昔語り(3)
「喰らえっ……八岐大蛇っ」
7本の刃がティセの立っている場所の地面から刃を交差するように現れる。
ティセの身体は分身の残像を残すように立っていた場所から自分の身体のシルエットだけを残すように座標を移す。
技の威力という部分では、恐らく刀術使いの中では、
ツキヨが見てきた中でもトップに君臨する。
それが、大蛇……
それくらいに、このセキラという女の能力は優れている。
だが……それ以上に、
神域に到達した、ティセの魔力。
その刀術を捕らえる、超えることは出来ない。
「その生贄を喰らえ、八岐大蛇っ」
7つの刃が宙を舞うと、ティセの身体を追尾するように追うが、
残像を残すように座標を変えるその女の身体を大蛇が、
捕らえることは無い。
「……邪魔をするなら……斬る……それだけ」
「……っ!?」
避けるためだけに残像を残し、その座標を変えていた女の身体は、
一瞬で、セキラの背後に座標を移す。
ティセの霧限の刃がセキラを捕らえ、その斬撃が衝撃に変わり、その身体を吹き飛ばす。
「……ほんと、どいつもこいつも……」
完全に蚊帳の外に放り出されてしまった、存在を主張するように……
その戦場の中央に、己の身体の座標を移す。
「……勇者とか……刀術使いとして、最強候補とか……同趣味で理想身体の持ち主とか……誰かを召喚した張本人とか……ほんと、どいつもこいつも、それだけで……英雄を主張するなよ、私を否定するなよ」
多分……何も出来ない。
粋がって出てきたが……
私に彼女ら二人を出し抜く、何かが在るわけではない。
今更……
アリアケの名を捨てて……
カスミの名に弟子入りした……
私にその資格を語ることは……無い。
迫った、ティセの刃を2、3撃、刃を合わせて防ぐが、
4撃目を身体に受けて呆気なく吹き飛ばされる。
そんな一撃で、起き上がった身体を膝からがくりと崩れ落ちそうになる身体を、刀を地面に突き刺して支える。
「……好きじゃないんだ……見せたくないんだよ……」
まさむねを抜かぬツキヨの目が黒から赤に染め上がる。
「……瘴気のせいでなくて……これが私の正体みたいじゃないか……」
ツキヨの赤い瞳がティセを睨み付ける。
・
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12年前……
まだ、5歳であった私。
「……おいで?」
餌につられて寄ってきた犬のような動物。
そんな野良動物の子供のそばにしゃがむツキヨを見ると、
「きゃんっ」
野良動物はそんな小さな少女に怯えるように逃げ出した。
そんな姿をただ、悲しそうに無言で見過ごす。
アリアケ家。
その刀術は……その名が轟くことは無かったかが……
暗殺者としての能力。
闇を生きる者の中ではその性は知らぬ者がいないほど、
恐れられている名だった。
そんな血を受け継ぐ、ツキヨの瘴気は、
野生の動物からすると、恐怖の対象でしかない。
臭覚の良い動物は一目散にその姿に逃げ出してしまう。
可愛いものが好きだった。
女の子らしく生きてみたかった……
その才能を、一族の中でも優秀に受け継ぐ彼女だったが……
彼女はその生き方を嫌って……
そんな誰よりも優れた能力を、自分のためにも使いたがらない……
そんな家系を離れて……小さな身体ひとつで生きようと決めた。
だけど、そんな小さな彼女にこの世界は優しくは無い。
理不尽に振るわれる不幸や暴力に……
それでも、彼女はその力を振るわず黙って受け入れようとした。
そんな前に現れたのが……
「大丈夫?怖かったねぇ?」
間の抜けた声で、ツキヨに話しかける同い年の少女。
「……あれくらい、自分でどうにかできただろ……」
目の前の悪を追い払った一つ年上の少女は、ツキヨの力を見抜くように言う。
「……おいで」
自分より2つ3つ年上くらいの男数名が、虐待していた動物の子供を守ろうとした。
そんな動物に声をかけるが……
そんな恩も知らず、小動物はツキヨの瘴気を恐れるように逃げ出す。
そんな姿を……慣れたように寂しそうに見送る。
「……そうだ、ちょっと待っててね」
同い年の少女はそう言うと、近場の建物に入り……
すぐに出てくると……
「はい……」
そうにっこりと笑顔で、小動物のぬいぐるみを手渡す。
「可愛いでしょ……これはね、逃げたりしないよ」
私は彼女たちと出会い、そして……カスミ家に弟子入りした。
それでも……アリアケ家……
その血筋は……私の中に今でも在り続ける。
私は……ぬいぐるみを愛でることしかできない。
生物は……私の瘴気を嫌うから……
今更……私を名乗るなよ……
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「……ここで、見ること……私の姿を……彼には言うな……」
戦場の真ん中にたつツキヨはティセを睨みながら……
「抜刀……初桜っ×まさむね……咲けっ……紫桜っ」
一度、納めた刀を再び引き抜く……
魔力が神域化したわけではない……
それでも、その魔力の変化に、セキラもティセも思わずその警戒の目を送る。
「好きじゃないんだ……私が私でなくなるようで……正体を曝け出すようで……だから他言はしないで欲しい……」
紫桜から溢れる魔力がツキヨにまとわりつくように、形取り、
黒に近い紫いろの魔力がツキヨの背に魔力が翼のように展開する。
ツキヨのつける眼鏡の奥から赤い瞳がティセを見る。
「邪魔をするなら……斬る……それだけ」
恐れることなく、ティセはそう返す。
「舞い散れっ……残桜」
刀を持つ右手を前に差し出して、地面を蹴り上げ、ツキヨがティセに突進する。
だが、ティセの身体は残像を残すようにその座標を移す。
その刀はやはり、神域の領域に達している彼女を捕らえられない、それでもツキヨの瞳は、座標を移したティセの姿を即座に追う。
「……っ!?」
ツキヨの魔力が一度羽ばたくと、その姿はティセの前に在る。
再び、ツキヨの刃がティセを狙うが、やはり神域に達しているティセの姿を捕らえられない。
残像を残し、座標を移すティセを……
捕らえることはできない、それでも……
羽ばたく翼……
ティセの前に追いつくツキヨ……
捕らえられなくても……逃がすことはない。
ティセが幾度と、目の前に現れるツキヨの姿からその身を逃れるが……
それを許さないというようにツキヨはそれを逃さない。
「私は……ただ……斬る……ただ、それだけっ」
その神域に匹敵するだけの移動力を得たツキヨ。
それでも、反撃に移るティセ。
一対一の構図なら多分、神域に達している女に分があったのかもしれない。
「喰らえっ八岐大蛇っ」
座標を移したティセの身体を……そこに座標を移すことを待っていたかのように……
数多の刃が、その身体を捕らえる。
歯を食いしばり、その痛みに耐えるティセ。
だが、さらに目の前にはツキヨの姿があり、
容赦なくその瞳はティセを見ている。
「舞い散れっ……残桜っ」
その刃がティセを捕らえる。
・・・
嫌いだった……
わたしの運命を滅茶苦茶にした、その賊を……ただ恨み続けた。
私という意思なんて……そこには存在しなくて、
私はただ、神に仕える使命を得て……
そして、同時に現れた賊に私は……支配される。
そんな二つの傲慢に……私はただ……その命を受け渡す。
だから……私はその言葉に従い、
それを斬るだけだ。
そんな、私もいつしか、幼馴染や身近の人間に助けられて……
平穏を取り戻す日が来るのだと信じていた。
でも……そんな私を最後まで愛していたのは……
嫌悪する男だった。
私と同じ……自由を知らない……ただ不器用にこの世界を生きていた。
勿論、そんな事、ひとつで私は私という人間をそいつに許す訳ではない。
それでも……こんな私なんかに、その命を捧げた……
嫌悪する男に……
私は……何を返す?
あぁ……これが、そんな私の中途半端な覚悟の結果という訳か。
そう一人、納得する。
神域化を遂げた……でも私の覚悟などその程度で……
何のために……愛していた者が誰だったのかもわからなくなった私など……
7つの罪を受けて……
8つ目の紫桜を受けて……
私は……その使命に終わりを見つける。
・・・
戦意を失うようにティセは起き上がる行為を放棄して……
ツキヨとセキラにその進路を譲る。
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