出発を伝える
「決まった、明日から一カ月。」とあかりは言った。
電話の向こうにいるのは恋人の辻褄猛である。
部屋に戻ったあかりは身支度を終えて冷え切った体をシャワーで温め恋人へ明日からの仕事を報告していた。
「東京寒いの?」と猛が聞くと「寒いっちゃあ寒いかなぁ?こっちと違う感じ。」とあかりは答えた。
「なんだかよくわからないけど転勤とかでは無いなら良いんじゃない?」と猛は言った。
「一カ月会えないんだよ!一カ月!ホテル暮らしですよ!」とあかりは言ったが「良いホテルなの?」と猛が聞くと「うっ、うん。」と答えた。
そこへは以前も仕事で泊まった事がある。眺めは良いし、レストランの食事は絶品だし、正直な所、楽しみでもある。なにせ予算がたっぷり出ている。
「まぁ、こっちもやる事無いし、時間あったらちょっと会いに行くよ。そっちが休める日あれば教えてよ。」と猛は言った。
「絶対来てね!モンブラン美味しい所あるんだから!食べに行くよ!」とあかりは言った。
「分かった。楽しみにしてるよ。でも怖いよ、東京。怖い。」と猛は言った。
あかりは1度、猛を東京へ連れて行った事がある。
勝手の分かった彼女がいつものペースで田舎者の彼を右も左も分からない土地へ連れて行った物だから終始オドオドしていた。
ぎゅうぎゅう詰めの電車に驚愕し、新宿駅の人の多さに怯え、人々の歩くスピードに唖然としていた。
来て数時間後には干物みたいになっていたので予定を切り上げ夕方前に新幹線に乗って帰った。
「まぁ、慣れてないからね。絶対に来てね!」とあかりが念を押すと「分かったよ。じゃあね!」とあっさり電話が終わってしまった。
正直な所、「断れ」とか「嫌だ」とか言って欲しかったが妙に物分かりの良い恋人でこの辺りがあかりにとってはなんとも寂しく感じる所だった。
かと言って引き止められるのは困るはずである。
「一緒のイベンターの人、同世代の男の人だって」とメッセージを送ったが「もし時間あれば3人で食事しよう!」と帰ってきた。
彼女が期待した返事はそれでは無いのだが、これもまた期待通りだと面倒くさいはずだ。
「あーああーっ寂しいぞ!」と言ってゴロリとベッドに倒れこんだ。
横を向くと部屋に貼ってあるYo-YoファイブがYo-Yoボイスだった頃のポスターが目に入った。
「どんな気持ちだろ?頑張ってきたのに離れ離れになっちゃうなんて。恋愛のそれとは違うのかな?大学卒業した時なんかの気持ちに似てるのかな?」とポスターを見つめてこれから会うであろうスウィート♡スウィートのメンバーの事をあかりは考えてみた。
そしていつの間にか深い眠りに落ちていた。