無能力の正義の味方
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11年前……
山奥にある小さな村……
ここ最近、近辺では凶悪な魔物が暴れるようになっていた。
魔王による瘴気は落ち着いていた……
なのに、この周辺の化け物だけが、凶暴化しては、
村に被害が出ていた。
「お前……強いのか?」
7歳くらいの少女……
褐色の肌……そして白く綺麗な髪をなびかせながらも、凄く強い瞳をしている。
周りの人間を見ても褐色の肌の人間はいない……
多分……別の国の血を引いているのだろう。
そして、その隣には茶髪の同い年くらいの少年が立っている。
「……おや」
赤茶色の短い髪、へそが見えるほどの短い黒いシャツに、赤茶色のショートパンツ。
そんな露出の高い格好に、白い半そでの白衣のようなものをマントのようになびかせている。
凶暴化した化け物から村を守るために、少ないお金で村が雇った能力者。
「……強いよ、なんたって私は正義の味方だからな」
白い歯を見せ、小さな少女に笑いかける。
「嘘だ……」
茶髪の少年に即、理由もなく否定され、思わず左肩を下げるようにずっこけポーズを取る、自称正義の味方の女。
「この村に正義の味方なんて雇う金なんて無い」
茶髪の少年が、そう自分の言葉の理由をつけくわえる。
「正義は弱きものの味方だ、故に正義は強くあれ……」
自称正義の味方は二人を見て、そう言って笑顔を向ける。
「セーネ=ノット、正義の味方のおねぇさんの名前だ」
自称正義の味方は、目の前の子供に名乗る。
「アストリア=フォース」
「ナイツ=マッドガイア」
褐色の女の子と茶髪の男の子が、セーネに名乗る。
数日前に親を亡くした二人が出会った正義の味方だった。
「アストリアに……ナイツね」
二人の前にヤンキー座りのようにしゃがみながら、二人の頭を撫でるように叩く。
「ボクたちはもう、この村の戦士だ……子ども扱いするな」
この頃のナイツはまだ自分をボク呼びでありながらも、
親を失いながらも、強く生きることを決めたナイツもアストリアも、
迫る災害と戦う覚悟はとっくにできている。
「で、あんたはどんな能力を持ってる、正義の味方なんだろ?」
それだけの異能力を持っているのだろう?とアストリアがセーネに聞く。
「よし、いい質問だ、特別教えてあげようか」
少しもったいなぶるように、二人を平等に見渡しながら……
「わたしは無能者だ……」
白い歯を見せ、笑いながら言う。
「無能……者?」
その言葉の意味が理解できないように、ナイツが繰り返す。
「うん……言葉通り、わたしには特別な能力などないのさ」
謎に二人の前に突き出した拳を広げながら言う。
「無能?……無能じゃないか?」
アストリアが違う意味ながらも同じ言葉を繰り返す。
「だからこそ……弱気者の気持ちがわかるのさ……だからこそ、正義の味方に近づけるのさ……正義は強くあれ……」
どこからその自身が出てくるのか、変わらぬ笑顔でセーネがアストリアとナイツに言う。
どこか、その目の前の自称正義に胡散臭さを感じながらも……
それは、二人にとって生涯、紛れも無く、正義だった。
・・・
「化け物だーーーっ、化け物が出たぞっ!!」
村人の一人が高台の警報の鐘を鳴らす。
凶暴化した化け物が現れる。
「行って来い……」
森の木陰に隠れるように、
11年後に再び出会う、リスカは変わらぬ姿で化け物を撫で上げると、
「ガルルルーーーーッ」
狼のような化け物が村を襲う。
村の戦士たちが表に出ると、その化け物を向かい出る。
そこには、アストリアとナイツの姿もある。
そして、先人を切って、化け物に立ち向かった大人たちが……
「ぐっ……」
次々とその化け物の前に倒れていく。
威勢よく飛び出したアストリアとナイツだったが、目の前で膝を突く大人たちを前に、すくんだ身体が動かない。
瞬間、ばさりと白いマントのようなものが二人の目の前になびいた。
「これは、また厄介だねぇ、思った以上に危険レベルの化け物じゃないか」
目の前の通常の危険ランクを遥かに凌ぐその化け物を眺めながら、
「全く、割の合わない報酬だ……正義の味方も楽じゃないねぇ」
そう言って無能者は震える二人の前に立つ。
「無能者に何が……」
できるんだ……と、アストリアは動かぬ体の口を何とか動かす。
「無能でも……魔力無しとは言っていない……」
目の前の化け物を見上げながら、二人に言う。
「無能が故なのか、魔力だけは純粋に高くてね……この拳に宿っている……だから、この体術だけは、誰にも負けない……負けたりはしない、だから、わたしは正義なんだよ」
セーネが二人に、そう宣言する。
無能だったからこそ……流れる魔力が宿るのはその拳だけ。
だから、体術だけを極めてきた。
だからこそ、わたしは正義だと。
「弱気を守り……正義を語れっ」
魔力を両腕にビリビリと放電させながら、化け物を見上げる。
「すごいっ」
アストリアの口から自然とその言葉が零れ落ちて……
セーネが繰り出した拳が蹴りが……
無能者による攻撃が、
どんな優能力者でも成しえない正義がそこに存在していた。
無能者がたどり着いた境地にただ……尊敬を見る。
紛れも無く二人には正義の味方で……
二人には正しき正義で……
負けるわけの無い正義だ。
だって……正義が負けるわけなどないのだから……
「ふふふ……」
木陰で一人の男が笑う。
そんな正義の姿を……
「否定する……正義など存在しない」
「そうでなきゃ……僕は……僕は……」
変わらぬ姿のリスカが目の前の正義を見ながら……
「壊すっ……壊れろっ……」
そう不気味に笑い、セーネを睨みながらも、
今はその場を後にする。
「なぁ……セーネ、これからもこの村を守ってくれるのか」
この村には彼女を繋ぎ止めるだけの資産はない。
アストリアが少し不安そうに尋ねる。
「わたしは、今日、明日の食い扶持と寝床を与えられればいいさ、後は私は正義を名乗れればそれでいい」
消滅する化け物、その女性の背に……二人の子供はただ憧れを尊敬の眼差しを……そんな無能者に送る。
たかだか、体術……でも、それ故、極めた無能……
二人はただ……そんな無能で無欲の正義の味方に憧れる。
「私を……」
「ボクを……」
「「弟子にしてくれ
ください」
その力に……その正義に……惹かれた幼き少女と少年……
そして、異世界へと導かれたアンチ正義の男の昔語……