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85話

後はビフレストを越えるだけという事で、オレの準備が始まる。

階層が50でストップしているのでそこからの再スタートとなる訳だが、この件について話すことがほとんどない。というか、話すことができない。

相変わらずの後ろ向きなので、何が起きているのか分からないのだ。前を見ていたところで分かるかと問われると厳しい気もするが。


メンバーはオレ、遥香、バニラ、カトリーナ、柊、ユキ。前回のメンバーにバニラが加わる形だ。

アリスでも良かったが、ついていけそうにないのは変わらないようである。

二泊三日の強行突破は、遥香とメイドコンビの大活躍であっという間に階層更新を重ねていったのだった。


そして、気になる72層。

出てきたのはやはりカトリーナだったが、勝手知ったりという事であっさり突破し、75層のボスも柊以外の全員が協力しあって完封に近い形で討伐してしまった。形は…爆発物を撃ち出す腕のようなものと足の多い重装甲の物体である。

そして、80層。


75層以降は1階ごとの長さが短いながらも熾烈なラッシュを抜け、最後の中継点の更新をしたところで柊がオレに先を見せてくれた。


「…ああ。もう目と鼻の先なんだな。」

「うん。もうちょっと距離があるかと思ったんだけど、もうここで最後だった。」

「あんな小さかった虹の橋が、と言いたいが、それ以上に滝の音が凄いな。」


虹の橋を生み出す滝。その音で全員が大声で話している。

この滝の水は東と南へ流れており、それぞれが大地と海に恵みをもたらしているそうだ。


「イグドラシルが浄化し、大地に恵みの水を与えているそうです。世界のマナの根源だとも言われているそうですよ。」


フィオナからの受け売りだろうか。カトリーナが説明してくれた。


「世界の源か…壮大な話になってきたな。」

「そうだね。私たちは世界の理と向かい合うことになるからね。」

「…そうか。転生はそういう事だもんな。」


ジュリアの言葉に納得する。

ただの仕組みと言うにはあまりにも大きな事。これがどういう事なのか、オレたちに答えは出せそうにない。


「帰るよ。長居をするとボスが来そうだからね。」

「ああ。」


オレたちの二泊の旅はこうしてひとまず終わる。

イグドラシルの外に戻ると、オレたちは冒険者の集団に囲まれていた。まだ一悶着あるようだ。


「何の用?」


遥香が問うと、リーダーらしき男が現れて笑いを堪えられていない様子で言い放つ。


「素材を置いて行ってくれるだけで良い。なに、お嬢ちゃんたちに…は?ぎゃあああ!?」


男が悲鳴を上げて騒ぎ出す。


「静かにしなよ。『利き腕』の一本落とすくらいで大袈裟だよ?」


冷えきった声で遥香が言い放つ。


「いやあ、利き腕落とされるのは堪ったもんじゃねぇでしょう。どれあたしが治してやりやすよ。」

「ばっ!やめ!うわああああっ!」


どうやらポーションをそのまま掛けたらしく、抵抗したようだが敵わずに傷口を塞がれてしまったようだ。


「く、狂ってやがる!この女ども、狂ってやがるぞ!!」

「失礼なこと言いやすね。あたしらは旦那と同じことしかしていやせんぜ?

それに、四肢はまだ三つ残っておりやす。泣きわめくのは早いのでは?」

「ひっ…ひぃぃ!?」

「な、何が英雄だ!狂人の集まりじゃねぇか!」

「に、逃げろ!」

「逃がすわけないでしょ?」


今度はリーダーらしき男の片足を切り落とし、即ポーション。早業に、今度は悲鳴すら上げる暇もなかったようだ。


「ギルドでしっかり話を聞かせてもらおう。ね、お父さん?」

「ああ。全部吐けば歩行器具の一つくらい融通してやっても良いぞ。」

「お父さんは厳しいね。殺してあげる方がよっぽど楽になれそうなのに…」


物騒なやり取りを大きな声で繰り広げた後、オレたちはギルドへと向かい、男を突き出した。


「良い見せしめになるでしょう。縛り上げてその辺に転がしておきます。」

「あと、この看板立てておいて。」

「『私はヒガン一家を強請(ゆすり)ました。』ですか。良いですね。」


良い笑顔で受け入れてしまう職員。

遥香の敵対者への容赦のなさは相変わらずだが、職員も順応しすぎである。


「それより、いよいよ大詰めでしょう?職員の間ではちょっと話題になってますよ。」

「そうですね。目前といった所です。」


対応してくれている職員も、オレたちの報告にワクワクしているようで色々と協力的である。

イグドラシル、ビフレストはギルド職員にとっても憧れのようだ。


「最初は眉唾でしたよ。女性のみ、しかも学校を出たばかりの子供たち…それが、今では唯一無二の集団ですからね。」

「最初からそのはずだよ。私がいない頃からみんな強かったもん。」

「そうでした。最初から度肝を抜かされ続けてましたから。…去る日が近付いてくるのを感じると、寂しく思いますよ。」


嵐のようなものだっただろう。意識や状況を一変させてしまったのだ。今後も色々と職員にも苦労があるはずだ。


「ギルドの方々にも感謝しております。」

「いえ、こんな冒険と縁のない東部のギルドを、救ってくださった事に感謝するのは私たちです。ありがとうございました。」


東部はフェルナンドさんの優秀さもあり、かなり穏やかな地域だ。ダンジョンの発生はあるようだが、手勢や根付いた冒険者たちでなんとかなっており、ギルドまで依頼が回って来ないことが多いらしい。


「まだ、しばらく居るからね?気が早いと思うよ。」

「1年も居ないのでしょう?あっという間ですよ。我々にとっては。

だから、来る度に成長されているハルカ様を見るのが楽しみだったのですよ。」


顔を出す度に背が伸びたり、見た目が変わったりしていたのだろう。

顔を出す機会も多くなかったようなので、より成長している印象が強かったはずだ。


「そっか…」

「発つ頃にはどうなっているのか…子供を送り出す親のような気持ちですよ。あ、いえ、カトリーナ様を蔑ろにするつもりはございませんが!」

「いえ、娘をそのように見てもらえるのは誇らしいですよ。」

「恐縮です…」


カトリーナが礼を言って頭を軽く下げると、職員も頭を下げた。


「じゃあ、行くね。みんな怖がって近寄って来ないと営業妨害だろうから。」

「新人指導をお願いしたいくらいですよ。では、お疲れ様でした。」

「あ、これ。チップ代わりにしておいて。」

「…こ、これは!」

「みんなには内緒だよ?」

「は、はい…」


こうしてオレたちはギルドを後にした。


「娘が手慣れすぎている。」

「分かりやす。まるでくそ度胸を身に付けたアリスを見ているかのようでした…」


遥香のやり口を褒めるオレとユキ。順調に社会経験も積んでいるようで、なんだか嬉しい。


「いや、言いすぎだよ。アリスお母さんほど上手に話せないもん。」

「私はもっと強圧的なやりとりになってしまいますからね…」

「旦那はどうだったんでしょうね?交渉事の姿があまりイメージできねぇんですが。」


正直、オレもイメージできない。

力も知識もない今では、交渉なんてさせてもらえないからな。


「とても丁寧でしたよ。言葉も、対応も。一家を後ろ楯にしているアリスに、それはできないと思います。

自身の力のみで交渉が成り立つ、だからこその柔和さだったのだと、今にしてみれば思いますね。」


カトリーナさんがオレについて説明してくれる。


「そうだったんだ…もっと荒々しい姿を想像してたよ。ハイか死か今選べ!くらいに。」


剣に手を掛けながら言う遥香に、周囲の視線が集まる。こんなところでしなくても…

ただ、オレも同じように思っていた。

威圧使いまくり、魔法で脅しまくりではなかったんだな…


「完全に賊じゃねぇですか…」

「使い分けていたのだと思いますよ。武力行使は本当に最後の手段だったのでしょう。

アクアとメイプルに聞いてみるとよろしいかと。」

「あの場に居やしたからね。ちゃんと警告もしての反撃でしたから。」

「帰ったら聞いてみよう。」


家に着くと、いつもより多いメイドたちに迎えられる。


『お帰りなさいませ!旦那様!』


アリスもバニラも梓も、メイド服が気に入ってしまった様である。


「ジュリア、おまえもか…」

「よ、汚れても大丈夫だから…」


何か作業をしていたのだろう。皆、汗をかいている様だ。


「素材の分類をしてたのよ。やらないとけっこう手間だからね。」


事情を話すアリス。

確か、最後にやったのは前回オレがキャリーされている時だったか。けっこう経つし、素材も貯まっているのだろう。


「レベルはどう?」

「97だ。」

「もう少しね。」


柔らかい笑みを向けてくれる。なんだか見たことない優しい微笑み方で少し心が揺さぶられる。


「もう一度70からになっちゃうね。」

「しかたないわ。まあ、みんな、お風呂でゆっくりしてきて。」

「私は旦那様の方を済ませてからにしますね。」

「頼む。」

「じゃあ、私たちは休憩にしましょう。素材は一度全部回収するわ。」


それぞれがそれぞれのやることをやり、一先ず落ち着く事になった。




「さて、分からない事だらけのイグドラシルだったが、分かることもある。ココア。」


皆が休憩している中、バニラが話始めてココアに振る。


「ビフレストには番人が居ます。名はヘイムダル。その者に力を示す必要があります。」

「それで終わり?」

「恐らく違うかと。本物の試練はその後だったと聞いております。」


遥香の問いにココアは首を横に振る。

なかなか簡単に済ませてくれないようだ。


「ここからが本番か…」

「メンバーはどうしますか?」

「ここまでのメンバーにヒガンを加えましょう。」

「それで良いと思いますわ。」


皆、それぞれ、感慨深そうに互いの顔を見る。


「いよいよ…いよいよなんだ。」


と、遥香。

緊張とワクワクが混じって鼻息が荒い。


「二年半、長かったですか?」

「あっという間だったよ。退屈だと思った日は一日だってなかったから。」


カトリーナに尋ねられ、遥香が思い起こすように天井を見上げた。

休息日も設けたが、1日中休んでるのは見たことがない。


「退屈に思う暇なんてなかったわよ。毎日何か作って、何か起こって…」

「今日もチンピラ冒険者に囲まれたね。」

「…深く聞かないでおくわ。」


遥香の報告を聞き、顔色が悪くなるアリス。

苦労ばかりさせてきたが、それももうすぐ終わりだ。


「ポーションいる?」

「大丈夫、まだ大丈夫よ…」


顔が大丈夫そうじゃない気がするが…


「私の胃が潰れる前に終わりそうで良かったわ…」

「ポーション飲みましょうね。」

「…いただくわ。」


限界だったようだ。アリスはポーションを受け取り、一気に飲み干した。


「はぁー。これに生かされてる気がするわね…」

「ポーション中毒には気を付けてくださいね。」

「アクアに言われるとは思わなかった…」


予想外な方向からの一言に、突っ伏して呻くように言う。


「早く終わらせないとな。そうしないとアリスがダメになりそうだ。」

「そうだね。アリスお母さんが血を吐くところ見たくないもんね。」

「だいたいおまえさん方のせいだぞ?」


バニラに言われ、遥香が鳴らない口笛を吹き出したのでオレもそれに倣う。


「この親子を一度痛い目に遭わせてみたいわね?」

「家が消し飛ぶくらいしか痛い目に感じない気がするんで、考えるだけ…何出してるんで?」

「強い衝撃を与えると物凄い爆発が起きるのよこれ。」

「わー!わー!落ち着いてくだせい!というか、そんなもん出さないでくだせい!」


得体の知れないものを取り出したアリスを、ユキが大慌てで宥める。


「綺麗でしょ?ふふ…フフフ…」

「こ、怖い…」

「まあ、冗談はこの辺で。」


スッと危険物が収納される。その亜空間収納にどれほどの危険物があるのかと思うと、少し恐ろしくなってくる。


「おとうさん、おとなしくしてようね。」

「はい…」


遥香と二人、何もない時は大人しくすることを誓った。





装備の最終調整、ポーション等の薬品準備、携帯食料の補充を済まし、最後の休養日は終了した。

夜はアリスとココアがやって来る。


「私たちはあなたの側に居られないから、今晩だけは一緒に居させて。」


そう言って、二人ともオレに密着してきた。


「旦那様、いよいよですね。」


ココアも少し昂った口調で言う。


「どんな旦那様になるのか楽しみです。」

「期待に添えない気がするんだがな…」

「私は私が知るあなたのままで居てもらいたいわ。ココアが知るヒガンになると一家が壊れそうで…」

「…大丈夫ですよ。培ってきた愛情や信頼は本物ですから。それを否定するようなことは無いと思います。」


そう言いながら、ゆっくりとオレの頭の側面を撫でる。


「そうだな。」


力の入る右腕でココアを、力の入らない左腕でアリスを抱き締める。分かってくれたのか、アリスは自分でそうなるようにしてくれた。

二人とも少し驚いた顔でオレを見てくる。


「正直、怖いよ。オレがどう変わるのか分からないのが怖い。家族を疎ましく思うんじゃないか、というのが一番怖い。」

「ヒガンなら大丈夫。きっと大丈夫。」


それはオレだけでなく、アリス自信に言い聞かせているかのようでもあった。


「実は、一つ心残りがあるのよ。」

「なんだ?」


顔を赤くし、照れた様子で言う。


「私と今のあなたで子は成せたのかな、って気になってたの。」

「アリス様、それは出来ません。私が証明しましたから…」


とんでもない事を打ち明けられ、アリスも体を起こしてココアを見る。


「ココア、おまえ…」

「23度の奴隷人生です。そういう事も当然ありました。」

「…ごめん。聞くんじゃ」

「いえ。この時を覚悟していましたから。

出来れば知っていてもらいたかった。」


そう言って、オレに覆い被さる。


「旦那様、今日だけは…お許しください…」


唇を何度も重ねてくるココア。誰よりも荒々しく、激しく。

まるで、これまでの長い想いが解き放たれたかのようだ。


「100年…100年待ちました…転生も果たしていない匠の唇を奪える日が来るなんて夢のよう…」


顔を赤くし、涙を流す。


「ココア、お前が良ければショコラ達の事は…」

「いいえ。それとこれは違います。

わたしは全てのわたしとこの幸福を生きている内に共有したい。」

「そうか…」


それは想像を越える覚悟だろう。きっと、元々のオレにも想像がつかない覚悟。

ココアが決めたのなら、もう否定する事は出来ない。


「難儀な志を持ってしまったわね。私にはそんなの耐えられないわよ…」

「慣れてしまうのです。そして、繰り返すと生き延びる術も身に付きますから。」

「それが奴隷になることだったのね…」


苦渋の選択だった筈だ。尊厳も何もかもを棄てての選択は心穏やかでいられなかったはず。


「それでも遠かった…ただの小娘に5年後に現れる匠はあまりにも遠くて…」

「そうね…魔法も使えず、スキルもなく、身一つで生きるにはこの世界は過酷すぎる…」

「エルディー西の荒野はどうしようもありません。でも、わたしはどうにかしたい。しなくちゃいけないんです。」

「…そうね。答えを出すのはとても難しいけれど、必ず力になるわ。」

「ありがとうございます。」


そう言って、ココアは再びオレに唇を重ねてきた。


「メイドなのにそんな好き勝手するのはズルいわよ?」

「ふふ。今日はもう一人のアリスだから。」

「全く…厄介な長女ね。」


そう言って、アリスも強引にオレと唇を重ねる。

二人とも、押しが強い。


「…なんだか、間接的にココアともキスしてるみたいで複雑な気分。」

「でも、相手は私たちの旦那様だから。」

「そうね。深く考えるのはやめましょう。」

「それに、早く休ませてほしい…」

『ごめんなさい。』


重なる二人の謝罪の声に三人で笑い合う。

静かになるとすぐに眠気が訪れ、どちらか、あるいは両方か分からない声で眠りに就く。


『おやすみなさい。旦那様。』

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