棺
「壱の型……爆撃拳っ」
ヴァニの手甲か薬莢がからりと落ちると同時に、
もの凄いスピードの拳が俺に迫る。
透明な壁に一撃が防がれると、ヴァニは少し悔しそうな顔をして……
「これでも、まだお前の結界を突き破れないのかよっ」
と、言っても……俺もある魔力のほとんどを使わないととても防げる威力ではない。
学園のある街から少し離れた場所……
その山奥にあるブレイブ家の持つ数ある別荘のうちの一つ。
そこを寝床の宿として、合宿が行われている。
そして、ヴァニと実戦、手合わせの最中だ。
「ほんと、すげぇよ……レス、お前は」
「ヴァニ……この短期間で化けに化けた奴はお前だとおもうぞ」
そう俺が返すが……
「いつか……俺の拳がお前に届かせるつもりでいるんだけどな」
そう笑いながら……さらに手甲に炎を宿しラッシュを繰り出す。
それらを防御結界で防ぐが……
ただ、攻撃を防いでいるだけでは、合宿の意味をなさない。
現に先生も厳しい目で見ている。
青白い光が俺の胸の辺りから飛び出すと、俺の右手にまとわりつくように、
鎌に姿を変える。
がむしゃらに大振りするが、それはヴァニに回避され、
反撃に繰り出される拳を結界で防ぐ。
ヴァニもどちらかというと、一撃必殺型で、
ナイツやアストリアのような機敏な体術を使うというタイプではない。
ヴァニがその辺りを極めた日には本当に手がつけられなくなるかもしれない。
「ハハハハッ」
急にヴァニが笑いだす。
「……いや、こうしてレスと拳を交えながら修行みたいな事する日が来るとはと思ってさ」
その俺の疑問の顔に答えるようにヴァニが言う。
「……今でもさ、あの日のお前にもらった一撃……昨日の痛みのように覚えている……最初は腸が煮え返るくらいに悔しかったはずなのにさ……次の日、お前は……そんな俺を同じ仲間として助けてくれた……」
そう過去を振り返るように……
「だから……お前みたいに強くなりたくて……いつかこの拳をレスに届かせるんだって……」
そう再び拳に力を込め地面を蹴り上げ俺に迫るヴァニ。
………。
沈黙する俺の目の前で拳が止まる。
殴られるつもりだったのに……
「すまなかった……」
自然に許された周りの空気に甘えていた。
俺は、深々とヴァニへ頭を下げる。
「……レス?」
その意味が理解できないように……
「学園……魔王……の一件、結局、俺は全部守ることはできなかった……」
詳しくは知らない……それでも、俺はヴァニに頭を下げる理由がある。
「レス……勝手に何でも背負い込むな」
そうヴァニに返される。
「別にレスがあの場に居なくても、親父は魔王と戦った……レスが居なければ全滅だったかもしれない……そして、あの日のあの場所の出来事はやっぱり俺と親父の問題なんだ、だから謝るな」
そうヴァニが下げた俺の頭を上げさせる。
「……でも」
引き下がり方がわからなくなっている俺に……
「それじゃ、ケジメつけようぜ」
そうヴァニが言う。
「けじめ?」
そう、見上げた俺の顔を……
「ぐっ……」
手甲を解除したヴァニの本気の一撃が俺の頬をとらえ、後ろに倒れる。
「よし、次はレスの番」
そうヴァニが自分の顔を殴るように言う。
「……男のケジメ、これで後腐れ無しだ」
そうヴァニが笑う。
……全く……暑苦しい仲間だ……
能力無しの本気の一撃をヴァニに叩き込む。
正直、自分の手が痛かったが……
「相変わらず、いい一撃してるな、レス」
そう、互いに尻餅をつくように座りながら、何がおもしろいのか笑い出す。
「まったく……何を青春してるんだ……」
遠巻きにイロハがレスとヴァニの様子を見ながら、二人には聞こえない大きさの声で言う。
「うん……いい、もっとヤレ」
物陰から見ていたシェルが、普段見せるつまらなそうな顔ではなく、嬉しそうに興奮した顔で二人を見ている。
・
・
・
15年前……
「瘴気を……増幅して……吐き出す?」
それが1歳になった、魔王との初めての出会いだった。
「どうか……どうか、この子を……」
自分の子供が魔王の器として選ばれた。
そんな親が……
僕はリザにお願いをし、その能力で、
障落ちする寸前の人たちを助けてきた。
それが、彼女に与えられた、世界を救う軌跡なのだと……
その力の噂を聞きつけ、魔王の親は僕とリザの元を尋ねてきた。
学園計画……
リプリス家の力とリエンの財力を借り、
今は建設、魔力の力も有り、現世より遥かに早い日数でその建設は終了しそうではあったが、その合い間に少しでも人の助けになろうと、主にリザの力を借りてではあったが、障り落ちする人間を寸前に救ってきた。
「……リザ、頼めるかい?」
そう彼女に尋ねる。
「……うん、マナトがそうしろって言うなら」
自分の意思では動かないけど、マナトが言うのならとリザが魔王の器の前に立つと……その手をかざすと、その赤子の身体から瘴気を吸い取る。
「……っ」
珍しそうにリザが少し悲痛の顔をする。
「だ……大丈夫かい?」
そうやらせた本人でありながらも心配そうに尋ねる。
「……平気、いつもより強い瘴気に少しびっくりした……」
それだけ……とリザが返す。
「……そうか、ならよかった」
そう安易に彼女の言葉を受け入れ安心する。
だが……数日後には魔王の器に瘴気が貯まる。
その都度、リザがそれを吸い上げる。
リザは僕たちには見えない空を見上げて……
「……まだ、持つかな」
そう呟く。
また、別の日に……
「……あなた方にお願いすれば魔力を分け与えてもらえると……」
そう一人の夫妻が、3歳くらいの子をつれてやってくる。
それが、ニアンとの出会いだった。
「息子は……他の子よりも魔力が少ない……将来、立派な人間になれるよう息子にその瘴気をわけてくれないか?」
そう頼み込んでくる。
それが、リザの貯まった魔力を再利用する一つのきっかけだった。
その小さな身体に、数日おきに少しずつ魔力を瘴気を送る。
実験台として俺の身体でもそれを試した。
それが……あの事件に耐えられた耐性となっていたのだろう……
事件は……それから遠くない数日後に起こる……
・
・
・
「……ねぇ……マナト……どうしたの?なんで怖い顔してるの?」
そう周りの様子も気にしないように、マナトのその表情だけに興味を向ける。
瘴気に塗れた屋敷……
リザ=エンドが居場所が無かった屋敷の一室で、
瘴気の吸い上げと受け渡しをしていた……
リザの能力の限界を超えてしまったのだろう……
周囲が爆発するようにリザの身体から瘴気が溢れ出るように漏れ出している。
その日、たまたま一緒に居合わせた、フィルの両親とニアンの両親……
そして、この屋敷の住人全員……溢れ出す瘴気にあてられるように、
障り落ちしていた。
俺とニアン……もともと瘴気の強いフィル意外は……
その瘴気に抗うことができず……
「なんだ……どうして……こんな事に……」
襲い掛かってくる障落ちした化け物……
リザが黙って右手をかざすと……それはリザの中に取り込まれる。
ニアンはただ、状況が読み込めないように……
障落ちた化け物と、リザの姿に小さく身体を丸めてガタガタと震えている。
バンッと一室のドアを蹴破るように数人の人間が入ってくる。
「炎舞……火葬」
ラークが化け物を掴みあげると、一瞬にして燃え上がり塵となる。
「……マナト、これは何事だっ」
事態をいち早く聞きつけたリエンとラーク、サイザスが部屋に入ってくるなりマナトを問い詰める。
「マナト……今日のお仕事はもう終わり?」
そう事態を読み込めない犯人がマナトに近づく。
「……あぁ……もう帰ろう」
そう……彼女にだけは動揺を察しられないように……その意味があるのかはわからなかったが……
「まて……マナト」
そう魔力の剣がマナトとリザの方へ向かう。
「どうして……どうして、この人、マナトに武器を向けるの?マナトはね……皆のために頑張ってるの……皆が平等になるようにね……皆が幸せになれるようにね学園を作るの……」
感情の無い人形は、年相応の言葉を持ち合わせない女性は……
ただ……そんなマナトに向けられる剣の先が不思議だった。
言い逃れなどできない……
どう見ても……事件の原因は彼女にある……
「リエン……違うんだ……今日まではうまくいっていた……今日はたまたま……」
そう……言い逃れる方法を必死に考える……
「黙れっ……さっさとその女をっ」
そうリエンの部下の一人がマナトを取り押さえるように、他の連中に命じる。
「マナトを離してっ」
そうリザがその部下の手を取る……
か弱いその力をすぐに振り払おうとするが……
「……うわっ……な、なんだ」
黒い靄のようなものが、その部下の身体の中に流れ込む。
「アーーーーーーーッ」
男はあっという間にその瘴気に取り込まれるように障落ちする。
「……なんだ……どうなってる?」
さすがにラークも動揺するようにその様子を見ている。
障り落ちた元リエンの部下がマナトに襲いかかろうとするが……
かざした、リザの右手がその瘴気を吸い上げると、
その姿は跡形も無く消える。
「ば……化け物」
リエンの部下の一人がそうリザを指すように言う。
「……排除……する」
少しだけ迷いを見せながらもリエンはその使命を優先する。
「やめろ……やめてくれ」
そう必死にマナトは請うが……
「動くな、もう……お前にも手に負えるもんじゃねーだろっ」
「頼むから、お前まで俺たちに手をかけさせるな」
そうラークがマナトの身体を取り押さえる。
「……違う……彼女はただ……不幸になる人間を……一人でも多く救おうと……」
そのマナトの言葉は今は全て矛盾していて……
その正しさを言葉にできない……
リエンの掛け声と共に、リエンの部下たちの能力がいっせいに飛び……
リザの身体を貫くように飛び交い……
その身体が弾き飛ばされるように……
行き場の失った周囲の瘴気が……器の身体に入ろうとするが……それを察したのかはわからないが……残る力でリザが周囲の瘴気を体内に取り込む。
結果としてフィルの存在は、リエン達にはバレていない……
「……リザ……」
よろよろと、マナトはリザのそばへと歩み寄る。
「……マナト……学園がね……できたらね……」
リザの手を両手で握り締める。
「……私も……先生できるかなぁ……ニアンくんやフィルくんの……先生をきちんと……できるかなぁ?」
そう……自信なさそうにマナトに尋ねる。
「……うん……リザなら……きっと大丈夫」
そう……返す。
「……笑顔の練習……してるんだ……ねぇ……今、笑えてるかな」
そんな様子をただ……リエンもラークも見守っているしかできない……
「……うん」
その言葉に……
「よかったぁ」
リザはマナトの前で初めて笑った。
そして、そのまま目を閉じる。
学園を作ろうと思った。
誰もが平等な世界を作りたかった。
リザの力で障落ちを食い止めようと思った。
誰もが不幸にならない世界を作りたかった。
でも、それは僕の傲慢だった……
・
・
・
大火事でもあったかのような屋敷……
あの事件があったあの日のまま……
15年の年月そのままで……
ここまで引きずってきた棺の中で眠る女性……
あの日の姿のまま……
彼女の中にはまだ能力が流れていて……
根拠は無い……
ただ、彼女はまだ生きている……とそう実感している。
「僕が……守るから……」
「……全部……終わらせよう……」
そう……僕には見えない空を見上げる。
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