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召喚者は一家を支える。  作者: RayRim
第1部

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88話

「それでは出発しましょう。」


出発は昼過ぎとなった。

遥香とカトリーナの消耗が予想以上に大きく、回復に時間が掛かってしまっていた。


「限界まで振り絞る戦闘ってこんなにキツいんだね…まだ本調子じゃないよ…」

「これが本物の戦闘ですよ。私もすっかり忘れてしまっていた感覚ですが…」


腹の辺りを擦りながら言う。内臓へのダメージがあるのか、少し顔をしかめていた。


「今考えてもあれは無いですね…完全な油断でした…」

「まだ痛むのか?」

「いえ、痛みはありません。なかなか忘れられる一撃ではなかっただけです。」


苦笑いしつつ、悔しさも滲んでいる。

昨日の反省会で、その一撃が気を引き締めたという事になったが、やはり不本意なのだろう。

オレとしても、血反吐まみれのカトリーナは思い出すだけで心臓に悪い。


「いよいよ渡るんだね。」

「ええ。あたしらパーティーの最初の目標ですぜ。」

『その場にいないのが辛いわ。』

「また来れば良い。その時はオレも戦える。」

「旦那が居れば百人力でさぁ。比喩でも何でもなく。」

「そうだと良いがな。」


全員、横一列になり、同時にビフレストに踏み入った。

硬質な、石とも違う何か。それがオレたちを支えている。

始めはゆっくり歩いていたが、大丈夫だと分かれば歩みは早い。


『ちょっとこの為に練習した歌があるんですよ。では、歌います。…虹の彼方に。』


バニラが言うにはピアノの音のみの演奏。最初はゆっくり、噛み締めるように歌っていたが、急にテンポが速くなり、まるでステップをしながら進むかのような感じになった。


「この歌はズルいなぁ…なんだか色々と思い出すよ。」

「ええ。相応しい一曲ですね」


バニラの言葉に頷くカトリーナ。


「『オズの魔法使い』だっけ。」

「色々と聴く機会のある歌だけど、有名なのはそれだよねー。」

「そうなんだ。」

「柊ちゃんは無縁そうだよね…」

「子供の頃に見た覚えはあるけど、もう覚えてないよ。」


思い出話をする娘たち。

何処か楽しげに歌を聴きながら軽やかに歩くカトリーナたち。メイプルは良い歌を選んできたな。


「みんな楽しそうだ。」


補助器具のおかげでオレも自分の足で越えられる。それが堪らなく嬉しかった。


「只の橋、と言えばそれまでなんだけど、それでも凄いよね。

滝の水量も、橋の大きさも、見える光景も…」


橋の中程に来たところで遥香が立ち止まって言う。

常に先頭を突き進むだけのイメージだった遥香にしては珍しい姿だ。


「こっちは北西側で、あたしらぐるっと回って来てるようですぜ。」

「じゃあ、あの海が…」

「『北の果て』、ですぜ。」

「ただの水溜まりにしか見えない。」

「イグドラシルのテッペンから見たら南の大珊瑚海もそうでしょうよ。

近くで見れば、全ての生き物を拒む大地と海の名は伊達じゃありやせん。」

「西の岩山も見えるねー。あそこが師匠の故郷かー」

「本当に山しかないんだね。」

「巨大な鉱山だからな。中は凄いらしいが。」

「ゲームでは拠点にしてたけど、こっちではどうなっているのか師匠は教えてくれなかったんだよねー。」

「自分で確かめてこいって事かぁ。」


カトリーナとフィオナ、ジュリアは、娘たちと違い、エルディーの方を見ていた。


「懐かしいか?」

「いえ、本当にエルディーは小さな国なのだなと思いまして…」

「そうですわね。地図が誇張されているのかと思っていましたわ。」

『王都の繁栄はそれを隠しちゃうわよね。エディさんとミルクの戦略なのでしょうけど。』

「でも、繁栄は王都だけというのもよく分かります。西の方は…」


ここからでもよく分かる王都の西側。高いところだからこそ余計にハッキリと。


「そうですわね…

東部はイグドラシルの恩恵を受けていますから。でも、西部は…」


木々が途切れ、広大な荒れ地となっている。それは西の山々まで続いていた。


「あたしらが最初に戦ったのはあの辺りでしょうか。こう見ると、王都は目と鼻の先ですね…」

「…ココアのもう一人が居た場所だな。」

「道が整備されてなくて、大回りだったね。」

「西部は人が住むには厳しいですから…集落はあるのですが…」

「そこは魔導具で解決しよう。」


話に耳を傾けていたバニラが加わる。


「そうですわね。それしかありませんわね。」

『私たち、魔導師の領分よね。』

「おい。歌に割り込むな。」

『長女が冷たい…』

「言われなくてもちゃんと分かってるから。」


なだめる長女。母は向こうでしょんぼりしてそうだ。


「橋の終わりが見えてきたよー。」


先を進んでいた梓が手を振って言う。


「さあ、行きましょう。虹の向こうは目の前ですよ。」

『おー!』


少し名残惜しさも感じつつ、オレたちはまとまって虹の橋を歩いて行った。





その瞬間は突然だった。

急に世界が切り替わる。そんな感覚がオレにも分かった。

全員が緊張した様子で歩みを進める。

虹の橋であることは変わらないが、空気が明らかに違う。


「アリス、聞こえているか?」

『聞こえてるわ。どうかした?』

「空気が…場所が変わったような感覚がした。」

『…気を付けてね。』

「はい。警戒していきましょう。」

『怯える必要はない。』


頭に声が響く。ヘイムダルと同じような感覚だ。


『今の声…』

「聞こえ、いや、伝わったか?」

『頭に響いてきたわ。』


魔導具を通して繋がっているのだろうか。

警戒しながら歩き続けると、一面無数の花が咲き誇る花畑に辿り着いた。


「凄い…こんな綺麗な場所だったんだ…」

「ああ…何度も夢に見た光景だ…」


ジュリアとバニラが感激した様子で言う。

だが、他はそれどころではない。


『ここは我ら神性を持つ者の地。俗世の者が何の様だ。』


声の主が姿を表す。

八本脚の馬に股がる長い銀髪で隻眼の偉丈夫。

手には長い槍を携え、こちらを値踏みする様に眺めていた。

二羽の鳥がオレたちの頭上を旋回している。

ここはオレが前に出るのが筋だろう。ゆっくりと一人で前に出ていく。


「転生をしに来た。」

『…資格はあるようだな。では、供物としてイグドラシルの種、オリハルコン、小金貨100枚を差し出せ。』


カトリーナが丁寧に包んだ供物を差し出してきた。受け取るが、とても重い。

跪き、差し出す。スッと重さがなくなるのを感じ、顔を上げる。


『確かに受け取った。では、最後の試練だ。』


どんな試練だろうか。今のオレにこなせる物だろうか。

と思った瞬間、体が勢い良く引かれ、皆から離された拍子に補助具が外れて転がってしまった。

全員が驚いた様子でオレを見ている。何が起きたのか分からない。


『貴様の大事なもの、命を賭して守ってみせよ!』


槍から光が放たれ、皆に襲いかかる。

瞬時に判断した遥香が前に出て皆を守った。

なんだ。どうしてこうなった。


『どうしたの!?何が起きてるの!?』


アリスの悲鳴に似た声が聴こえてくる。

説明がつかないどうしたら良いか分からない。


『どうした、人間。大事なものではないのか?守る価値の無いものだったか?』


そんなはずがあるものか。命を賭けても良い。だが…!


『命を燃やせ。全てを出し尽くせ。証明してみせよ。貴様の力とその魂の価値を。

価値無き者に転生の機会など与えぬわ!』


光の強さが増す。その強さに耐えられなかったのか、遥香の盾が弾き飛ばされてきた。

それでも魔法だけで耐えている。フィオナとバニラとユキも力を貸していた。


『ヒガン…』


アリスが悔しそうにオレの名を呼ぶ。

ああ、オレは…


「お父さん!大丈夫だから!私たち、耐えられるから!!」


遥香が叫ぶ。盾は吹き飛び、鎧も亀裂が入っている。何が大丈夫なものか。耐えられていない。

それでもオレにできる事は…

ステータス画面を見る。赤文字だらけの中に一つ見慣れない白文字があった。


【全身全霊】

命を燃やし、死力を尽くして敵を打倒する。

全ての状態異常無効化。


これしかない。

決めてしまえば後は行動するだけだ。


【全身全霊】【シールドスフィア】


考える間すら惜しい、盾を拾い、防御魔法を展開して遥香の前に割り込んだ。


『ふっ…証明してみせろ。貴様の価値を!』


更に光の奔流は強くなる。

腕が持っていかれそうだが、オレはこんなもんではない。

全身全霊によって既にスキルは全て使っている。


「バニラ、メイプル!」


【インクリース・オール】

【バトルソング】


「バニラ、足りない!」

「…っ!」


【インクリース・オール・オーバードライブ】


一気に何かが持っていかれる感覚に襲われる。だが、これで良い。良いんだ。


『ほう。ようやく本気になったな。では、こちらも本気でいこう。』


更に圧力が増す。もう盾が耐えられない。だが、梓の盾だ。信じる。

後ろで遥香がオレの身体を掴み、何度も喚きながら背を叩く。

このクソガキの事だ。手柄を取るなとか言っているのだろう。

だが、残念だがこの場は譲れない。オレの試練だ。オレがこなす。


…ん?遥香…ってそんなだったか?

まあ良い。今は目の前の光を対処しよう。

属性は光。魔法属性だが魔法ではない。魔力弾の派生だろう。だが、アンティマジックは使えない。それは自殺行為だ。ならどうする?


『考えている暇はないぞ?そろそろ時間切れだ。』


うるさい。

考えろ。何がある。オレの手持ちは…


「『リンゴ』、手を貸せ。剣を持って横に立て。早く!」


右後ろに立った『リンゴ』の手を掴み、オーディンへと刃を向ける。

これはオリハルコンの物ではなく、オレが使っていた方の剣。これからやることにはむしろ好都合だ。


「魔力の流れを追え。それで、終わる。」


ヴォイドを速やかに構築させ、魔力の充填を始める。

梓の技術、バニラの詰めに詰め込んだ刻印とエンチャントのおかげで、あっという間に魔法が出来上がる。


「しっかり掴んでいろ。」


返事は聞かず即撃つ。


【ファイナルストライク】


盾を落としてしまうと同時に剣が砕け散り、『オーディン』の『グングニル』から放たれた光を撃ち破り、オーディンに一撃くれてやった。


「…どうだ?」

『見事だ。我が試練、よくぞ乗り越えた。』


強烈な印象を残す笑みを浮かべ、オレを称賛してくれる。だが、


「お父さん!お父さん!!」


もう体が限界を迎えていた。

足はとっくに崩れ落ち、左腕も塵になっていた。

倒れていないのは、『リンゴ』に上半身を抱えられているからだ。


「喚くな。全くお前は子供なのか大人なのかよく分からないな…」

「どうして…どうしてこんな…!これじゃ意味が…」


今度はしっかり抱き締めてくる。向きが代わり、みんなの顔がようやく見れた。


「…みんな、なんて酷い顔をしているんだ。」


全員、大泣きしながらこちらを見ていた。


「ああ…旦那様…どうしてこんな…」


カトリーナがオレの顔に自分の顔をくっ付けて泣く。


「みんな、大袈裟だ…そうだろ…オーディン…」


そこでオレは力尽きた。




「やりすぎだ。」

『フフフ。楽しくなってついな。』


何もない白い世界でオーディンとテーブルを挟んで向き合っていた。

これが転生プロセスの待機室のようなものだろう。


「まあ、良いさ。この後が大変そうだが…

オレはどんな顔をして出ていけば良いんだ?」

『汝には23度煮え湯を飲まされたからな。1度くらい良いだろう?』


疑問が一つ解消された。だが、ここは深く聞いておくべきだろう。


「ココアたちはなんとかならないか?」

『ここまで来れたなら力になろう。それが、この世界に対する最大限の干渉だ。』

「十分だよ。…オレが同じになろうかと思ったが。」

『やめておけ。汝には荷が重い。スキルが無い汝など役立たずだ。』

「そうだよなぁ…」


我が事ながら納得するしかない。


「そう言えば転生後レベルはどうなるんだ?」

『全てはそのままだ。種族は言うまでもなく『ディモス』だな?』

「ああ。未来の嫁達が待っているからな。」

『そうか。汝の子孫がやって来る日もあるのだろうな。』

「かもな。だが…」

『きっと汝を親に持つことは不幸だろう。汝はあまりにも強すぎる。』

「…環境がちゃんと育ててくれると信じるよ。」

『ふっ。そうだな。さて、時間だ。』

「あまり話せなかったが良かったよ。」

『…そうか。まあ、汝とは後何度か会うことになりそうだが。』

「そうだな。だが…こういう話の出来る神様は嫌いじゃない。」

『ふふ。そうか。では、さらばだヒガン。』


視界が暗転し、泣き声が聴こえてくる。

オーディンめ。大事な家族を泣かせやがって。


「…まるでお通夜じゃないか。」


オレの言葉に息を飲む声が聞こえる。

左腕はある。左手は動く。足もしっかり感覚がある。全身がチクチクする。


「お父さん!」


『リンゴ』が猛スピードで、オレをぶっ飛ばす気かと思うくらい全力で抱き着いてきた。


「加減をしろ、『リンゴ』。」

「…ちゃんと名前で呼んで。」

「…分かったよ遥香。」

「よろしい。

…良かった。上手くいったんだね。」


しっかり抱き着き、離れそうにない。

左手でしっかり頭を撫でる。ちゃんと感覚もある。柔らかい髪の感じも分かる。


「旦那様…」


全員が信じられないものを見るようにオレを見る。


「ちゃんと戻ってきたぞ。」


オレたちを押し潰すように全員が抱き着いてくる。


『ヒガン…良かった…無事で良かった…』


誰かが落とした通話器からもアリスたちの喜び、泣く声が聴こえて来る。

時々感じる頭の硬質な物から伝わる振動。オレは『ディモス』、魔人に転生したのだ。

一つの長い、長い冒険がようやく終わった。そんな気がしていた。


しばらくし、全員が落ち着いた所でようやく解放される。

花が咲き乱れる草原の真ん中、通話器を囲んでこそこそ話。話が終わると全員が並んで笑顔で言う。


『お帰りなさいませ、旦那様!』


ああ、分かっていた。こう言うという事は分かっていた。でも、涙が溢れる。口から嗚咽も漏れる。長かった、苦しかった、辛かった…言葉はもう決まっている。


「…ただいま。みんな、待たせたな。」


裸であることを忘れ、オレは最初にやりたいこと、一人ずつ順番にしっかり抱き締めていった。

…途中で裸に気付いてしまったのは内緒である。

フィオナもカトリーナも、指摘してくれなかったのは何故なのか。

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