なるべきじゃないんだよ、彼女もさ」
「で……結局あんたは、俺に何を言いたい……」
真横、至近距離……その髪の隙間から瞳がギロリと俺に向けられるのがわかる。
「だからーーー、言いたいんじゃない、聞きたいんだよ……君がセティにどんな音で騙したのかを……僕のことも騙してよ、詐欺師君」
俺は身の危険を感じ、その左手を右手で払いのけ、距離を取る。
「あは……傷つく、でも……ノッテきた」
「もう一度……聞くぞ……結局、俺に何が言いたい……」
あはっと薄い紫色の髪の男は俺の前で笑い……
パンッと再び手を叩く。
意識を強く持ち、音のする方に目を向けずじっとその手に集中する。
「っ!?」
姿を見失っている。
クロハの母、イロハのフェイクを思い返す……
「勘違いしてるね……転入生……」
いつの間にか再び真横を取られ、彼の手のひらで視界を塞がれている。
「尋ねているのは僕だ……その生死を握っているのも僕だということだよ」
その指の隙間からその男の表情を覗くように……
笑みを浮かべている男の顔を見る。
「参りますっ」
観戦している場では無いと、クリアが動く。
光の矢の数本がソアラに向かう。
「どれも……微弱な音だ……生きたいと言うのなら……もっと強い言葉を届けてよ……それで、僕は納得させられない」
言葉通り、その矢はソアラに届かず消滅する。
「それとも……その子の悲鳴でも聞いたら、もっと面白い転入生の声……聞けたりする?」
その言葉に頭に血が上る感覚……頭が一瞬真っ白になる……
「いい顔するじゃん……ノッテきた」
そんな俺の怒りすらも楽しむように……
「で……どうする……?」
「……そこまでにしてもらえますか?」
標的をクリアに向けようとしたソアラの前にフィーリアが立つ。
「あは……なんかの冗談?」
ソアラがフィーリアを眺め言う。
力のほとんどを失っている……
彼女がこの男を止めることなど……
不可能……
「あら……せっかく私もあなたの仲間になったのだから……」
いつもながら、そんな俺の心の声を覗き込むように……
「ちょっとくらい、活躍したいじゃないですか」
その場で小踊りするようにフィーリアが言う。
「あは……元、神様の言葉……どんな音を聞かせてくれる?」
・ ・ ・
しかし……なんの策があったのか……
ただ、クリアと俺を守るためのでまかせだったのか……
完全に加減されているソアラの前にフィーリアは何一つ抵抗できずにいる。
「あは……なんの茶番?」
ゆっくりとその手のひらをフィーリアの額にあてる。
「やめろっ」
俺はフィーリアに変わりその相手を務めようと前に出るが……
「……私にも少しは……活躍の場をください……」
右手で俺の動きを停止するように前に突き出している。
「全く……私がこんなにもピンチなのに……こんなに待たせるなんて……」
そんな言葉をフィーリアは何かに向ける。
「っ!?」
ソアラが始終続けていた舐めたような表情を崩して、片手でその場でバク転しフィーリアから距離を取る。
「無茶……言わないでよ、これでも頑張って魔力をかき集めたんだ」
魔力……光の粒子が集まるように人型に集結する。
「神域魔力……?」
白く輝く……一時的に実体化した魔力の身体……
「せっかく……君と完全情報ゲームで対戦するために魔力を集めていたんだけどね……そんな時間は……無いか」
やさしくフィーリアを見ていた瞳は、光を無くし、ソアラを見る。
「あは……本気のあのキツネ面にも勝てる気がしなかったけど……さすがにピンチかなぁ」
ソアラは身の程を弁えるようにそんな言葉を発しながらも……
そんな神に挑戦するように構える……
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