名前(2)
わたしは……今日もあの日もただ……誰かを救いたかっただけだった。
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「奪った命の数だけ、誰かを救いましょう……奪われる命の数だけ魂を狩りましょう」
数年前の記憶。
セキラはぼろぼろの身体を引きずるように、記憶の中の戦場の荒地を、白い刀を地面に引きずるように歩いている。
「こんな……はずじゃなかったのに……たくさんの命を守りたかっただけなのに……」
しかし、その結果は、敵も味方も戦場で息絶え……
残った人間は助かった命は一人だけだった。
・・・
6年前の学園。
セキラが1学年として入学したばかりだった。
セキラ=ヤマト。
ヤマト家は、刀術家としてもかなり有能な家計の一つ。
剣術科でもその名を知らぬものはいない程の学園でもトップクラスの実力者としてその名を置いていた。
当時、グレイバニアは隣国のバルナゼクの国と対立し、
戦争を繰り返していた。
グレイバニアの王は、その兵力不足を補うなめ、学園の生徒を兵として、
強制的に戦争へと参加させていた。
学園長であるマナトという男はそれを拒否していたが、
グレイバニアの王はその声を聞き入れることはなく、
その権限を駆使していた。
「セキラ=ヤマト先輩っすね」
一学年の男子が目の前に立っている。
前髪の長い灰色の髪。
目元が若干隠れていて、
見た目は少し幼く見える。
見るからに、庶民な見た目で、
「僕、がんばって先輩の軍に入りますから、待っててくださいね」
何故か自信満々に一学年の男子が言っている。
「君は……?」
名前も知らない初対面の男子に当然そう尋ねる。
「先輩に名を名乗るのは軍に入ってからです」
憧れの相手を見るように、目標を見るように一学年の男子が言う。
「すいません……こいつ、先輩に憧れてるみたいで、悪気はないんです、声の大きさと言うことだけは大きくて……」
友人らしき男子がまた一人現れて、灰色の髪の男の行動を謝罪する。
「待ってて下さい、必ず……同じ戦場であなたが惚れる男の名を教えてさし上げますからっ」
「バカっ、いくぞ……先輩、ほんと、すいませんっ」
灰色の髪の男は、友人に軽く頭をはたかれると、引きずられるように退散する。
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「セキラ先輩っ!!」
廊下で灰色の髪の一年男子に呼び止められる。
「僕、先の戦で3人の敵を斬りましたっ」
自身ありげに一年が言う。
「先輩はどうでした?」
ここで3以下と答えれば、この一学年の勝利になるのだろうか……
それでも……
右手を前に出すと、その指をすべて立てて見せる。
「ご……5人……?」
一学年の男子が少し悔しそうにするなかで……
左手の手もすべて立てる。
「え……10?」
驚いたように声をあげるが……
「いいや、5人だよ」
セキラはそう言い直すが、当然一年男子は、
その左手の意味に疑問を覚える。
「倒れた仲間の数……」
ほっそりした瞳は一年男子を見る。
「奪ばわれた……魂……奪った……魂も……均等……」
命を奪うということは……同時にそれだけの犠牲を払う。
「犯した……罪は、その代償を支払う……覚えておくといい」
一年男子へそう忠告する。
「言ったはずっス、まけねぇっス!次は絶対に先輩に勝って、僕の名前、覚えてもらいますからっ!」
「ばかっ、お前またっ!!先輩、ほんとすいませんっ!!」
友人に強めに頭をひっぱたかれる。
「奪った命の数だけ、誰かを守って見せるっす!」
退場させられる1学年はそうセキラに告げる。
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「先輩っ!!」
「今日は6人ですっ!!」
左のてのひらに右手の人差し指を付け加え言う。
「ばか、そもそも、先輩の立っている戦場とレベルがちげぇんだよ」
となりの友人もそう否定するが、
「10名……」
「奪った魂の数……そして、奪われた魂の数……」
セキラが自ら決めた救済
奪われた命の数だけ、命を奪う。
犯した罪の数だけ、誰かを救済する。
それがセキラの取り決めだった。
だから、それに反する事は……許されなかった。
戦場は激化していく。
だから、しだいにその数も増えていく。
奪われて……奪って……
そんな救済を守っていれば……
そんな罪を着ることもなかったのに……
結果はかわっていなくても……
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戦場……
6人の仲間が斬られた……
だから、私は6人の敵を斬った……
今日もそれで、敵が撤退してくれるはずだった、
だが……
「よくもっ!!」
敵の一人が、大事な仲間を斬られたのか、
近くの仲間に飛び掛った。
「た……助かった」
そうセキラが声をかけられる。
とっさに出た刀が敵を斬った。
均等を破ってしまった。
ルールを破ってしまった。
それが、決して運命を変えるわけじゃない。
先の未来が変わる訳ではない。
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いつもの廊下……
彼は、今日、どれだけの罪をあげたのだろうか、
興味のないふりをしながら、
気づかないふりをしながら、
先輩っ!!
背中からそんな元気いっぱいの声が聞こえるのを待っている。
・・・
「えっ?灰色の髪の男子ですか?」
尋ねられた女性が、その特徴だけでだれの事を言っているのか困惑するようにセキラを見ている。
「あ……先輩……」
灰色の髪の男子の友人が、そんなセキラを見つけ教室の中から、セキラの立つドア前の廊下へ歩いてくる。
・・・
「……えっ?」
うまく……聞き取れず、上ずった声をあげる。
「あいつ……ここのところ好調だったんです……その時も、6人も敵を斬って、十分その成績で満足すれば良かったのに……先輩に勝つんだって……撤退する敵を追ってまで7人目の敵に……」
「……」
私が均等を破ったから……
名前も知らない……ただ、元気のいい……一学年。
そんな男子を私は犠牲とした。
「バカですよね……でも、もうそんな頭をひっぱたいてやれないんです……」
友人は悔しそうに涙を流す。
「……これ……」
友人はセキラにヘアピンを手渡す。
槐の花を形とったヘアピン。
「あいつが、戦場で自分の名前と共に渡すんだって……」
花の名前も詳しくない……
だから、その花の名前もその意味もきっと気づくことは無くて……
だから……わたしは……
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「奪った魂の数だけ誰かを救いましょう……奪われた数だけその魂を狩りましょう……」
その最後の対価はこの私だと……
その後、休戦となる最後の戦場で、もちろんそんなことを知らない兵士たちは、ただ命を粗末に散らせていく。
血だらけの身体で、刀を地面に引きずりながら、
ただ、失ってしまった魂と、奪ってしまった魂を均等にするように……
その意味すらもわからずに……
それが、あと数時間遅ければ……
それが、あと数日早ければ……
私は償われていた……
魂は救われていた……
撤退命令を無視し、敵陣へと突き進む身体の前に……
次々と、敵陣が白旗をあげていく。
その日……バルナゼクはグレイバニアに敗戦した。
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ツキヨとティセのもとへと歩み寄る。
ほっそりとした目でセキラがふたりを見る。
「奪うのなら、その同じ数だけ私がそれを奪いましょう……」
セキラがそうつぶやく様に……
「へぇ……でも、わたしは貴方を斬るだけ……」
ティセが霧限を抜き、セキラへと斬りかかる。
「ならば……それだけの覚悟をしてください」
「あなたの罪の数だけ、苦しみなさいっ」
「映せ、八岐大蛇っ」
周囲に現れる7つの刀がティセの身体へと突き刺さる。
「うつせ……」
苦しそうな表情をしたティセの身体は幻のように消える。
セキラもツキヨも、その姿を追うように後ろを振り返る。
身代わりを作り出して、それを攻撃させる……ようなものではないようだ。
平然とその場に立つティセは多少のダメージを追っている。
それでも、あれほどの凶悪な攻撃を受けて平然を装えるのだろうか。
「わたしは……ただ、それを斬るだけ……斬れないものなど……無いっ!」
ティセが、一瞬横切る何かの記憶を頭を振るいかき消し、刀を握りなおす。
そんな一瞬も許さないように、
「映せ、八岐大蛇っ」
7本の刃が再びティセの身体を突き破る。
「うつせ……」
その場所を逃れるように姿を消す。
「その魂を生捕れ、八岐大蛇っ」
その7本の刃が意思を持つように、宙で回転しセキラとは逆に向きなおすように停止する。
セキラは頭はそのまま、細い目の中の瞳を後ろに向ける。
「(いけにえを)喰らえっ!!」
意思を持つように飛行した刃が再び姿を現すティセに突き刺さっていく。
その邪蛇は余りにも凶悪で……
それは、圧倒的に思える展開で……
「わたしは……斬る……ただ、それだけ……」
再び、幻のようにその姿が消えていく。
「生捕れっ八岐大蛇っ」
再び、刃は意思をもつように、自動追尾するように、飛行し獲物を逃さずに追い続ける。
「幻神魔力化……」
「「!?」」
その魔力の変化にさすがに、ツキヨとセキラの表情が変わる。
分身、残像を残すように移動する。
高速で追尾する刃を振り切るように、そして……
「わたしは……ただ……斬るだけ……」
「かはっ……」
背後を取られ、壁に叩きつけられるように斬撃を叩き込まれたセキラが、その場にひざをつく。
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