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83話

フィオナが帰って来たのは翌日の日暮れだった。

総領府内での出来事という事もあり、怒り心頭のフェルナンドさんと総領府の方々は、即時に郊外にあった総本山に殴り込んで全員を捕縛する。

フィオナもフロストノヴァとアンティマジックのみの支援だったが、それにより完全に無力化。無傷で『正統』とは名ばかりの狂信者の群れを壊滅に追いやれたようだ。

取り調べはしっかり行うようだが、あまり期待しないでくれと言付かって来たそうだ。


「被害無しで済んで良かったですわ。こんな事で、兵を失うのは馬鹿げてますもの。」


組織の資金繰りが悪かったのは間違いないようで、盗品がいくつも発見されていた。

処分したところで焼け石に水だろうが、それほどにまで逼迫していたというのは理解できた。同情は出来ないが。


「自爆は口減らしかしら。

信者の信仰をより強固に、それでいて出費を減らす為の。酷い手段だけど合理的ね。」

「信者は下層民や不能者が中心でしたわ。あの手この手で誑かし、取り込んでいたようですわね。」


持たざる者の信仰心に付け入ったか。


「初期はまともだったようなのですが…」

「善意だけでは活動出来ないという事だな。耳が痛い…」

「どれほどの力があろうとも、全ては救えません。旦那様はちゃんと分を弁えていると思いますよ。」


カトリーナにそう言われるが、割り切れそうにない。

無茶苦茶な要求がなければ、ちゃんと社会と共存も出来ただろうに。


「証拠次第で教祖と幹部は処刑されるようです。」

「ほぼ確定か。」

「…回避できる要素がありませんので。

当家も騒動の影響を考え、一週間の活動自粛だそうです。」


一週間もすれば興味は他に移る。幸い、有名な劇団がやって来ていて、その頃には公演の真っ只中のはずだ。


「そうか…ままならないな。」

「そうですね…休養明けでしたのに…

処刑には立ち会って参ります。」

「オレも行こう。というか、代表として行かないとダメなヤツだな。」

「…分かりました。お願いします。」


フィオナが深く頭を下げるが、やめてくれと手を振ると、柊が背を叩いてすぐにやめさせてくれる。

オレがこんな事になっていなければ、もう終わっている攻略のはずだ…


「カトリーナさん、旦那の世話はあたしがやりやす。最近はなんだか新入りに任せっきりな気がしてやすし。」

「私も…」

「アリス、ここは任せてくれ。お前に落ち度は無いんだから。」

「…ごめんね。」


もっと良い解決法があったのでは?と思っているのだろう。だが、恐らく、これ以上の結果は望めそうになく、たかる相手がオレたちか、総領府だったかの違いでしかない。

無傷で鎮圧できる手段を持つ、オレたちが対象で良かったくらいだ。


「謝る事など一つもございませんわ。アリスの対応は全て正しかったのですから。」

「あの時も、フィオナだけ見ててって言われてたら兵は助けられなかったし、アリスさんも無傷じゃなかったよ。心にもっと大きな傷を折ってた可能性もある。

連中に対して誰も間違った対応はしてないよ。」


フィオナも遥香も同じ意見のようだ。


「何か与えていれば…」

「アリス、それは間違いですぜ。きっと何処までも無心しにやって来るだけだと思いやす。

あたしが旦那にそうして取り入りやしたからね。」

「あんた…そうだったわね。」


信者と立場の近かったユキの言葉でやっと納得したようだ。

オレはいったいユキに何を与えたのだろう。寝床か食べ物だろうか?


「…もっと良い手段が無かったのかいつも考えてしまう。最善も心が認めたくない状況は、何度経験しても辛いわ…」

「その時は私たちが諌めますわ。何度でも踏み留めさせてみせましょう。仲間なのですから。」

「ありがとう。優秀な後輩が居てくれて嬉しいわ…」


アリスは涙を浮かべ、感謝を述べる。

左手で背を撫でると一瞬驚いた表情になり、照れ始め、ぼろぼろ涙を溢し始めた。

謝っているようだが言葉にならない。フィオナもオレに倣ってアリスの背を撫でてくれる。


「ええ、分かっておりますわ。ヒガン様、カトリーナ様と同じくらい一家の事を第一に考え、それ以上に多く見ていることも分かっておりますから。」


フィオナには伝わったようで、しっかりと言葉で慰めてくれた。頼れる後輩がとても頼もしい。

アリスの背を撫でながら攻略組のリーダーは顔を上げ、宣言する。


「謹慎期間は準備期間にしますわよ。皆様、ビフレストは目前です。しっかり準備しておきましょう。」

『はい!』


その場に居た全員が、フィオナの言葉に力一杯返事をした。




この二年で分かったことはいくつかある。

その一つは長命種は歳の割に精神的に強くないという事だ。

肉体は間違いなく強いが、心が打たれ弱い。

アリスは肉体的にも優れているとは言えないので、やはり自己評価の通り『大したことない』のかもしれない。

アリスの価値はそんな所にあるとは思っていないので、切り捨てるなど論外だが。

娘たちも薄々、遥香はしっかり気付いているようなのだが、種族というよりは個の特性として認めているみたいだ。


アリスは来て、ソニアが来なかった理由はそこまで冒険をする必要があったかどうか、という点だろう。

親に見限られる寸前で、酷い装備でソロとしてやっていたという事から、頼ることすら諦め、細々と生きていく覚悟はしていたに違いない。最悪、死ぬことも想定して。

それで何故オレに頼ってきたのか。その点はちゃんと聞かなくては解らないので、落ち着いたら聞いてみたいと思う。


フィオナは打たれ弱い、というよりもまだ短気な部分や未熟さがある。かなりの経験を経ても、二年やそこらで成長は難しいようだ。エルフの人生は長いようなので、頑張って鍛えてもらいたい。


カトリーナは特殊すぎて参考にならない。本名すら持たない経歴では推測すら難しい。一つ言えるのは、かわいいものがやたら好きだったり、乙女であるという事くらいか。


ユキは逆に精神が強靭すぎる。宿無し生活が鍛え上げたのは想像出切るが、ここまで強くなるのかというくらい強い。これも長命種だからこそなのかもしれない。

でも、涙脆い所もあるから、場合によってというところかもしれないが。


ノラはノラである。としか評価のしようがない。普通に評価してはいけない気がしている。人並みではあるが、根底にある常識が他と違いすぎるのだ。


そんな事を考えていた早朝。左を見ると遥香とアリスが横になったままこちらを見ている。

なんだか姉妹にしか見えなくなってきた。


「…どうした?二人揃って。」


オレの質問に、二人はジッと見たまま、


「なんだか失礼な事を考えてる気がする。」

「私もそう思ってた。」

「なんでそんな事までバレるのか。」

「…何考えていたのよ。」


唇を尖らせ、眉をひそめるアリス。

表情を全く変えず、大きな目で見ている遥香だが、それはそれで怖い。


「…種族差について考えていた。

アリスに限らず、カトリーナも精神的に強いとは言えない気がしてな。」

「確かに。」

「…聞くんじゃなかった。」


遥香は頷くが、アリスは顔を手で覆った。


「長命だから、とも考えたが、ユキが強靭すぎてな…」

「北方エルフってだいたいあんなもんよ。強靭というより、元々おおらかなのかしらね。

南方エルフは…まあ、ノラは極端かも。」

「北は行きたくないなぁ…」


ユキがたくさん、というのは気が休まらない。


「面倒見は良いのよ。冒険者には評判は良いわ。ただまあ、定住するとキツいらしいわね。

お喋り、お節介、独特の口調と付き合っていくことになるから。」

「ユキは節度ある方なの?」

「多分、エルディーでの暮らしの方が長いからでしょうね。揉まれて丸くなったんだと思うわ。」

「なるほど…」


節度とは?と思ったが、口にはしない。

アリスも分かっているのか苦笑いしている。


「最近、思ってたけど…ちょっとハルカ、場所変わってみて。」

「うん?いいよ。」


二人が入れ替わり、アリスが遥香に抱き締められる。明らかに遥香の方が身体が大きくなっているようだ。


「…認めたくなかったわ。」

「ごめんね。お母さん…」

「いい、いいのよ…娘の成長は嬉しいから…」

「こっちはまだ数年掛かるけど。」


ジッとアリスの胸を見る遥香。


「遥香、あなたが見るとこの人も見るじゃない…」


恥ずかしそうに隠す。


「リナお母さんのとは違う良さがありまして。」

「お風呂でよく触って比べてたわよね。」

「みんなそれぞれ良さがあって、バニラお姉ちゃんとココアが一番反応が良くて好き。」

「これはカトリーナとお話が必要ね。」


こちらとしては非常に反応しにくいやり取りである。


「…ちょっと困るやりとりだったわよね。ごめん。」

「…お父さんはどんな気持ちで聞いてるの?」

「心のモヤモヤがより一層濃くなる。」

「あっ…そう、だよね…本当にごめんなさい…」


謝る遥香の頭を撫でる。


「アリスが魅力的すぎるからな。それを改めて確認したよ。」

「うん…」

「あと、遥香は…お前も美人になりそうだからな。誘惑してくれるなよ?」


成長するとどうなっているのだろうか。楽しみであるが、怖くもある。


「ふふ。ダメだよ。私をたらし込もうとすると、リナお母さんが怖いからね?」

「それは困る…」


鬼のような形相で、怒りの炎を燃やすカトリーナが思い浮かび、思わず身体が震える。


「…でも、二人の美人と同じに見られるのは嬉しいよ。

それに、お父さんみたいな人なら良いかなって、最近は時々思ったりもする。」


少しだけ恥ずかしそうにオレを見る。

アリスが少し驚いた様子で口を開いた。


「…口も達者になって。でも、世界は広いわよ?

この人だって、欠点はたくさんあるはずだもの。」

「それでも、だよ。お母さんもそう思ったはずだよね?」

「…その通りよ。逃したら三度目はないと思ったし、冒険者も続けられてなかったはず。

楽しい話じゃないから、事情はしまっておくけど。」


苦笑いを浮かべて話す。

なんだかんだ言っても貴族だ。家のしがらみもあったりしたのだろう。知る限り、全く家の問題を口にすることはないが。


「色々と見て盗めれば、くらいに思ってたから、こういう関係にまでなれるとは考えてなかったけどね。」

「何を見て判断したんだ?」

「無防備な子供を4人も連れて旅してる人が弱いわけ無いじゃない。」

「…そう思われてたの否定できないよ。」


それは世界を知るバニラと梓を含めてだろうか。ちょっと意外だった。


「当時はどういう感じで旅をしてたんだ?」

「もう遠足…長い散歩感覚だったよ。私なんて全く武器が扱えなかったから。

片っ端から魔物も獣も、お父さんが流れるように片付けてて、怖さが全くわからなかった。

エルディー側入ると、その危険がなくなるから尚更。舗装もされてるしね。」

「ああ、だから全く国境付近に魔物が居なかったのね…」

「それは済まなかった。」


出会うことになった理由が分かる。本当に偶然だったようだな。


「どうせ、覚えてないでしょう?まあ、無駄足だったけど、出会えたのは良かったわ。」

「リナお母さんより早く出会ってたのに、再会まで時間が掛かったね。」

「必死であちこち行ってたからよ。薬草採取、はぐれゴブリン退治が関の山だったけどね。

一人前として認められたかったから。」


魔導師として優れていると思うのだが、一人前として認められていなかったのは意外だった。


「それで色々と詳しいんだね。」

「一応、あなたと同じ主席卒業よ。もうあまり役に立たない魔法学だけはね。」

「そういえば、みんな優秀だよね。ユキも惜しかったみたいだし。」

「例外はジュリアね。才能の発揮する方向が、定まらなかったのだと思うけど。」


ユキの魔法も丁寧で、それでいて色々と変わったことをするのを見ている。

氷の玉の中に火を灯したり、魔法で植木鉢や七輪を作るのを見たことがあった。


「色々と惜しいよねジュリアは。」

「パワーがあり過ぎる不幸に振り回されてたようだからね。同学年ならアドバイスしていたかもしれないわ。」

「まだ、これからだよ。細かい技術も磨いてるから強くなる。」

「そうね。ハルカが言うなら間違いないわね。さて、」


ぐっと伸びをしてアリスが立ち上がる。

わずかに差し込む光によって、薄い布がシルエットを際立たせてしまう。


「薄すぎて身体が隠せてないよ…」

「えっ!?」


遥香に言われて慌てて隠そうとしたが今更だろう。


「もう良いんじゃないか…?見えちゃったんだから…」

「遠い目で言われると傷付く!」

「眼福でした…」


両手を合わせて祈る遥香。そんなのどこで覚えたのか。


「着替えてくる!」


オレたちに洗浄と浄化を掛け、照れたままアリスは部屋を後にした。


「私もお母さん呼んでくるね。」

「ああ。頼むよ。」


アリスの過去に少し触れられて嬉しかった。

まだ、言えないこともある様だが、それも時間の問題だと思いたい。


そんな感じで賑やかに、和やかに謹慎期間は過ぎていくのであった。

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